ダニエル書2章

ネブカデネザル王の統治期間は、BC605~562年である。その治世の第二年目のこと(BC604)、王は不可解な夢を見た。王は、呪法師、呪文師、またカルデヤ人(「占星師」「学者」)を集めて夢の解き明かしを求めている。しかし、夢の解き明かしのみならず、見た夢そのものを言い当てられる者は、誰一人いなかった。ネブカデネザル王は、バビロンの知恵者をすべて滅ぼすように命じた(12節)。ダニエルはこの事態に「知恵と思慮をもって応対した」(14節)ダニエルは、神は「秘密をあらわされる」方であることを知っていた。ダニエルは神に問い、神はダニエルに応えられた。20-22節は、ヘブル詩独特の形式、交差並行法が使われている。つまり、一番言いたい要点は、その真ん中、21、22節にある。ダニエルは神が知恵と知識を授けられるお方であることを賛美した。神が解き明かしてくださった秘密はこの世の王国の盛衰を歴史的に語るもので、いつか、それらのすべてが完全に打ち壊され、聖なる神の御国にとって代えられるものであった。
純金の頭は、バビロンを象徴していた(37、38節)。その後に、バビロンを滅ぼす第二の国、銀の国が興る。メディヤ・ペルシヤ帝国であろう(5:28、31)次に、青銅によって象徴される第三の国が興る。「全土を治めるようになる」という(2:39)その国は、ギリシヤのことであろう(8:21)。BC 334年の初め、アレクサンダー大王の勢力は、メディヤ・ペルシヤ帝国を超えて東方の遠征を果たし、インド西部にまで及んだ。ギリシヤの勢力図は拡大したが、アレクサンダー大王の夭折により、政治的に深い影響力はなく、前の国よりも劣る。第四の国は、「鉄のように強い国」で、ローマ帝国を意味する。ローマ帝国は、三つの異なった国、エジプト、シリヤ、マケドニヤを一つの国に融合しようと試みた。しかしその結果は、一部は陶器師の粘土、一部が鉄の「分裂した国」になった(41-43節)。AD 395年、ローマ帝国は東と西に分裂、その約1000年に渡る歴史の中で、ローマ帝国は、内乱と道徳的退廃に悩まされていく一方、AD 476年ゲルマン民族によって西ローマ帝国が滅ぼされた後も、中世の長き支配を維持した。人手によらずに山から切り出された一つの石は、イエス・キリストの再臨とその統治を意味する(詩篇2:9)。ローマの支配の中からそれまでの帝国主義体制を打ち壊し(46節)、全く新しい永遠の神の王国が建ち上がるのだ。
この4帝国に関する預言は、さらに7章においては四つの獣として、8章では、雄羊と雄やぎとして、9章に70週、11章に北方の王と南方の王の戦いとして繰り返し展開される。
聖書の語る世界観は、二元的である。今の目に見える世界は、やがて滅びるものであるが、神がおられる世界は、永遠に残る。だから、バビロン、メド・ペルシヤ、ギリシヤ、ローマまでの流れは目に見えるこの世の国の支配のお話であるが、そこからイエス・キリストの支配イコール永遠の目に見えない神の支配のお話が重なっていく。一元的な世界観で生きていたら、物事の難局に対処するのは難しい。しかし、ネブカデネザルが認めたように、神の主権と支配に目を開いて、まことに「天には秘密をあらわす方がおられる」(28節)ことを覚える二元的な世界観で生きるなら、常に可能性はある。いかなる問題も、神にある解決を期待できる。今日も「天の神のあわれみを請い、願う」(18節)ことによう。

