ルカの福音書9章

9章でガリラヤ伝道と呼ばれる宣教活動が終わる。ここに至るまで主題となっていたのは、神の子イエスであった。たとえば4章、悪魔は一早くイエスを神の子と認めていたが、地元の人々は認めようとしなかった。5章ではイエスを神の子と認めさせるような一連の奇跡が取り扱われてきた。そしてここ9章では結論的に、「ヨハネなら、私が首をはねたのだ。そうしたことがうわさされているこの人はいったいだれなのだろう。」(9節)「群衆はわたしのことをだれだと言っていますか」(18節)と人々の疑問を取り上げながら、イエスが神の子であることを明確にしている。つまり、「神のキリストです」(20節)と弟子たちは告白し、天の声も「これは私の愛する子、わたしの選んだ者である。彼の言うことを聞きなさい」(35節)とイエスの正体が明らかにされているのだ。続く変貌山の記事は、神の側から、その結論を確証するものだ、と読めるだろう。それは、ペテロにとってはイエスの最も聖い姿を目撃し、その聖さに近づく模範を示される出来事でもあったが(1ペテロ1:13,14)、神の子としてイエスを伝えようとする一連の文章の締めくくりなのである。

その神の子に私たちはどうあるべきなのか。ルカは、「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」(23節)。というイエスのことばを取り上げる。そして9章の後半から、主題は、神の子からイエスの弟子としてどうあるか、という弟子たちの教育に移っていく。

そこで、イエスの弟子であるということは、まず「自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」ということである。自分を捨てというのは、自己否定のことであるが、それは何よりも神を否定する自分を捨てることである。単に、自我を捨て去ることではない。キリストに従う道は、禁欲の道ではない。そこを勘違いし、修道的、律法的な生き方をしているクリスチャンは多いのではないか。大事なのは、神を否定し、神を信じて神に近づくことのできない自分を捨て去ることだ。

そういう意味で、一行が山から下りて来た際に出会った事件は、神を信じ切ることのできない私たちの不信仰を戒めている。不信仰な自分と決別する、そして同時に、自分の十字架を負うことだ。誰にでも、これが自分の十字架だと思うものがあるはずだ。誰にでも、一人一人が戦いを覚悟すべき、信仰的なチャレンジが与えられている。そして神の忍耐の中にあって、信仰的な戦いに勝利を重ねていくことがキリスト道でもある。

また、第二の訓練は、僕となる訓練である。世的には、誰が人の上に立つかが関心事となるだろう。私たちの肉の心は、イエスの弟子たちのように、誰かを自分の下に従えることを常に欲するのである。しかし、神が私たちに期待しておられるのは、仕えることであり、人のしんがりに立つことである。組織全体を見ていると、目立つことをする人は多いが、地味であっても持続して物事を進めていく人、何よりも後始末をきちんとする人は少ないものである。しかしそういう大人の心を持った人によって組織は動いていく。僕になるということは、滅私奉公を意味するのではなく、親の心を持った成熟した働きのできる人になることであろう。

最後に、エルサレムに向かうイエスのように、進む訓練である。余計なことに首を突っ込んで時間をロスすることなく(49節)、計算高くなったり、後ろを振り向いたりせずに、ただ前へ、前へと向かう訓練である。主の弟子となって歩ませていただこう。

マルコの福音書8章

1節、「イエスは町や村を巡って、神の国を説き」とある。おそらく、イエスに対する敵対意識が高まり、イエスはもはや会堂では教えることができず、どうやら、戸外でそこかしこに集まる人々に宣教をするようになったのだろう。イエスは聴衆に不自由することはなかった。しかし、イエスの関心は聴衆を集めることではなく、奥義を伝授する、神の民を養い育てることであった。だから、教えと業を通して、側に仕える弟子たちに神の民のマインドを教えようとしている。

