1歴代誌2章

2章 ダビデの系図

<要約>

おはようございます。系図は、なんとなく、どう読んだらよいのか、と思うところですが、まとまりを見つけていくことなのでしょう。そしてまとまりの意味を考えていくことだと思います。あるチェーン店のラーメン屋に入った時に、四代の家系の簡単な説明が、壁に貼っていたのを思い出すのですが、やはり、系図は、当人であればこそ意味のあるもの。その意味を掴むことが大事です。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.イスラエル(ヤコブ)の系図、構造

どうもわかりにくい内容である。1章では、アダムからノア、そしてノアの子ハムからアブラハム、そしてその子、イサク、ヤコブまでの流れが中心となる。2章では、イスラエル(ヤコブ)の12人の子ども(1,2節)の名がまずあげられる。これは、2-8章の見出しとなっているものであるが、それに続くのは、第四子、ユダの子孫、ダビデ王までの記録である。名前の順序は、一つの例外を除いて創世記35:23-26に一致している。

日本人には名前の羅列のようにしか見えないので、少しグループごとに、構造を整理するとわかりやすくなるのかもしれない。歴代誌の著者は、まず、ユダからペレツが生まれ(2:3-9)、ペレツからヘツロンに三人の子、つまりエラフメエル、ラム、カレブが生まれたことを示す。そして順にラムの系図(2:10-17)、カレブの系図(2:18-24)、エラフメエルの系図(2:25-41)と記録していき、最後にカレブの系図を補足している(42-55)。

これらは、旧約聖書には二度しか出てこないユダの系図に基づいて造られている(創世記46:12、民数26:19-22)。そしていささか混乱してしまうのは、カレブが、ヨシュアと共に働き、心から主に従いとおしたケナズ人エフネの子カレブ(民数14:24、ヨシュア14:6)ではなく、もう一人のカレブ、つまりヘツロンの子カレブの系図であって、前者については、4:15-16で別途取り扱われていることである。イスラエルの歴史には二人のカレブが出てくるのであり、残念なことに、この両者の系図は、42-50節を読むと混ざり合っている可能性がある、ということだ。

2.ラムの子孫

さて本題に入ろう。ラムが長子ではないのに、それが最初に取り上げられているのはラムの子孫からダビデが出ているためなのだろう(10節)。1サムエル16:10-13,17:2では、ダビデは8番目の子となっているが、ここでは7番目の子とされている。それはおそらく、ダビデのすぐ前の兄が、若くして亡くなったので省略されたため、と思われる。構造的に注目すべきことは、次男ラムの子孫に続いて、三男カレブの子孫を記録するところであるが、三男カレブの子孫から生まれたベツァルエルとの対比である。ダビデは神殿を、ベツァルエルは、幕屋を建てている。ここに礼拝の民の系図を書き記そうとした著者の意図があるように思われる。

実際、イスラエルと記されたこの系図は、ユダ族が中心である。歴代誌は、ダビデ契約を重視しており(2歴代17章)さらに、実際の帰還民の中心はユダ族にあったこともあるが、歴代誌の著者の関心は、北と南に分かれ、神の民であることを追求した南の霊的な伝統にあった、と言える。北の十部族は、すでに100年以上も前にアッシリヤに吸収され、霧散していた。しかし、ユダ部族は捕囚の民としてバビロンに連れ去られ吸収されてはいたが、その中で、系図を残し生き延びたのである。しかも神を礼拝する民として記憶され続けてきた歴史がある。

ともあれ、そこに記された人物一人一人がどのような人生を生きたのかはわからず、わずか少数の者の生涯が、垣間見られる程度である。そして、彼らの記録を思い起こせば、神を礼拝する民として記録されながらも、決してそれにふさわしい者たちではない事実もある。ユダの子孫について、この系図では、ユダの長子エルと、カルミの子アカル(ヨシュア記7章ではアカン)の罪が特筆されている。そのような記載は、この書の関心が、単なる血統を誇る家系図として記されたのではなく、神の救済の歴史を示し、訓戒を与え、神の霊的な伝統がどのようなものであるかを教えようとするからである。