*本日エルサレムからラキシュへ移動します。木曜日、金曜日とエルサレムの旧市街、ライオン門付近と旧市街城壁外のオリーブ山付近(東エルサレム)で、火炎瓶や投石によるパレスチナ人の暴動がありましたが、私は、旧市街反対側のヤッファ門付近(クリスチャンクオーター)のホテルに宿泊、一時ヤッファ門も封鎖され、ヤッファ門外でパレスチナ人の抗議演説もありましたが今は平常に戻っています。事の発端は、先週、パレスチナ人が神殿の丘に拳銃を持ち込み、イスラエル人警察2名を射殺したことにより、イスラエル政府が、神殿の門に通じる、パレスチナ人が自由に出入りできる道(イスラムクオーターのライオン門付近)に、新しくセキュリティチェックのゲートを設けたことで、パレスチナ人側が、自分たちの神殿の丘を返せと抗議したことによります(神殿の丘は、法律的にはイスラエル政府の所有ですが、実際の管理は、パレスチナ人との衝突緩和のため、パレスチナ自治政府に委ねられています)。イスラムが安息の木曜の夜から金曜の夜までにかけて暴動が激しくなったので、イスラエル政府はセキュリティチェックを解除することも検討したようでしたが、最終的にそのままとなり、パレスチナ自治政府のアッバス議長は、交渉を打ち切ると宣言し、テレビの報道では最悪の事態を迎えたかのような印象でしたが、実際には、イスラエル政府側の完全なコントロール下にあり、事態は収束せざるを得なかったという状況にあります。観光スポットは至って平常通り、ヤッファ門も警察が配備されていますが、それほど重々しい雰囲気もない状態です。ご心配おかけしており、申し訳ありませんが、28日に帰国します。

 

ダニエル書1章

ネブカデネザルが教育のため諸国から引き抜いた候補者は、選ばれた者たちである。たつまり、「あらゆる知恵に秀で、知識に富、思慮深い」教育に足る者でなくてはならなかった。ただ歴史家のヨセフォスは、ダニエルと三人の友が、ゼデキヤ王の親族、つまり王家の出身であったとする。つまり彼らが、選ばれたのはその能力と知恵ばかりではなく、こうした事情もあったのだろう。
彼らは、「カルデヤ人の文学と言葉」を3年間教えられた。バビロンの哲学、宗教、魔術、天文学、科学、そして医学に精通する訓練を受け、これらをバビロンの公用語つまり、アッカド語で学んだ。訓練の目標は、明らかにユダヤ人をカルデヤ人化することであった。ユダヤ人がかつての信仰と生活習慣を捨てて、バビロンの異教の神に仕え、異教徒の生活習慣を取り入れることである。実際、彼らは、バビロン式の名前を与えられている。ダニエル(「神はさばきたもう」の意)は、ベルテシャツァルと呼ばれたが、それは「マルドゥクの妻、王を守る者」を意味した。ハナヌヤ(「主は恵み深い」の意)はシャデラク(「アク(バビロンの月の神)の命令」の意)と改名され、ミシャエル(「神であられるのは誰か」の意)は、メシャク(「誰がアクのような神か」の意)と、そして、アザルヤ(「主は助けたもう」の意)はアベデ・ネゴ(「ネボ(バビロンの神)のしもべ」の意)と名付けられた(7節)。こうして、彼らは、ユダヤ人であることを捨て、異教徒のカルデヤ人として生きること、つまりは、聖書の神に忠実であることを否定する試練に立たせられたのである。
その最初の試練は、具体的に三度の食事で生じた。バビロニア人には、きよい食物と汚れた食物についてのユダヤ人の律法(レビ記11章)の知識も、動物を殺した時にその血を洗い落とす習慣もなく、さらに彼らは、王の食卓に並んだ食物、(おそらくバビロンの守護神に犠牲として捧げられた動物やぶどう酒)を与えられた。ダニエルたちにとって、そのような食事は身を汚す、つまり、偶像礼拝に荷担することを意味した。既にエゼキエルが預言したとおりの事が生じたのである(エゼキエル4:12-15)。
そこでダニエルは、宦官の長に食事の辞退を願っている。ただ彼は強引に自己主張しようとはしなかった。むしろ上手に交渉している。彼は、直接世話役の所へ行き、食事で十日間、試してみるように願い出ている。提案は受け入れられ、結果は、ダニエルが願うとおりとなった。また、4人のユダヤ人は、神の恵みによって、バビロンの知恵者を超える存在となった。ダニエルは、バビロンの王室繁栄に尽力し、ペルシヤ王朝がバビロンを支配する「クロス王の元年まで」そこにいたとされる(10:1)。彼らは宗教的に妥協せず、菜食に徹する道を選び、ついに、この試練を乗り越え、王に認められる。
この書は、ダニエルが異国の地でいかに信仰者として生きたかを記録するが、そこから、キリスト教を信仰して生きていくことが必ずしも容易ではない状況で、いかに、確かな信仰の歩みをしていくべきか、多くの示唆を得る。ダニエルは敵対的な環境の中で巧みに交渉し、神の力を示し、同時にしなやかな人間関係を維持した。神が、私たちのあらゆる人間関係に知恵を与え、神の栄光を証する歩みがなせるように祈ることとしよう。

