使徒の働き1章

著者は、自ら名乗ろうとしないが、最初の受取人から、これがルカの福音書の続編であることに間違いはなく、この書を通して私たちは、パレスチナの一地方に始まったキリスト教が地中海沿岸へといかに拡大していったかを知ることができる。おそらく当時、キリスト教については、様々な噂話が広がっていて、その中には歪められた情報もあり、真実のキリスト教を語る必要があったのだろう。ルカは後半「私たち」と一人称の代名詞を使っている。つまり彼が書いた多くの出来事は、彼自身と教会の目撃証言である。実際、ルカはパウロとともにエルサレムへ旅をし、カイザリヤに2年間滞在し、パウロの裁判のためのローマへ向かう旅にも同行した。おそらくこの書が書かれたのは、AD60年代初めか中頃、パウロがローマで2年間投獄された時の終わり頃であったとされる。なおテオピロという名前は、「神によって大切にされている」という意味であるが、クリスチャン全体を指す象徴的なものというよりは実在の人物の名前と考えた方がよいだろう。恐らくこの時に、すでにクリスチャンであったと考えられているが、詳しいことはわかっていない。
さてルカは、「行い始め、また教え始められたすべてのことについて」(1節)と書いている。「行い教えられたこと」ではない。つまりルカには、イエスが十字架にかかり昇天されたことが終わりではなく、まだ続いている意識がある。これから書くことも、イエスがご自分の弟子たちを通して継続的になそうとしておられる働きの物語である、というわけだ。
では、イエスは弟子たちに何をされたのか?第一にイエスは甦りを確証された(3節)イエスは復活された後の40日間を通して復活が確かであること、つまりご自分が生きておられることを証明された。そしてその目的である神の支配の確実さを語られた(3節)。神の国、つまり神の支配はすでに来ている。しかし未だ完成はしていない。その緊張感の中に、私たちはあるのだが、イエスは、神の支配は、確実であることを教え諭されたのである。そして、イエスは聖霊の約束を待つように命じられた(4節)。イエスは復活後、弟子たちに、即座に出て行って福音を伝えるように命じられたわけではない。父の約束を待って、聖霊のバプテスマを受けるように命じられた。それはヨハネのバプテスマ以上のものであり、新しい生活を象徴するだけではない実際に新しい生活と力をもたらすバプテスマである。その上でイエスは、証人となる使命を予告された(8節)この予告はすでにルカの福音書の終わりに述べられており、繰り返しである(ルカ24:45-47)。イエスがこのように語られた時に、弟子たちは感極まって、今こそユダヤの王国が再興される時と考えたかもしれない。しかし、イエスの十字架と復活によって始められた神の国は、この世のものではない。だからその実在が明らかであり、全ての人に望まれるように、弟子たちを通して伝え広められなければならない。ただそのスタートは今ではなく、聖霊が臨んだ時である、聖霊を待ち望め、とイエスは言う。イエスは天に戻られた。
天使がイエスの再臨について説明し確証している。強調は、雲に乗って現れるという部分ではなく、見ている間に、上げられ、見えなくなられたという部分にある。つまり、1テサロニケには、一挙にという表現があるように、主の再臨は瞬時にして起こるということである。もはや私たちの理性的な理解を越えた内容であるが、私たちがもう一度神の前に立つ、その日が来るということであって、信仰によって受け止めるべきことである。
イエスが天に戻られた後、弟子たちはエルサレムの大きな部屋、二階の部屋に集まった。彼らにはよく慣れ親しんだ場所であったのだろう。集まったのは、120人。イエスは500人以上の人に現れたというから、やはりイエスの復活を皆が信じたわけではないことがわかる。集まった者の幾人かは、私たちもよく知っている弟子たちである。キリストとの関係を否定したペテロ。キリストの右の座に就きたかったヨハネとヤコブ、アンデレとピリポ、そしてトマス。マタイ、シモン、バルトロマイ、ヤコブ、ヤコブの子ユダ、最初はイエスを信じなかったイエスの兄弟である。率直なところ、彼らは失格者の集まりである。誰も、キリストの宣教にふさわしい者などいなかった。皆キリストに従えなかった者である。そんな者たちが謙虚にひとつ心になって、主の約束を祈り待っている。ありえないことである。しかしイエスの復活を証する厳粛な使命は、各々一人だけで果たせる責任ではなかった。彼らの前途には、厳しい迫害の時が迫っていた。そして実際、主の兄弟ヤコブは殉教の危機にあった。互いが互いの信仰を思いやり、支え合うことなくして一歩も進めない状況であった。神は、ご自身の使命を果たすために、完璧な人、能力のある人ではなく、謙虚に仕えあい支え合い聖霊により頼む人々を選ばれたのである。