人は同じような罪を繰り返すことがある。成長がないと言えばそれまでだが、大切な霊的な学びをなしえぬ時に、何度も同じところを通らされる。だから、つまずきの度に、必ずそこで何かを学んでいくことが大切である。身体は、鍛えずとも成長するものだが、鍛えない身体と、鍛え抜いたそれとでは、体力も俊敏性、持久力も全く異なるものだろう。霊性も同じで、しっかり鍛えられた霊性と、そうでないものは、いずれその違いは明らかとなる。私たちが訓戒から学び、自分自身に霊的な訓練を与えるのならば、それなりの成長がある。聖書の教えは、私たちの将来を健全に育て上げる、指南書というべきものだ(2テモテ3:16-17)だから、私たちはヨハネ的な言い方をすれば「いのちの書」(黙示録20:15)に名を連ねる、霊的な伝統の系図の中に入れられているのだから、捕囚の地にあって、どのように生きるか、ということは大切にされなくてはならない。

3.2:24節の問題

最後に2:24の問題について触れておこう。新改訳は、「ヘツロンがエフラテのカレブで死んで後、ヘツロンの妻アビヤは、彼にテコアの父アシュフルを産んだ」とある。一方、新共同訳は、「ヘツロンの死後、カレブは自分の父ヘツロンの妻エフラタと結婚し、エフラタはテコアの父アシュフルを産んだ」とある。新改訳は、カレブを地名で捉えているが、新共同訳は、カレブを人名で捉えている。だからカレブは父親の妻と結婚した、という訳になっている。

翻訳の違いは、大きく二つの理由による。一つは、写本レベルでの違い、そしてもう一つは翻訳レベルの違いである。ここでは、翻訳の前段階としてどのテキストから翻訳するかの違いによっている。新改訳は、ヘブル語聖書、いわゆるマソラ本文を採用しているのだが、新共同訳は、ヘブル語からギリシャ語に訳出された七十人訳の本文を採用している。そこから来る、訳の違いである。

だから、新改訳は地名として理解して訳出するわけだが、これは、1サムエル30:14にもこのような用法はあって、カレブの家に所属する地名と理解できるわけである。おそらく、24節の、妻エフラタと住んだ土地が、ヘブル語で言う「カレブ・エフラタ―」なのだろう。そしてこれは、ベツレヘムの旧名であるともされている。一方、七十人訳をとると、カレブは何人か妻がいながらも、さらにめとったエフラタは、父の妻であった、ということになる。しかし、アドニヤがダビデの妻アビシャグを妻にめとったこと(1列王2:21)を考えれば、これも一つの解釈を採用した翻訳としては成り立つのだろう。

 

1歴代誌1章

1歴代誌1章 礼拝の民の初め

<要約>

おはようございます。今日から歴代誌に入ります。冒頭から退屈そうに見える系図ですが、歴代誌の著者は、創世記の知識を前提として書いていることは言うまでもありません。聖書通読が面白くなるには、やはりある程度の知識的前提が必要なことは確かです。ともあれ、冒頭から私たちは、自分たちが、神の創造の歴史の中に置かれていることを教えられることでしょう。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.神の民の歴史

一見退屈に思われる系図の流れであるが、これが、イスラエルの歴史を示し、さらに礼拝者としてのイスラエルの系譜を示そうとしていることに注目したい。1章は、アダムからエサウとヤコブまでの全ての期間をカバーしており、著者はその流れを意図的に編集している。つまりアダムの次は、カインやアベルではなく、セツになるなど、神を信じ、神の民として生きる長い神の民の系図を書き出そうとしている。そのような意味で、主の礼拝者として私たちがまず覚えるべきことは、礼拝は、個人的な情熱をもってなされるものというよりも、代々歴史を貫く礼拝の民に連帯してなされるものだということだ。

この書は、ユダの民の捕囚帰還の後に、イスラエルの再建、ことに礼拝の民の再興を目指して書かれた。だからその初めに、まずそれは、個人的な情熱を燃やすことよりも、礼拝の民を形作られた神のみこころに思いを寄せることに目を向けさせる。たとえ小さな教会の礼拝であれ、全ての礼拝は、そのような歴史的な流れに連なる歴史的、世界的なイベントである。