エゼキエル書48章

最終章は、47章に続く土地の分割であるが、聖地を挟んで、北と南にそれぞれ12部族の土地が分配される未来展望が描かれている。北から始まり南へと、ダン、アシェル、ナフタリ、マナセ、エフライム、ルベンと六部族の土地分配がなされている (1-7節)。

当時の読者は、このような土地の復活のメッセージに何を感じたか。捕囚の地にあって、はや25年が経っていたのではないか、と考えられているが、彼らにとって故郷の土地はもはや、どうなったものかさっぱり検討がつかなかったことだろう。失われたものに対する思いは、強くあっても、もはやどうすることもできない。そんな彼らに、神が、自分たちの土地を返してくれるという幻を与えてくれた、と理解することができる。

というのも、イスラエルの補囚は、神の弱さ故ではなく、イスラエルの民の罪に対するさばきのためであった。そして神は、打ち倒してよしとするお方ではない。破壊して終わりの方ではない。イスラエルの民が悔い改めるならば、回復させられる。神は私たちの罪の身代わりとして、イエスを十字架で罰して終わったわけではない。イエスを復活させてイエスの御座の栄光を回復させられたお方である。私たちには失敗もあるし、躓きもある。しかし、それで一つの人生が終わったわけではない。命ある限り、神は新しい歩みを備えられるお方なのだ。

ただ、8節からのユダ、そして、ベニヤミン、シメオン、イッサカル、ゼブルン、ガド(23-29節)を含めて考えると、この配置は、かつてイスラエルの民がカナンの地に入植した頃の分布とは随分異なっている 。というのも、ルベン、ガド、マナセの半部族は、ヨルダン川の東側にその分配地を得ていたが、ここでは、他の部族と同じように、ヨルダン川西側に所有地を得ているからである。また、奴隷の子ほど、遠方に配置されているが、川の水量は遠方ほど豊かであるから、配置そのものに差をつける意味はない。むしろこの配置において重要なのは、相続地の中心に主の栄光の臨在があることだ。つまり、今の私たちの状況に当てはめれば、やはり主を中心とする生活秩序の確立が重要なのであり、さらにこの幻が、単純に当時の人びとに捕囚後のイスラエル回復を告げるだけではなく、終末的な意図を含んでいることに思いを寄せることなのだろう。

エゼキエル書は、町の描写で最後を飾る。その町は、一辺4千5百キュビトの正方形で、四方の城壁にはそれぞれ3つの門がある。合計12の門には、12部族の名が付けられている 。またその町の名は、『主はここにおられる』(35節)である。インマヌエル(イザヤ7:14、マタイ1:23)と同じく、契約の主の臨在である。いのちの源となり、またいのちである神ご自身がともにおられる場に、私たちは集められる、ということなのだろう。神は、人々の罪の故に、ご自身の神殿から離れられた。しかし、神は戻って来て、ご自身の民を祝福してくださる。この世においては、決して壊れたものが戻ることはない。しかし、神と私たちの関係は回復される。神は、和解してくださる。神との正しい関係の中で、私たちの新しい生活も再開される。神を信じて何になる。神を信じたって何も変わらない。そんな不信仰な思いで歩み続けても祝福はない。捕囚によって混乱したイスラエルの人生もそんなに容易くは回復することはなかった。しかし、神は確実にビジョンを示し、回復の道筋も用意してくださっていた。大切なのは、主が私たちと契約を交わし、契約に誠実な神であること信じて、一歩を踏み出すことではないか。いや、踏み出したら、現状がどうであれ勝利を掴むまで進み続けることであろう。足を止めてはならない。後ろを振り返ってはならない。神に希望を託して、今日も回復の歩みをさせていただこう。

