詩篇120篇

この120篇から134篇までの15篇は、「都もうでの歌」と表題がつけられている。これらは、捕囚帰還後、ユダヤ人の三大祭りを祝うために、エルサレムへ上る巡礼者によって良く用いられた歌であるとされる。しかし、今日の120篇は、そのような巡礼の途上で歌うには、あまり相応しくはない歌のようにも思われるのであるが、意図的に編纂されたものであることは間違いないという。実際、この15篇は、3篇を単位とする5群に分けられる。最初の1群と2群(120-126篇)は礼拝の根拠と原則について、3群目(127-129篇)は家庭生活の強調、4群目は忍耐の錬成(130-132篇)最後の5群目(133-135篇)は、歴史的嗣業について語る。

そこでまず2節、「偽りのくちびる、欺きの舌」というのは、まさに、彼らが瓦礫の山に向かい、再建の意欲をそがれていた時に、加えられた攻撃を振り返っている。つまり、神殿と城壁再建に反対したサマリヤ人の流言飛語、中傷が背景となっているのだ。「えにしだの熱い炭火」とある。普通、木の少ない地方では、灌木の根が燃料に用いられ、それはいばらや糞などよりずっと火持ちの良い燃料になったという。つまり激しい、しかも長期にわたる裁きを象徴することばとしてよく使われる。ネヘミヤ記を読むと、エルサレムの城壁はわずか2カ月足らずで完成されたことがわかるが、しかしそれは、経済的な欠乏あり、周囲近隣の人々からの反対や嫌がらせあり、中傷ありと大変な状況の中で進められた。だから神の民の意欲をそぎ、落胆させ、工事を中断させようとした者には、倍返しというべき神の裁きがあったということである。

メシェクは、ヤペテの子孫(創世記10:2、1歴代1:5)である。聖書の中では、メシェクは、ゴグを首長として北方から脅かす好戦的な民として、また、平和を憎む社会を象徴的に表す。ケダルはアラビヤ砂漠の遊牧民であり、これもまたネヘミヤに敵対した勢力のことを指している。つまり、5節は、この著者が置かれた状況、つまり著者に対する敵対的な環境を物語っている。平和を求めると、戦いを挑んでくるという状況である。

実に、そうした状況ほどエネルギーを浪費するものもない。何が辛いかと言えば、敵対的な環境に長く置かれることだろう。しかし、「苦しみのうちに、私が主に呼ばわると、主は私に答えられた」(1節)。神は、私たちの苦しみをいつまでも見過ごされるお方ではない。正しい裁きを必ずなしてくださるお方である。その象徴として、また動かぬ歴史的事実としてエルサレムの神殿が再建された。今その場に近づいている。こうして、神殿礼拝そのものが、彼らにとっては、神の業の確からしさを確認する行為となるのである。

そういう意味では、二子玉川でも、この地には教会は建たない、会堂は持てない、としばしば言われた時があった。しかし、それから26年、幾多の困難を経て、主のめぐみとあわれみによって、恒久的に礼拝をする場が備えられるようになった。だから二子玉川の教会の人々にとっても日曜毎の礼拝は、神の業の確からしさをまず覚えさせられる時なのである。日本人には神を礼拝する文化がない。だから、自分がかかわっている礼拝の在り方や意味を、こういう詩篇を通して、改めて教えられる。イスラエル人にとって礼拝は、まずは神の業を想起する行為であった。神殿は、呼べば応答してくださる主のリアリティを証していた。礼拝は神の業を想起し、さらなる神の業を期待する時である。だからこそ礼拝は喜びの時となる。歴史的な神の業を確認し、神を喜びとする礼拝をささげたい。

 

 

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