2.種々の民族の歴史

この十世代のリストは、創世記5章を基にしている。著者は、イスラエルの歴史をアブラハムではなくアダムに遡っている。新約聖書においてルカは、異邦人を含めた万人の救いを念頭に同様の系図を書き記しているが(ルカ3:23-38)、歴代誌の著者の思いも一致している。すべての国が神の被造物であり、神の支配の中にあり、神の民は、その中心にあって特別な目的を持つ存在なのである(創世記12:3)。

ノアの子孫はセム、ハム、ヤペテであるが、ヤペテ(5-7節)、ハム(8-16節)、セム(17-28節)の順に記され、正系(長男)のセムが最後に記録されている。興味深いのは、ハムの子孫からエジプト人とペリシテ人が出ていることだ。ペリシテはしばしば異教の民の象徴とされるが、同じアダムの子孫であり根は一つである。つまり、神礼拝の民の中に含められて考えられている。同様に、セムの子孫であるエラムは、古代ペルシャのことであり、アシュルはアッシリヤである。

このセムの子孫に、アブラハムの系譜がつながっていく。つまりイスラエルは、セムの子アルパクシャデの子孫になる。イサクには、エサウとイスラエルが生まれたとされ、エサウとヤコブではない。ヤコブは、イスラエルと改名されて記録される。そこに神の民の系譜を意識的に書き起こそうとする著者の意図も表れている。

1章後半は、エサウの子孫、いわゆるエドム人の系譜であり、創世記36章を要約している。ヤコブすなわちイスラエルの系譜は、2章以降に記されることになる。

3.歴代誌の意図

以上、アダムからセムまで、そしてセムからイスラエルまで、という流れを書き綴り、さらに先に進めることで、著者は、神の民としてのイスラエルの起源を説明している。実際、その内容は、アダムの系図から始まり、捕囚からの解放令で終っており、旧約聖書全体をまとめた年代記になっているが、歴代誌は、単なる列王記の焼き直しではなく、北王国・サマリヤの歴史を省略し、ダビデ・南王国ユダ・エルサレムの歴史に焦点を合わせている。したがって、全体の流れは、①系図とリスト、②神殿礼拝制度の創始者ダビデの生涯、③神殿礼拝制度の完成者ソロモンとその後、とおおよそ三つに区分され、真に神に繋がる者たちの観点から南ユダ王国の歴史について列王記を補う内容となっている。

となれば、この書を読んだ最初の読者は、捕囚帰還の民であるとすれば、彼らは、自分たちが神に起源を持ち、且つその神に見捨てられているのではなく、未だに神の期待と神の使命の中にあることを思い起こさせられたことだろう。真の礼拝者の流れに、読者を呼び集めようとする歴代誌の目的を理解しながら読み解いていく時に、私たちもこの書を通して、真の礼拝者として整えられていくであろう。

2列王記25章

25章 エルサレム陥落

<要約>

おはようございます。エルサレム滅亡の記事で終わる列王記を読みながら、そこに、悲痛な思いで終わることがないのは、神のあわれみに対する希望を感じさせるエピソードが加えられるからなのでしょう。神は真実であり、いつまでも怒っておられるお方ではありません。神のあわれみに心を開いてまいりたいものです。今日も、あなたが主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.エルサレム陥落

エルサレムが陥落した。ユダ南王国の終焉が記録される。包囲は、実際には、BC588年1月15日に始まったとされる。ネブカデネザルは、この時、介入する恐れのあるエジプトを阻止するため、リブラにおり、フェニキヤの諸港を封鎖していた。エルサレムを包囲していたのは侍従長ネブザルアダンであったとされるが、彼はユダ南王国を兵糧攻めにし、確実に弱らせて落とす方針を取った。

包囲は約2年続き、都が食糧難に陥ると、その包囲を北側で突破し、戦士たちが王とともに夜の内にアラバへの道を急いだという。恐らく、アラバの峡谷と死海南岸を通って逃げ延び、アモン人のベアリスと合流し、反逆の機会を狙ったのかもしれない。しかし、王はその途上捕らえられ、王の兵士たちも四散した。王の子らは皆虐殺され、王は目をつぶされてバビロンに連れ去られた。また、町に残されていた民も、群衆も、捕らえ移され、主の宮の最後の宝物というべきもの、つまり青銅の柱と青銅の海などが、ことごとく、バビロンに持ち去られた。エルサレム陥落である。BC587年8月のことであったとされる。エルサレムはことごとくはぎ取られ、焼き打ちにされ、色あせた世界になってしまった。