8章の前半は教え、後半は奇跡の物語である。教えは、よく知られた種まきのたとえ。イエスに従う者を四種類の土地に蒔かれた種の成長にたとえている。確かに、神のみことばに対する聞き方も様々である。聞いても注意を払わない人(道ばたの者たち)、みことばを喜んで受け入れても、それを深めようとしない人(岩の上の者たち)、世的な関心が強すぎて結局霊的な実を結べないでいる人((いばらの中に落ちた者たち)、そして、神のみことばに正しい反応を重ねて実を結ぶ人(良い地に落ちた者たち)がいる。聖書を読むだけ、あるいは、礼拝説教を聞くだけの生活ではだめで、聞いた神のことばと共に生きる、つまり、神のことばに信頼し、忍耐をもって実を結ぶ努力をし続けていくことが大切なのである。聖書を同じように読んでいながら、信仰生活に差が生じるのは、そういう問題であろう。聖書を律法主義的に読むように努力することと、喜びを持って、神との関係を深めようと努力することは、ある意味で紙一重である。それは全く異なるものであるが、その違いが分からない人は多い。また教会は、そのように、神のみことばに真摯に取り組む霊的な絆を持った者の集まりである。神のことばによって一瞬一瞬支えられている者たちが、共に生きている、それが神の家族と呼ぶにふさわしい。まさに「わたしの母、わたしの兄弟たちとは、神のことばを聞いて行う人たちです」(21節)というように。ルカが、他の福音書記者と異なり、このイエスの家族のエピソードを、種まきのたとえの後に置いたのは、そんな意図を持ってだったのかもしれない。

さて、神の力を味わい知る、四つの奇跡が続けて語られている。嵐を沈め、悪霊を追い出し、長血を患っていた女を癒やし、ヤイロの娘を生き返らせている。死人をよみがえらせ、病気を癒す奇跡。すでにルカは4、5章、7章にも奇跡を書き記してきている。しかしその書き方には多少の変化がある。4、5章、7章、そして8章へと進むにつれ、イエスは大勢の前から、少数の弟子たちの前へと奇跡を起こす場所を絞っている。イエスは、身近な者を訓練することに集中した。先にも書いたが、イエスの関心は聴衆を集めることではなく、弟子を育てることにあったのである。

最初の奇跡は、イエスが自然を支配する神の子であることを示している(25節)。そしてイエスの奇跡は、嵐を静めたが、実際には弟子の心を静めている。私たちもイエスが、私たちの波立つ心を静められる方であることを知らなくてはならない。神と共に歩む時に、私たちは、私たちに関わる神を味わい知るようになる。試練は、信仰を成長させる時である。宗教改革者のマルチン・ルターは、祈りと試練が神学者を作ると語った。

次に、悪霊つきの男の癒やし。この男は、悪霊に取り付かれ、自分と悪霊の区別もつかぬほどに自分を失い、狂わされた人生を生きていた。彼は「墓場に住んでいた」と言うが、興味深いのは、この奇跡を見た町の人々の対応である。彼らは、この狂った男が正気に返ったことを喜ぶのではなく、恐れを抱いている。彼らは、正しいことがなされても、喜ぶことがなかった。現状維持がよかったと言わんばかりである。しかしそのような心こそ、神の奇跡を遠ざけている。神は偉大なことをなさるお方である。変化を恐れてはいけない。

12年の長血をわずらった女は、そんな変化を自ら求めた人の話である。イエスはこの女の信仰を見逃されなかった。大切な点である。どんなに小さな者であれ、信仰によって近づく者を神は見逃すことはない。大切なのは、神に近づく者に、神は報いられるお方であることを信じることだ。しかもその信仰は可能性に基づくものではない。望み得ない時にこそ望みを抱くものである。ヤイロの娘の物語がそれを伝えている。もう、必要がない、もう来ていただいても無駄であるという状況の中でイエスは奇跡をおこなわれた。神に遅すぎることはない。人には、墓場に縛り付けられるような、生きる望みを失う状況に置かれることはあるだろう。しかしどんな時も嵐と悪霊と死と病に力を及ぼされ、回復される神を覚えたいものである。いつでも神に望みを抱いて歩ませていただきたいものである。

