使徒の働き19章

パウロは奥地を通ってエペソに来たという。いったいどこをどう歩いてきたというのか。当時、皇帝街道からエペソに向かう道は、三経路あったとされるが、そのいずれなのかは、わかっていない。ともあれ、パウロは念願のエペソ伝道へとやってきた。
エペソは「アジヤの光」と呼ばれ、小アジヤでは重要な植民都市であった。現在はトルコ領西端の一寒村アヤソルク駅の南西2キロに古址をとどめているに過ぎないが、当時は、交通の要所で、アジヤ州の首都として栄え、経済・文化・宗教の中心地でもあった。当時の人口は約25万、ユダヤ人が多く植民し、会堂が立てられていた。またエペソには、すでに幾人かの弟子たちがいた。しかし、彼らはヨハネのバプテスマしか知らず、聖霊のバプテスマを知らなかったという。つまり、使徒2章に描かれたペンテコステの出来事を知らなかった。彼らは、主イエスの名によって、悔い改めのバプテスマを受け、それによって聖霊を受けた、とある。この記事は、回心の後に聖霊の賜物を受ける教理的な説明の根拠とされることが多い。今なおそんな話を聞くが、これは時代背景において理解すべきことで、そうした教理とは実際何の関係もない。今日私たちが授けられるバプテスマは、主イエスの御名による悔い改めのバプテスマであると同時に聖霊のバプテスマである。聖霊を受けることなしに、キリスト者でありうることはない(使徒11:17)。この時代は、まだ新約聖書も流布しておらず、救いの理解が断片的で、このように後付けで物事が起こってもおかしくはなかった。二つのバプテスマがあるわけではない。彼らが新たに受けたのは、ヨハネではない、主イエスの名によるバプテスマであった(5節)。
さてパウロは、ここで約二年半滞在し、初めの三ヶ月、ユダヤ人に妨害されるまでは、会堂で伝道した。その後、修辞学者ティラノの所有する講堂に移り、2年にわたって伝道した。パウロは未明から第5時(午前11時)まで労働し、皆が休憩する講堂の空き時間、第5時から第10時(午後4時)まで、福音を語った。このような精力的な活動によって、エペソからアジヤ全域にわたって主の言葉が広まった。ただパウロは、単純にエペソの伝道に専心していたわけではない。実際、パウロは、コリント教会のトラブルに巻き込まれていた。彼は、この地より三通の手紙を書いている。不品行な者たちからの分離を説いた第一の手紙(Ⅰコリント5:9)。そして、今日コリント人への手紙第一として聖書に収録されている第二の手紙。その後、事態に改善の兆しが見られず、思い切ってコリントを訪れた後に、エペソを離れる前に書き送った「悲しみの手紙」と呼ばれる第三の手紙である。その長さを見ても、また取り扱う内容の深刻さからしても、多くの時間を取られたことは推察できる。さらにパウロが投獄されて獣と戦ったのはこの時期であった(1コリント15:32)。また自分の生活を支えるための副業もしていた。つまりエペソの伝道は、コリント教会の牧会、迫害と投獄、副業という大変な重圧のもとで進められていたのである。そんなパウロの働きが主に用いられて多くの人が信仰へと導かれていった。真の悔い改めが生じ、生活を変えるインパクトが生じたのも、主が働けばこそである(19節)。主にある労苦は無駄にはならないのである。
さて、23節、パウロが滞在を引き延していた間に、「ただならぬ騒動」が起った。エペソは名高い「アルテミス神殿」(24節)のお膝元であり,多くの参詣者を集めていた。アルテミスはギリシア神話のゼウス神の娘で、アポロンと双子の姉妹。狩猟の女神、出産と肥沃の守護者であり、純潔と処女性の象徴として崇拝されていた。エペソのアルテミスは、土着化し、本来のアルテミスとは違うものと考えられていたが、「全アジヤ、全世界の拝むこの大女神のご威光」(27節)と叫ばれるほどであった。その神殿は古代七不思議の一つとされ、火災によって焼失したが、発掘調査の結果、アテネのパルテノン神殿の4倍大で、神殿の奥行103メートル、間口43メートルの広さ、直径1.8メートルの大理石円柱が100本立てられ、そのうち36本には高さ3メートルの所まで等身大の女人群像が浮彫にされていた。アルテミスの像は、その神殿の中にある内殿に安置されていた。「天から下ったそのご神体」(35節)という表現から、黒い隕石を刻んで造ったものと考えられている。
毎年アルテミスの月(太陽暦の3-4月)に行われる祭には、多くの参詣人や観光客が訪れ、莫大な富をもたらしていた。ことに銀細工人組合は銀製の神殿模型の上にすえられた女神アルテミスの銀の像を製作し莫大な利益を得ていた。だから伝道の成功は、神殿に付随する観光産業に痛手を与えたのである。起こるべくして起こった騒動である。しかし、主の働きであろう、騒動は、静められた。そして異教の地にキリスト教信仰が芽を出し、教会が建てあがっていく。ただ主の働きに加えられる歩みをさせていただこう。