しかしながら、これはエレミヤによって警告されたことであった。エレミヤは言う。「あなたがたはバビロンの王のくびきに首を差しだし、彼とその民に仕えて生きよ」(エレミヤ27:12)バビロンのくびきを拒むなら、滅び以外に道はないと警告されていたのにもかかわらず、ゼデキヤはネブカデネザルに反逆した。つまり、ゼデキヤは、エレミヤの前にへりくだらず、主に心を閉ざしてしまったのである(2歴代誌36:12,13)。なぜか。ゼデキヤの周りには偽預言者がいたとされる。彼にとってはエレミヤのメッセージよりも、バビロンの没落を告げるハナヌヤのことばの方に期待を抱いたのであるし、ぜひそうであってほしいという願望を信仰とすり替えてしまったのである(エレミヤ28章)。しかしそのように思うのはゼデキヤばかりではない。人は自分の思いを支えることばを探し求めるものだろう。自分が否定されるようなことばは、たとえ真実であっても受け入れることは難しい。ゼデキヤは、ネブカデネザルの激しい怒りに直面する。ネブカデネザルが彼を王にしたとなれば、当然のことであった。

2.イスラエル再生の希望

こうしてエルサレムは滅亡した。絶望的な終局を迎えた後で、列王記の著者は、二つのエピソードを加える。一つは総督ゲダルヤの、バビロンの王に仕えて幸せになるように、というメッセージである。エレミヤのことばの真実さが明らかにされた以上、それは当然受け入れられるべきことであった。しかし、残念なことに、それを受け入れない人々がいた、とされる。

また、もう一つのエピソードはユダの王エホヤキンの釈放と、立場の変更である。BC562年3月または、BC561年4月の事とされるが、バビロンでは、ネブカデネザルからエビル・メロダクに王位が変わっていた。エホヤキンに対する処遇は、戴冠の大赦のようなものではなく、父ネブカデネザルの政策に対する故意的な反動であったと考えられているが、エホヤキンの従順の故に与えられたものでもあった。

二つのエピソードが伝えることは、神は裁かれるが、かつあわれみ深いことだ。神はいつまでも怒ってはおられない。神はイスラエル再生の希望を示された。実際、イスラエルはやがて故郷に連れ戻されエルサレムとその神殿を再建していく。たとえ神の裁きを受け、隷属する身になろうとも、その身に甘んじることが主への従順であり、主のご計画に与ることである。へりくだり、神のことばに心を開き、忠実な歩みをしていくことが祝福の道である。