ルカの福音書7章

神の子イエスがなさった奇跡が綴られる。一つは、百人隊長のしもべの癒やし。もう一つは、ナインという町のやもめの息子に起こった奇跡である。

普通ユダヤ人は、ローマ人に対して、特に、ローマの兵隊に対してはあまりよい印象を持っていなかった。しかし、この百人隊長は別であった。彼は、ユダヤ人に親切で、彼らの宗教に敬意を払い、会堂を建てる善を行い、ユダヤ人に愛されていたのである。おそらく彼も神を恐れ、信仰を同じくしたのかもしれない。そんな彼が、イエスの助けを求めに来た。すくなくとも彼は、イエスが、神の子であり、そのことばには力があることを認めていたのであろう。また彼は謙虚であった。「おことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべは必ず癒やされます」と自らの信仰を言い表している。そこにはイエスの権威の元にはあらゆる者が服する、イエスを主と認め、受け入れる信仰がある。神のことばには力がある。神が語られるなら、この自然も、あの難しい人間関係も、この癒やしがたい病も、一切が従うのだ、という信仰である。そこにはイエスに病を癒す力があるという以上の、イエスを万物の主と認める信仰があった。

さて、次に出て来るのはナインの息子のやもめの話。イエスが死人を生き返らせた記録は、他にもいくつかある。ベタニヤのラザロの物語(ヨハネ11:1-44)、会堂管理者ヤイロの娘(ルカ8:40-56)と。大切なのは、イエスの権威には、死もまた従うところだろう。人間の最終の敵は死である。死に勝利した人間はまだ一人もいない。しかし、キリストは堅いハデスの門を打ち破り、死者を取り戻すことができるのだ。そして同時にこの物語は、打ち破れた者に対する神の温かい心遣いを思わせるものである。ナインのやもめの女は、すでに、夫を失い、さらにかけがえのない一人息子と死別していた。当時、女性が一人で自立して生きていくのは極めて困難であり、この女性は、実に孤独と苦難を背負う惨めな境遇にあった。ルツが自分をマラと呼んだ寂しく悲しい思いがあったことだろう(ルツ1:20)。しかし、神は彼女の人生に目を留めてくださっている。ルカは初めてここでイエスを「主」と呼ぶ。実に私たちが主と呼ぶこのお方は、哀れみ深さをその第一の特徴とするのである。そしてこの主であり、神である方は永遠に変わることがない。今なお社会の隙間に押しやられるような者を、心に留めてくださるお方である。こうしてイエスには、当時考えられる限りの最大の敬称である「大預言者」が帰せられることになった。

そういう意味では、18節以降のバプテスマのヨハネの物語も、社会の不条理によって失われゆく者、見捨てられる者への主の深い心遣いを思わせるものである。バプテスマのヨハネは捕えられていた。そのヨハネがイエスに使いを送る理由は何か。様々に考えられている。①ヨハネの弟子たちが疑念を抱いていた、②ヨハネはいよいよ自分が退くべき時が来たと考えていた、③ヨハネ自身のメシヤ信仰が弱くなった、③ヨハネの忍耐力が限界に達していた、などである。いずれにせよ、ヨハネはイエスを認めており、イエスが自分にとって代わる働きをすることを知っていた。ただ人間として困惑していた部分も多少はあったことだろう。だから獄吏にありながら、イエスの意思を確認したい思いもあったのではないだろうか。そんなヨハネにイエスは自分の働きの使命を告げる。イエスは「目の見えない者たち」(イザヤ35:5)、足の不自由な者たち(イザヤ35:6)、ツァラアトに冒された者たち、耳の聞こえない者たち(イザヤ35:5)、死人や貧しい者(イザヤ61:1)にこそ心を配られる、旧約預言のメシヤの働きに専心している、と。イエスはまさにあわれみの主としていよいよその働きを広げておられたのである。そういう意味で、バプテスマのヨハネすら忘れられてはいなかった。となれば、どんな人であれ自分の人生など価値も意味もない、と思われるようなことがあっても、いずれその価値と意味を見いだせることだろう。