エゼキエル書47章

47- 48章は、イスラエルの新しい相続地について記す。この相続地は、新しい神殿を中心とするもので、主の栄光の臨在がもたらす祝福が、この相続地に住むすべての民に及ぶ。

「御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れていた」(黙示録22:1、2)。エゼキエルは最後の幻を見ているが、それは、ヨハネの黙示録の幻に通じるものがある。創世記2:10-14には、エデンの園における主の栄光の臨在の祝福が、広く外の世界に及ぶ様が描かれているが、罪によって呪われ虚無に伏した(ローマ8:20)被造物世界からの回復と完成を描いているようである。確かに、そのように象徴的に終末の幻を語っていると受け止められる部分と、現実のエルサレムの回復を語っていると受け止められる部分がクロスしている。

川は、神殿の敷居の下から東の方へと流れ出て(1節)、どんどん水量が増し(3-5節)、アラバに下り、死海に入る(8節)。アラバは、ヨルダン川が死海に入る地域を指しているが、本来この地域は、雨期を除いてほとんど水利がなく、乾燥しており、死海そのものはいのちを宿すことのない塩の海である 。しかし、神殿から流れる神のいのちの川は、死の海をいのちの海に変える力を持つ。また、土地を豊かに潤し、実を結ばせる(12節)。それは、実際にはあり得ない状況を物語っている。つまりこの幻で大切な部分は、エゼキエルがいのちの源泉である神に読者の目を向けさせた所なのだろう。

確かに私たちが信じる神は、天地創造の神であり、無から有を産み出す神、死人を復活

させる神、闇を光に変える神である。その神を見上げる時にこそ希望を持つことができる。その神を信じればこそ、いのちない場所に、いのちが宿ることを期待することができる。(ヨハネ7:37,38)。

しかし一方この幻は、当時のユダヤ人にエルサレム回復のイメージを伝えたに過ぎない。エゼキエルは、捕囚先のバビロンにて、ユーフラテスの豊かな流れを見ながら、荒れ果て乾いた都エルサレムが回復されるイメージを掴んでいる。というのも、その都は、全く新しい都ではなく、古い塩の海のイメージを引きずっている。死海は死海として残るわけであるから、これが完全に新天新地のイメージに重ねられるわけではない。やがてエルサレムは回復される、豊かに、というのがエゼキエルの当時の読者に語るメッセージであった。

その前提で、13節からは、回復された土地の割り当てが語られる。その土地は、イスラエルに対する神の約束であり、公平に分けられなくてはならなかった。そこで分配の前にまず相続地の地理的な境界が明示される 。北側は、おおざっぱに言えば、地中海(「大海」15節)沿いのツロから、ダマスコの南西あたりまで(15-17節)。ここにあげられた地名を特定するのは、難しい。そして南側は、死海の少し南から、エジプトの川の河口と地中海に至るライン(19節)。西側は地中海(20節)、東側はヨルダン川と死海(18節)である。この地をイスラエルの部族ごとに割り当てる、という。そして、この新しいイスラエルの地には、生粋のイスラエル人だけではなく、改宗した在留異国人も受け入れられることが語られる(22-23節)。もはや、新しいイスラエルは、血肉のイスラエルの限界を超えていることが示される。

神はご自身の祝福を受ける民族をイスラエルと特定し、選ばれたが、他の民族を排除しているわけではない。神が設けられた基準、信仰、価値に同意し、これに従おうとする者は、たとえ生粋のイスラエル人ではなくしても受け入れてくださる。救いは万民のためであり、民族的なもの、肌の色によるものではない。聖書の神はイスラエルの宗教ではないのである。大切なのは、聖書を通して語られるこの祝福を注がれる神ご自身を、我が神、我が主として認めるかどうかにある。今日も聖書の神を唯一まことの神として認める歩みをさせていただこう。

