ダニエル書11章

ダニエル書は、繰り返し同じテーマを増幅する螺旋的な書き方がされている点、ヨハネの黙示録とよく似ている。6章は、ダニエルからメシヤの時代までに起こる四つの世界帝国の盛衰について述べ、7章はこのテーマに、終末直前における反キリストの時代の預言が加えられた。8章では、第二と第三の世界帝国について、つまりメド・ペルシャとギリシヤについて、11章は、第三の帝国、つまりギリシヤについてさらに詳述されている。

そこで、まず配役の説明が必要だ。2節、クロスの後に「三人の王」がペルシヤに起こる。カムビュセス、スメルディス、そしてダリヨス・ヒュスタスピスの三人で、「第四の者」は、クセルクセスとされる。クロスからクセルクセスまで、実際には3人以上の王がいたとされ、ここでは、ペルシヤ時代の代表的な王のみをとりあげたのだろう。3節、「ひとりの勇敢な王」は、アレキサンダー大王のことで、彼は、急激に勢力を拡張したがわずか32歳で死んだ。彼の死後、ギリシヤは四分されている(8:8)。5節「南の王」は、このうちエジプトを支配したプトレマイオスで、6節「北の王」はシリヤ、7節以降、二つの国の政略結婚と、覇権争いのストーリーが展開される。ちなみに、18節の「彼」は、アンティオコス大王、「ひとりの首領」は、アンティオコス大王を打った海軍の首領ルキウス・スキピオ、20節「ひとりの人は」セレウコス4世である。このあたりは、ギリシヤの歴史に照らし合わせて読むとよい。21節。「ひとりの卑劣な者」は、セレウコス4世の弟である、アンティオコス・エピファネスである。

11章後半は、このエピファネスが配役の中心となる。彼は不正と策略の名手で、エピファネス(名高い)と呼ばれたが、実際にはエピマネス(気が狂った男)とあだ名された。21-35節は、彼のエジプト遠征について語っているが、第一回遠征(24節)は、その目的を完遂することができず、その帰り道、エルサレムを略奪し、ユダヤ人を殺害した(28節)。第二回遠征(29節)でも、キティムの船、つまりローマ海軍の干渉により(30節)成果をあげられず、帰路エルサレムを攻撃し、神殿礼拝を廃止し、異教の祭壇を築いた(31節)。

この11章で彼が取り上げられるのは、ただバビロンからローマに至る帝国の盛衰を預言的に示すのみならず、そのような歴史の中で信仰者がいかに生きるべきかを語るためである。前半1-6章はまさにそのような証集であり、後半は、帝国の衰亡の歴史を預言的に描きながら、そこに「自分の神を知る人たちは、堅く立って事を行う」(32節)「民の中の思慮深い人たちは、多くの人を悟らせる」(33節)と信仰者のあるべき姿が明言されている。そういう意味で、エピファネスは、聖徒に挑む迫害者の型となっている。つまり36節以降は、歴史的事実とは一致せず、アンティオコスの最期とは相容れない内容があるので、教会を迫害する反キリストの預言として理解されるのである。36節、「この王」は、反キリスト、2テサロニケでパウロが言う「不法の人」(2:8)、黙示録13章でヨハネが語る「獣」に通じる。そう考えれば、ダニエル書では最終章に近づくにつれ、いかなる時代にあっても、クリスチャンが堅く信仰に立つべきことが、いよいよ簡潔明解に語れられる。終末史的な勝利のビジョンのもとに、しっかりとした信仰の歩みをさせていただこう。