最後に、罪深い女とみられた女性のエピソード。他の三つの福音書にも出て来る物語であるが、ルカの物語は時期的にまた別のものであると考えられている。そしてこの物語における中心テーマは、愛と赦しにあり、香油を売って貧しい人に施す慈善ではない。つまりこれは、神に愛され、赦されることを味わった女の物語である。神はただ、施しをする神ではない。神のあわれみは、人間の心の必要にこそ向けられる。人間の罪意識に、人間の深い心の闇にこそ温かく向けられるのである。

目に見えない神に愛されることを体験するのは、主観的な経験かもしれない。しかし、神は、どんな者をも拒まれない。いや、社会の隙間に落ち込んでいく者を見逃さないお方である。その神を神として仰ぎ、神に正しく近づくならば、私たちは祝福から漏れることはない。神を認め、神の権威あることばに耳を傾け、主の命を受けながら歩む者でありたい。

 

ルカの福音書6章

安息日になると全自動各駅停車になるシャバット・エレベーター、コーシャス規定にそって、食肉だけの問題ではなく、安息日が始まる数時間前には店を完全に閉め人気のなくなる大通り、そんな安息日の制度を頑なに守る姿を見ると何か矛盾しているような気もするが、実際に安息日を家族で過ごし、陽気に歌を歌い楽しみ、安息日明け(翌日の日没)までゆっくりと過ごしているユダヤ人を見ると、安息日は本質的に喜びの日であり、神が設けられた人のための祝福の日なのだ、と思わされるところがある。それに比べて日本の教会は、別の意味で礼拝を守ることにおいて律法主義的で、神に与えられた安息日そのものを楽しんでいないことがあったりするのではないか。というよりも、日本の社会が忙し過ぎることもあるのかもしれないが、日曜日に教会の予定がすべて凝縮され、日曜日は礼拝の日プラス教会の活動日となっていることが多く、主が命じられ、主が祝福の日とされた安息を味わうような体制にはなっていなかったりする。ユダヤ人には文字通り安息日は「安息」の日であるが、日本人にとってそれは「聖日」であり、大いに教会が活動する日である。使徒の働きのペンテコステの流れからすれば、それも一理あるのだが、週日仕事でよれよれになっている日本人キリスト者が、神が設けられた「安息」の日を楽しむように、教会の在り方も変わらなければならないように、私は思うところがある。

だから1-11節は、安息日論争であるが、その安息日のイメージは日本人の聖日のイメージとは全くかけ離れた背景で理解する必要がある。つまり、安息日を自然に、常識的に楽しんでいる人たちがいる。そういう中で、極端に戒めで雁字搦めになりながら静まる「安息」を厳格に守ろうとする、あるいは守らせようとする人たちとの論争がそこにある。この時弟子たちは、お腹がすいて、穂を摘んで、手でもみだして食べた、とある。しかし、ラビたちからすれば、それは安息日には禁じられた労働と見なされた。バカバカしい適用であるが、刈り取り、脱穀、ふるい分け、食事の用意と、それは、四つの行為でもって安息日を破ったのである。これに対してイエスは、二つの論理で反論している。一つは、旧約聖書のダビデの例であり、緊急性の論理である。必要があればそれは優先されるといわけだ(3節)。そしてもう一つは、制定者の論理。つまりイエスは、安息日を定めた安息日の主である(4、5節)。これに続く奇蹟物語は、イエスの言葉の正しさを証する。病の癒しは、イエスが「人の子」であることを確かに示すものであったが、パリサイ人は、そんなことよりも、ご自分を安息日の主とし、神と等しくしたイエスの姿勢に怒りを燃やした。彼らはイエスを神として認めることなどとうていできなかったのである。

