使徒の働き27章

パウロは、ローマへ送られることになった。ローマの百卒長ユリアスの率いる護衛に守られ、パウロは、海路2700キロ、陸路180キロに渡る長旅を開始した。主の約束であり、個人的願いでもあったローマ行きは、不思議な形で実現した。
イタリアに行く船が得られなかったので、小アジア北西隅ムシヤの港アドラミティオを根拠地とし、沿岸航路を専用とする船に乗り込んでカイザリヤを出帆、翌日シドンに入港した。順調な船出であった。沿岸船であったので、積み荷の積み降ろしがあり、時間もあったのであろう、その間パウロは、百人隊長の好意により友人を訪れることも許された(3節)。しかし、地中海はすでに西風が強い季節になっていたので、シドンからミラへは通常の航路を採らず、海岸線から遠く離れずにキプロスの島影を、海岸から吹く夜風と西方への海流に助けられながら北上し、キリキアに近づき、そこから船首を西に転じ、パンフリヤの沖を過ぎてミラに入港した。D写本によれば、15日かかってミラについたという。妥当な日数である。ミラはエジプトとローマの直接航路にある要港であった。この港でイタリア行きのアレクサンドリアの穀物船を見つけ、これに乗り換えた。普通アレクサンドリアの穀物船は長さ55メートル、排水1200トンほどのものであったとされている。パウロの場合は、乗船者が276名であったというが、600名の乗船があったという記録もある。
おそらく航海が不可能になる冬になる前にイタリヤに到着できると踏んで出帆したのであろうが、ミラから出発すると向かい風の西風が思いのほか強く、ジグザグコースをとって進み、210キロの距離を幾日もかかって、小アジヤ南西端イスカンディル岬の町クニドの沖に達することになった。そこで彼らは沿岸に沿って島影を航行するため、船首を南に転じ、クレテ島東端のサルモネ岬の沖に迂回し、島の南東部を廻り「よき港」についた。ミラからよき港までは、航海に約25日を要した。地中海は、冬季の嵐のため、11月11日から3月5日までは航海が完全に閉鎖された。なお5月15日までと、9月14日からとは少なくとも、航海が危険であるとされ、できるだけ航海を避けた。この時は、すでに、10月28日になっていたようである(使徒27:9)。
船会議の席上、旅行経験の多かったパウロは難船の危険があることを忠告する。しかし、海上の航行が閉鎖されることを考えた船長たちは、もう少し冬を過ごすのに適当なピニクス港まで足を伸ばすように提案、西方65キロにあるピニクス港で越冬することを希望し、都合の良い風に吹かれて出帆した。それは約1日ばかりの旅程のはずであったが、まもなく船は暴風に巻き込まれ、14日間漂流し、ようやくマルタ島に漂着するのである。クラウダ島から西方に900キロ流されたことになる。
ただルカは記録する、「吹き流されるまま」(15節)、「積荷を捨て始め」(18節)、「太陽も星も見えない日が幾日も続き」(20節)、「激しい暴風がふきまくる」(20節)、「助かる最後の望みも今や断たれようとしていた」(20節)、「長いこと食事をとらなかった」(21節)、一語一句が象徴的である。突如として風向きが変わり、暴風となり、疾風怒涛の中を激しく揺られ、きしむ船体の中で、乗客は幾度も後悔と深い恐怖を味わったことだろう。私たちの人生にも、そんなことばで語られる日々があるものだろう。この世の濁流にのみ込まれ、もてあそばれ、友を失い、家族を失い、財を失い、さらには、自分の立ち位置の検討もつかなくなり、全く落胆のほかないもない、そんなことがあるものだろう。しかしそのように絶望的な時であっても、パウロは、「恐れてはいけません」(24節)「元気を出しなさい」(25節)「すべて私に告げられたとおりになると、私は神によって信じています」(25節)。と確信と平安の中に歩んでいる。そして、35節パンを裂き、それを分かち合った。これは主の晩餐であると多くの注解者が解説をしており、その可能性もなきにしもあらずであるが、実際には通常の食事をしたのであろう。しかし、それ自体がパウロの主への信頼を明らかにしている。先にパウロは自分のようになることを願うと語ったが、まさに、目が開かれ、イエスの十字架愛を悟り、御国を目指す人生は、恐れを知らない。私たちは、神があるいは、神の御使いが私たちを守る経験をする(23節)。パウロの確信は、翻弄される人生の中にあって、模範となって行為化したのである。
パウロは、神の約束に立った。旧約聖書においては、神の幸せの法則が記されている。それは、主が正しい、主が良いとみられることをすること(申命記6章)、主を神とし、神のことばに信頼し、従っていくことにある。パウロも約束の言葉を信じ、それに従った(25節)。こうして、14日目、舟はどこかの陸地へと近づいていた。まだ陸が見えたわけではない。しかし、パウロは、感謝をささげ、食事を勧める。神の約束は確かであるというパウロの信仰がそうさせたのだろう。確かに、パウロに与えられた約束は、文字どおり成就した。神は実に荒っぽいことをされたが、不思議にも彼らは一気にローマへと近づけさせられていた。何もこんな方法でなくても、と思うところでもあるが、神のご計画の真意は、天の御国で後日談に耳を傾けるまでにはわからない部分もあるのだろう。
ともあれキリスト者が困難の中にあって、大胆に振舞うことができるとすれば、それは、神の約束があるからである。神の約束に支えられて人生に大胆さを持っていくのがクリスチャンである。神の約束に立って歩んでいる確信があれば、どんな試練においても、神の目的を見まごうことなく耐え抜いて行くことができる。ただ守ってください、立たせてくださいと祈るのではなく、主の約束を思い起こし、そこに立って、そのとおりに歩ませてくださいと祈る事が大切である。