使徒の働き7章

恵みと力に満ち、また知恵と聖霊によって語るステパノが、ペテロたちと同様に捉えられ、裁判にかけられた。6:8よりはじまり,7章の大部分は,議会の中でのステパノの弁明となっている.
ステパノの弁明は,その大半が,イスラエル民族の歴史的な歩みについて語るものである。父祖アブラハム(2-8節)から始まり、ヨセフ(9-16節)、モーセ(17-43節)、荒野での不従順(39-43節)を取り上げイエスの福音を証言し、さらに神殿礼拝の意義を問う(44-50節)。
そこに二つのテーマが貫かれている。つまり、イスラエルの民が、歴史を通して神様が遣わされた預言者、使者たちを受け入れてこなかったこと、そして、彼らは、歴史を通して神様よりも、蛇や牛の形をした偶像を拝むことに心を注ぎ、律法を守ったためしがなかったことである。そのため、ユダヤ人は、あらかじめ預言されて、神から遣わされた正しい方、イエスを殺してしまった。彼らもまた、自分たちの先祖たちが行ったことを繰り返している、というわけだ。それは、暗に神は昔も今も変わらず、働いておられ、ステパノのメッセージに反対する者をそのままにしてはおかれない、ことを伝えている。ユダヤ人の宗教家にとって、非常に耳痛いことであった。「心と耳に割礼を受けていない人たち」(51節)は、議会に対する最大の非難であり侮辱である。ステパノの痛烈な説教は彼らの感情を深く掻き乱し、怒りを沸騰させた。こうして彼らは、ステパノを町の外に追い出し、石で打ち殺してしまった。罪を指摘されこれを素直に受け入れる者はまずない。しかし、信仰には一種の素直さが必要である。神の前における謙りがなければ、信仰の第一歩を踏み出すことはできない。
さてステパノの死は、無駄だったのだろうか。彼は、神を賛美し「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と祈っている。その崇高な祈りも、空しく消え去ったのだろうか。そうではない。
第一に、ステパノの死は、ステパノ自身にとって戴冠式、栄誉の時であった(56節)。ステパノは、神の栄光を見た。また立ち上がっているキリストを見た。主は、昇天されると同時に神の右の座に着かれたとある。つまり主は、最初のクリスチャンの殉教者を立ち上がって迎えられたのである。
第二に、ステパノの死は、イスラエルの民にとって有罪を宣告した。イスラエルの民は、バプテスマのヨハネを殺し、イエスを殺し、最後にステパノを葬りさった罪を問われた。
第三に、ステパノの死は、教会に新しい機会をもたらした。教会は、エルサレムとその神殿から方向を転じ、ユダヤへと散らされたが、それは、さらに広く異邦人の間にまで福音を広めるように道を開いたのである(8:2)。
最後に、ステパノの死はパウロを迫害者として駆り立て、やがてキリストのしもべへと導いていった(8:1)。恐らくパウロは、生涯に渡ってこのステパノの死を忘れなかったことだろう。そして、明かにこのステパノのメッセージ、祈り、そして栄光に輝く死は、パウロをキリストのもとへと導いたのである。神は、決して、聖徒の死を無駄にはなさらない。後に学ぶように、パウロはこのステパノを迎えられた神と直接対面するようになるのである。
ステパノのメッセージについては、これを創作であるとする学問的な立場もある。確かに、ルカは、ステパノが語ったことの要点を自分の表現でまとめあげた、ということはあるかもしれない。しかしそうであったとしても、ステパノのメッセージを通して聖書が語ろうとしたことの価値が減じられるわけでもない。それは、明らかに、私たちの神に対する姿勢を問うものである。私たちはユダヤ人の先祖と変わらぬ、神に反抗的な者、いつも、聖霊に逆らっている者なのかもしれない。キリスト者にしても、信仰は持ったと言っても、その実質は二重構造で、毎週礼拝に通う宗教行動こそあれ、実質中身は世俗主義、幸福主義の人生を生きているだけであるかもしれない。となれば、当時のユダヤ人宗教家と五十歩百歩であることに変わりはない。ステパノの確信は、今なお神は生きておられる。その神が、不信仰で頑なな私たちの罪の赦しのためにキリストをお遣わしになぅった、ということである。キリストの罪の赦しにあって、神を仰ぎ、神に従う者であろう。