さてイエスは、ご自分の弟子たちを呼び寄せ、12人を選ばれた。これは、旧約の12部族に重ねられるものであって、イエスは12人の使徒を起源とする新しい選びの民を興そうとしたのである。だから17節以降の平地の説教は、かつて出エジプトにおいて、イスラエルの民が十戒を与えられ、神の啓示に従う民として訓練されたことに相当する。実にそれは、弟子たちに、新しい霊的な「イスラエル」(ローマ11:26)としての生き方を教えるものなのだ。基本的にこの説教は、マタイの山上の説教とよく似ているが、「平らな所にお立ちになった(17節)」と場面設定など異なる部分も多々あり、別の機会に語られたものを収録したものなのかもしれない。

ともあれイエスは、新しい民の価値観を最初に取り上げる。常日頃、自分が幸せであるとか哀れであるとか一喜一憂して生きているところがあるのだが、それはどんな判断基準によるものなのか。しばしば自分は不幸だと悲しみに沈んでいる人がいるものだが、それは、世の中で通常そう思われているから、というだけに過ぎなかったりする。神の視点に立てば、別に悲しいことでもなんでもないのである。パウロは、「どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました」(ピリピ4:11)と語ったが、神に選ばれた新しい民は、今ある状況を素直に受け止め、そこに別の意味での喜びを見いだす知恵者である。

第二に、新しい民は、価値観や発想が違うばかりか、行動も違う。一般に、敵は憎むものであって愛するものではない。しかし、イエスは言う。新しい神の民は、敵を愛するのだ、と。(27節)。それは、私たちをご自分の子として選んでくださった天の父が「あわれみ深い神」だからである(36節)。子が父に似るように、神の子である私たちも、天の父のあわれみ深さを身に着けて育つのである。大きな愛は、新しい神の民のしるしである。だから人をさばいてはいけない、という。むしろ大きな天の父の愛に生きる、主の弟子は、「赦しなさい」「与えなさい」という。

最後にイエスは、こうした新しい価値観、新しい行動によって、人生を築き上げるように、と語られる。新しさに生きようとしたら新しさをもたらす源泉に絶えず触れなくてはいけない。よい習慣は、よい思考、良い行動の積み重ねによる。絶えずイエスの元に自分を置き、イエスの言葉に親しみ養われていく毎日が私たちには必要なのである。

 

ルカの福音書5章

4章が神の子であるイエスを、サタンや悪霊が認め、故郷の人々は認めなかった、と書き記しているとしたら、5章は、イエスが、具体的にご自身を神の子として示した、いくつかのしるしと、その神の子の招きに応じてイエスの弟子となった者たちを記録している。

最初の奇跡は、大漁の奇跡である。当時の漁は、夜間に、しかも浅瀬で行えば、よい結果が出ると考えられていた。しかしその日は、何の収穫もなかった。そこにイエスが現れて、常識的な理解を覆すアドバイスを与えられた。イエスはこの日中に、しかも深みで漁を行うように勧められたのである。ペテロは従ったが、その従順は、本心によるものではなかったようだ。英語のキングジェームズ訳の聖書は、そんなペテロの心をのぞかせる。つまり、イエスは、複数の網(netsの複数形に注意)を持って行きなさいとペテロに語っているが、ペテロは網を一つしか持って行かなかった(netの単数形に注意)。既にペテロはイエスと師弟関係にあったと考えられているので、ペテロとしては、聖書の教師が専門外の漁にまで口を出すなんて、という思いがあったのかもしれない。しかし彼は、その結果に驚かされる。ペテロと一緒にいた者たちも、イエスはどういうお方なのか、と畏敬の念に打たれていた。そんな彼らにイエスは「こわがるのをやめなさい」と語られる。彼らが一緒にいたのは、単に聖書を教える教師なのではなく、「主」と呼ぶべきそれ以上の何ものかであった、ということである。そして彼は人生の中で出会った最大の収穫を捨て、イエスに従う決心をしていく。それまで、魚を相手にして生きてきたペテロが、イエスの弟子となり、もはや魚を捨てて人間を相手に生きていくことを決心するのである。それは、大きなチャレンジであった。しかし、ペテロはイエスの招きに応えたのである。