2列王記24章

24章 南ユダの没落
<要約>
おはようございます。2列王記ももう終わりに近づきました。最後は、神を認めず、神に積極的に反逆する王たちの歴史になります。彼らは結果的に滅びを身に受けていく、あわれみ深い神を信じない結末は実に残念なものです。目先の希望ではなく、主にすがり、主に会って希望をつなぐ人生を歩みたいものです。今日も、あなたが主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安
1.エルサレムの滅亡、マナセの罪
南ユダ王国の終焉、バビロン補囚の経緯が記録される。南ユダ最後の王たちは、エホアハズ以降、22年6ヶ月、4代続くのであるが、いずれも悪い王たちである。だからユダが滅びるのは、強大なバビロンの力がパレスチナに及んだためではなく、神の裁きのためであり、神がバビロンを用いられたのだ、というわけである。
エホヤキムは、エレミヤがバルクに口述させた巻物を小刀で裂き、焼いてしまった王である。つまり彼は主を恐れることもなく、主の前に悔い改めることをしなかった(エレミヤ36:24)。それが「マナセが犯した罪のため」(3節)という意味なのだろう。つまり、マナセに対する罪の評価は、偶像礼拝よりも「エルサレムを罪のない者の血で満たした」ことにある。「そのため主はその罪を赦そうとはされなかった」(4節)とされている。マナセは、神殿に偶像を持ち込み、あらゆる偶像崇拝を南ユダにもたらしているが、それ以上に、罪のない者、敬虔な者を弾圧している。伝承によれば、イザヤは、マナセの時代に、鋸で真っ二つに挽かれたとされる(ヘブル11:37)。神がマナセを赦そうとされなかったのは、単なる悪業のためではない。神のことばを拒み、神のことばを退けた罪のためである。神のことばを拒み、悔い改めがないことによって、人は滅びを刈り取るのである。
だから、今日においても、イエス・キリストにあって全ての罪は赦されているとしても、イエス・キリストとのそのめぐみのことばを拒み続けるならば、つまり聖霊によって促される罪の赦しを拒み続けるならば、その人は赦されることはない(マタイ12:31)。神はあわれみ深く、赦しに富んでおられる。しかし、神に赦されない事態になるのは、神の赦しを拒み続けるためである。
2.エルサレムの最期
エホヤキムに続いて、その子エホヤキンが王となった。ネブカデネザルは、エルサレムを包囲し、攻撃し、ついにエホヤキムを捕えた(2歴代誌36:6)。この3か月の包囲期間中に、エホヤキムに代わってエホヤキンが王になったということのようである。エホヤキンはバビロンの王に降伏する。
エホヤキムはネブカデネザルに敵対したが、エホヤキンはネブカデネザルに降伏した。エホヤキムは主に反逆したが、エホヤキンはそうではなかったのか、というわけではない。彼もまた、「すべて先祖たちがしたとおり、主の目の前に悪を行った」(9節)とされる。つまり悔い改めのない人生であり、神を認めない人生であった、ということなのだろう。
問題は、反逆か降伏かではない。主の目の前に悔い改めるか否か、主のことばに従うか否かにある。主のことばに心を開き、主に聞くことが重要なのである。マナセもエホヤキムも、そしてエホヤキンもそのようにはしなかったのである。
14節は、バビロン捕囚(BC598-597年)の状況を伝えている。捕え移された者は、国の指導者層の人々、兵士、職人、鍛冶屋であり、貧しい民衆だけが残された。こうしてイスラエルは解体され、国の道を誤らせた者たちが約束の地から排除されていく。ネブカデネザルは、エホヤキンに代わって叔父のマタヌヤを王としゼデキヤと改名した。ゼデキヤは、「主は正義」を意味する。ネブカデネザルは単純に、自分の戦勝を記念してつけたのだろう。しかし、悪を行うというよりも悔い改めを拒む者が滅びを刈り取るようにされるところに主の正義がある。