エゼキエル書46章

「内庭の東向きの門は、労働をする六日間は閉じておき、安息日と、新月の祭りの日にはあけなければならない」(1節)。つまり普段は閉じている神殿の正門は、週と月の最初の日に開放される。毎週日曜日、教会の門が開かれ、さらには毎月の初めに開かれるようなものだ。そこで君主、そして一般の人々が、ささげ物を携えて、礼拝をするように勧められる(3節)。神殿に入る人の流れは、北から入った場合は南へ、南から入った場合は北へと整然となされるように定められる。神殿の混雑を回避する意図があるのだろう(9節)。君主は、民の代表として、出入りする場所は別ではあるが、本質的に区別はない(10節)。

続いて、君主が民を代表して、神殿でささげるものの規定について(11-15節)。三種類のささげものが規定される。一つは、主要な祭りと安息日や新月の祭りでのささげもの(11節)、また毎日の朝のささげもの(13-15節)。そして君主による定時以外、つまり安息日ではない週日にささげられるささげもの(12節)である。興味深いのは、礼拝が、基本的にささげることとしてイメージ化されることであろう。またささげものは、穀物のささげ物と、全焼のいけにえである。穀物のささげものは、基本的に労働の実をささげることに意味がある。また、全焼のささげものは、焼き尽くす献身に意義のあるものである。朝ごとに、古き自分を焼き尽くし、ささげ尽くすことが求められているのであるし、週ごとに、自分の労働の成果を主に報告する、神の前にある誠実な歩みが求められていることがわかる。君主のささげものは、全焼のいけにえであり、和解のいけにである。基本的に執り成しにあるのだと言えるだろう。となれば、神の民の代表として、いつでも、民の霊的状態に気づかい、教会に足を運び、取り成す務めを果たすのが、霊的民の君主たる牧師に期待されていることになる。

16-18節は、相続地を相続以外の形で譲渡することの禁止。君主の財産は、身内のみに限られること。また君主であっても、一般の人の土地を没収する権利のないことが確認されている。相続地は、すべて主のものであり、主から委ねられたものでる。

19-24節は、神殿の構造の説明であり、祭司用(19、20)と一般用(21-24)の料理場について。何かこの章では、脈絡のない内容であり、42:14に続けて読んだ方がぴったりとする。写本として伝えられる過程で、そこから脱落してしまったのだ、とも伝えられるが、詳しい事はわからない。ともあれ、神殿には祭司用、つまり祭司だけが食べることのできる罪のためのいけにえと財貨のためのいけにえを料理する場と一般用、つまり民が食べることのできるいけにえを料理する場、の二つの料理場が作られ、さらにそれらは厳格に区別されていた。それは、「民を聖なるものとしないためである」(20節)とされる。新共同訳では、「神聖さを民に移すことのないためである」としている。神殿における神聖さを強調しようとしたのだろう。

ともあれ、料理場があったということは、そこで、会食の交わりもあったということである。いけにえの規定によれば、全焼の生贄以外は、その残りをもって会食することが義務付けられていた。それは、神と人との交わりの回復を喜ぶ、意味合いがある。そういう意味では、教会の愛餐の交わりも、人と人とが仲良くなる、いわゆる親睦そのものが目的なのではなく、神との交わりの回復を共に喜ぶところに本来の意図がある。しかしそこに、神聖さが意識されるのは、神と人の区別、人は天の都に帰るまでは、完全にはされていない戒めを与えるものであろう。私たちは調子のよいもので、神の御座に土足で上がり込む高慢さを持っている。ともあれ、これら、宗教行事の手順が書かれているようにしか思えない、この章も捕囚期に生きた人々には、帰国後、神殿再建のあかつきには、どのような日々を送るべきかの指針を与えたのである。罪深さの中から、日々救い出されて救いの完成へと向かっていく者であろう。

毎朝聖書を一日一章読み進め、主に従う歩みをします