2ペテロの手紙1章

ぺテロは、まずイエスの救いについて書き起こしていく。イエスの救いは、神に従う正しい生活を送るために必要なすべてのものを与える。二つの面がある(3、4節)。

①命を与える(=滅びから免れること)

②敬虔を与える(=神のご性質にあずかること)

命を得ることは、始まりがあり成長があることを意味する。もちろん霊的な成長は自動的なものではない。神は、敬虔な生活に必要なものは全て備えてくださるが、それを自分自身のものにするかどうかは、霊的な訓練を受け入れる、私たちの姿勢や努力にかかっている(5節)。そこでペテロは、七つの品性を努めて身につけるように勧める。

①徳(5節):基本的に目的を達成することを意味する。ナイフの目的は切ること、馬の目的は走ること、そして人間の目的は、キリストに似た者となり、神の栄光を現すことである。

②知識:「聡明さ」「実践的な知識」または「識別力」を意味するが、徳を身に着けることが前提である。

③自制:自らを制御する力である。パウロも賞を得たければ、自制し、訓練に臨む競技者のようであることを勧めている(1コリント9:24-27、ピリピ3:12-16)。

④忍耐:自制は、人生が順調に行っている時に働かせる力である。忍耐は、人生に問題があったり圧迫されたりする時に働かせる力である。自制力のない人に、忍耐もない。

⑤敬虔:単純に「神のようである」ことを意味する。ギリシア語のもとの意味は、「よい礼拝をなすこと」、つまり敬虔さは礼拝から、神との正しい関係から生じる。

⑥兄弟愛:敬虔さは、兄弟愛によってさらに磨かれる(1ヨハネ4:20)。兄弟に対する愛は、イエスのまことの弟子であり、神の子であることの明らかなしるしである。

⑦愛:クリスチャンとして成熟には、兄弟愛以上のものが必要だ。つまり犠牲的な十字架愛そのもの、神が罪人、無知な者、弱い者、敵対する者に示された愛が必要である。

「信仰、徳、知識、自制、忍耐、敬虔、兄弟愛、愛」これらは、七段階に発展的に理解されやすい。信仰を身につけたら徳を身につけるというように。しかしそうではない。むしろ、ガラテヤ書に出てくる御霊の実(ガラテヤ5:22-23)のように、同時的に求められるべきもの、身につけていくべきものである。「加えなさい」と訳された語は、「豊かに備える」を意味する。そのような信仰的成長の努力のあるところに、「役に立たない者、実を結ばない者」になることはないし、躓くこともない。

さて、この時ペテロはローマの獄中にあり、もうじき自分が殉教するであろうことを予感していた。そこでペテロは、最期の告別のことばとして、読者に繰り返し過去の記憶を呼び覚まそうとしている。「世のさらし屋ではとてもできないほどの白さ」を見た、変貌山での個人的な経験を取り上げながら(17、18節、マルコ9:2-8)、信仰者が神の命を成長させ、成熟し、神の御性質にあずかることは、きわめて高い到達目標であることを示している。私たちは信仰において自己流であってはいけない。「人の私的解釈を施してはならない」とあるように、聖書が語るところを、語るままに理解し、その基準に達することを自らの歩みとしていこう。

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