12節、全身、ツァラアトの人が、イエスに癒やされている。ルカは、イエスの癒しが、主の御力によるものであること、つまり神の御力の現れであることを語っている(17節)。それはイエスの正体が神であることを匂わすものであるが、ルカはさらに明快に、イエスの正体に迫るエピソードを加える。つまり、中風の人の罪の赦しの物語である。ここでルカが注目させるのは、イエスは単に人の病を癒し、神的なパフォーマンスを披露した、ということではなくて人の罪を赦された点である。病の癒しであれば、祈祷師、治療師でもできることだろう。どんな宗教にもそういう奇跡話の一つや二つはあるものだ。しかし、イエスの特異性、キリスト教のオリジナリティは、罪の赦しにある。イエスは肉体の救いのみならず魂の救いをもたらしたのであり、十字架における犠牲が示すように、罪に打ち震えた魂を救うことがその中心的な働きであった。キリスト教には十字架への拘りがあるゆえんである。だから、イエスに反対する勢力、律法学者、パリサイ人たちも、神だけが罪を赦すことができるのであり、ご自分を神と等しくするイエスに反感を抱いたのである。しかし24節。「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたが知るために」と、イエスは、意図的に、ご自分を神と等しくし、その権威を明らかにしている。イエスが神の子、主の主であるというのは、単に人を畏怖させるような奇跡を起こしたことではない、罪を赦す権威を持ち、それを執行されたことにある。そして同時に、イエスはダニエル書の特徴的なことば「人の子」を持いて、それが、旧約聖書の語る本来のメシヤ像であることを明確にされた。

27節から、もう一人の弟子、レビ(マタイ)の召しが描かれている。マタイは通行税か関税を課す税関であったと考えられている。当時、彼らは不正直なローマの協力者として嫌われていた。ユダヤ教で聖書に並んで大切にされる先祖の言い伝えを編纂したタルムードでは、取税人は強盗の類に数えられている。レビはそんな社会的評価を受けながら人生を歩んでいることに辟易していたことだろう。マイナス評価の中で人生を生きていくことほど息苦しいものはない。そんなレビにイエスは新しい人生を生きるチャンスを与えられた。イエスにマタイに対する偏見はない。イエスはマタイの可能性を正しく見抜いておられた。それが神なのだ。神は罪人の罪を赦し、変えられた罪人の可能性を知っておられる。まさに、イエスは、罪人を招いて悔い改めさせ、そして悔い改めに基づく新しい人生を導かれるために来られたのである(32節)。イエスはマタイに「わたしについて来なさい」と命じられた。マタイはイエスに従った。ペテロにとっても、大きな人生の方向転換であったことだが、マタイはそれ以上と言わなくてはならない。漁にはいつでも戻れても、取税人の仕事は簡単には復帰できなかったことだろう。しかし、マタイの決意の確かさは、大ぶるまいによって明らかにされた。主を見出した素晴らしさは、いかなる財産にも代えることができない。

イエスの弟子たちは明らかに、イエスに従うことに喜びと祝福を感じていた。それは、ヨハネの弟子たちとは対照的であった。人々の目には不思議に映った。しかし、新しいぶどう酒は新しい皮袋にという、新しい時代が来ていたのである。イエスの到来は、これまでのユダヤ教の延長ではなく、旧約聖書に基づきながら、全く新しい神のいのちを伝えるものであった。今までの古着にぬくぬくしていたら、新しい意識も、新しい行動も生まれないことだろう。ペテロも、癒された人々も、そしてレビも、今あるものを捨てて、主に従う決意を持って新しい一歩を踏み出したのである。そしてこの一歩がまさに、神の御国を建て上げる礎となっていく。私たちも今日、新しい一歩を踏み出すこととしよう。