2列王記23章

23章 ヨシヤ王の改革
<要約>
おはようございます。色々と、アッシリヤ、エジプト、新バビロニアの国際情勢の変化が背景にあるところです。それらを全て掴み取ることはできないとしても、ある程度その流れを理解しながら、ヨシヤ王の信仰的な態度を考えていくことが大切なのでしょう。柔軟さ、しなやかさのある信仰の歩みをしたいところです。今日も、あなたが主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安
1.ヨシヤの宗教改革
ヨシヤ王の宗教改革は徹底していた。異教の偶像が、次々と取り除かれ、灰にされ、捨てられていく。主の本堂にあったバアルやアシェラの器物、アシェラ像(4、6節)、主の宮の中にあった神殿男娼の家(7節)、ユダの町々にあった高き所(8節)、ベン・ヒノムの谷にあるトフェテ(10節)、太陽の車(11節)、歴代の王たち(アハズ、マナセ、ソロモン、ヤロブアム)が作った異教の祭壇(12節)、サマリヤの町々の高き所(19節)、そして、霊媒、口寄せ、テラフィム、偶像、とユダの地とエルサレムに見られるすべての忌み嫌うべき物(24節)、である。もはや、町の姿は様変わりし、新たな空気を感じさせたことであろう。ヨシヤは、主の礼拝を復活させた。そして過ぎ超しの生け贄をささげさせた。イスラエル独自の風習が回復されたのである。
確かにこの時代、国際情勢はマナセ、アモンの時代とは様変わりをしていた。サマリヤはアッシリヤの領土であったから、その地の偶像を破壊することは、明らかに弱体化しつつあったアッシリヤに対する挑戦的な行為でもあった。
聖書記者は、ヨシヤについて「モーセのすべての律法に従って、主に立ち返った王は、彼の先にはいなかった。彼の後にも彼のような者は、ひとりも起こらなかった」(25節)と評価している。それは徹底した悔い改めであり、しらみつぶしのように、自らの罪を悔い改め始末する熱心さである。
2.聖書に基づく改革
そのエネルギーは一体どこから来たのか。それは、単なる反アッシリヤ、イスラエルナショナリズムによるものではなく、契約の書との出会いによるものであった。ことにそれは申命記であったとされるのは、彼の行動が申命記に基づいていると見なされるからである(申命記18:6-9、23:9など)。ともあれ彼が王になってから18年、契約の書に出会うまで、宮の偶像は放置されたままであった。しかし、契約の書を読むことで、それが罪であることを悟らされていく。主のことばに心を開く時に聖霊が働く。心から悔い改め、主の御心に応じようとするところに、新しいいのちのわざが生じる。悔い改めの連続が、私たちの新しい信仰生活を形作るのである。
ただ23章を読みながら疑問がわく。ヨシヤ王の徹底した宗教改革にも関わらず、なぜ「主はユダに向けて燃やされた激しい怒りを静めようとされなかった」(26節)のか。ヨシヤ王の宗教改革は骨折り損であったのか。巨視的に見ればそうであったかもしれない。、人間がよい業を積み重ねたからと言って、罪の結果を贖うことはできないものであろうし、神が、人間の態度に一喜一憂しながら、歴史の流れを変えていくことはないだろう。神の大きなシナリオが変わることはない。けれども、神は、人間の小さな感情を見過ごしたり、見逃したりする方ではないことも事実である。神はヨシヤが心を痛めて主の前に遜り、主の前で泣いたことを見ておられ、ヨシヤの願いを聞き入れている。滅びに向かう人類の歩みの中で、個々の悔い改めがなされる時に、神はあわれみを惜しまず個別に対処してくださるのであるから、そこに私たちの改革の意義もある。それは、一人でも多くの魂を滅びの大河の流れから救い出すようなものである。
3.ヨシヤの死
なおヨシヤの最期は戦死であった。BC612年、アッシリヤの首都ニネべがメディア、スキタイ、新バビロニア連合軍によって陥落すると、アッシリヤ亡命軍はハランに遷都した。BC609年にアッシリヤ亡命軍は、新バビロニア連合軍の脅威にさらされてカルケミシュに移動している。その亡命軍のアッシュル・ウバリトゥを助けるために、アッシリヤの属国であったエジプトが北上したのが、この記事の背景にある。
メギドは、海の道を阻むような形で横たわるカルメル山脈の谷間に位置し、戦略的には、軍隊を山頂から挟み撃ちにし、絶滅させることのできる要衝であった。ヨシヤはそこで、エジプト軍を阻止しようとした。しかし、エジプト軍が、そのような難所で、ユダ南王国の軍隊を打ち破り、ヨシヤを殺した状況が、当時の衰退したユダ南王国の力を示している。ヨシヤの宗教改革にしても、またエジプトを阻もうとしたその威勢もよかったが、現実にユダ南王国の力は、衰えるだけ衰えていたのである。実際、エジプトに課せられた戦勝賠償金を払うお金はもはや、国民からかき集める他なかった。ヒゼキヤの時代、銀300タラントと金30タラントをアッシリヤに戦争賠償金として支払った時には、神殿の扉から剥ぎ取ったのだが、もはや、ユダ南王国は、銀100タラントと金1タラントの賠償金を国民に税を課して支払う他なかったのである。ユダ南王国の終焉が近づいていた。
なお2歴代誌を読むと、目標はユダではないのだから、ヨシヤ王にこの戦争から手を引くように、ネコが警告していることがわかる(35:21)。しかし、彼は手を引かなかった。神のみこころを第一とする彼が、「神の御口から出たネコのことばに聞こうとしなかった」(22節)という。神の言葉に従うことの意味を考えさせられるところである。神の言葉に従うというのは、聖書のみことばに杓子定規に生きていけばよいというわけではないのだろう。むしろ、柔軟に考え抜き、知恵深く物事を進めていく部分がある。神のご計画を思う時に、それが運命論的に思われてくる部分も多々あるのだが、神が善であることを信頼し、わからないところはわからないとし、杓子定規な信仰ではなく、神とよき時を過ごしながら、真に神の語り掛けに耳を傾け従っていくことが大切にされなくてはならない。