2歴代誌9章

9章 ソロモンの祝福

<要約>

おはようございます。なぜソロモンの祝福のエピソードがこんなに長く取り上げられるのか。これを最初に読んだ読者は何をそこで考えたのか、大事なポイントでしょう。内内尽くしの中で、イスラエルを再興したユダヤ人たちが、その受けた恵みを自分たちだけのものとせず、多くの国々の祝福の源となることが求められていたと言えます。私たちが祝福されるのは、私たちによって周囲の人達も祝福されるために他なりません。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

  1. 知恵を探し求める

シェバの女王の訪問が記録される。シェバは、現代のイエメンにほぼ相当する南アラビヤにあり、紅海を隔ててエチオピヤに、またアラビヤ海を経由してインドへの海路もあり、国際貿易が盛んであった。古代においては、乳香と没薬の輸出で豊かな富を築いた国である(エゼキエル27:22-23).

女王はイスラエルとの貿易交渉を目的として訪れていた(14節)。しかし、ここではソロモンに難問をもって試すことが、その基本的な目的であるとされている(1節)。難問は、「謎」とも訳され、意味に幅のある言葉である(士師14:12-18、詩篇49:4、詩篇78:2)。

ソロモンは「幸いなことよ。知恵を見いだす人、英知をいただく人は。それの儲けは銀の儲けにまさり、その収穫は黄金にまさるからだ。知恵は真珠よりも尊く、あなたの望むどんなものも、これとは比べられない」(箴言3:13-15)と語っている。彼は豊かさの中に生きたが、その豊かさの秘訣は知恵にあった。「銀を受けるよりも、わたしの懲らしめを受けよ。えり抜きの黄金よりも知識を。知恵は真珠にまさり、どんな喜びも、これには比べられないからだ。」(箴言8:10、11)知恵よりも、富を欲するのが人間の現実かもしれないが、富を得るにも知恵が必要だ。そして知恵を得るためには、それを捜し求めなくてはならない。それは労力を要することであって、宝を掘り当てるように、捜し探り出すのである(箴言2:2-5)。そのように積極的に捜し求めていくことによって、上から与えられていくものである。それは、本を読み、瞑想し、祈り、そして生活の中に実践することによって得られていく。怠け者に知恵は得られない。勤勉さの中にこそ与えられる。

2.知恵を活かす

また、知恵は、自分のために与えられるものではない。シェバの女王を通して、歴代誌の著者は、「あなたの神、主のために王とされたあなたの神、主はほむべきかな」(8節)と語らせている。つまり、知恵は主のものであって、主がお与えになった責任を果たすためのものだ。ソロモンの王権は、ソロモン自身のためでも、王家のためでもなく、主のために与えられたのである。したがってソロモンに与えられた知恵も、主のために用いるべきものとして与えられていた。それは、公正と正義とを行うためである。8節「王座」が、神の国という列王記には並行記事のない、歴代誌固有の終末的な意味を持つ思想を伝えることばとして使われているように(1歴代17:14、28:5、29:11,232歴代13:8)、神の国の支配をもたらすためのものであった、ということを理解すべきである。

ソロモンは、「富と知恵とにおいて、地上のどの王よりもまさっていた」(22節)と著者は言う。13節以降は、その知恵によってソロモンが多くの成功を収めた記録である。大切なのは、権威を持ち、そのための知恵を備えられたのなら、その権威を正しく用いることだ。人々を助けるために、用いなくてはならない。働くことは「傍」を「楽」にすることであると言われる。周囲の者が仕事をし易いように、手助けしていく、それが働くことであると。確かに、権威とそれを用いる知恵が与えられたのなら、私腹を肥やすためではなく、神のみこころをなし、人々に至福をもたらすために用いる必要がある。周囲にいる者たちが、活かされるように、豊かにされるように用いていくのである。

歴代誌の読者が必要とされたのは、まさに、世界に目を向けることであったことだろう。ただ城壁や神殿を再建するという自国の発展を考えるのみならず、また自分自身の小さな祝福に汲々とするのでもなく、天が開かれ、神の祝福が下される恵みを受けた神の民として、世にその恵みを分かち、広げていくことが期待されたのである。実に、失われた国が、再興されるという恵みは、ありえない、素晴らしい祝福であった。それは、ソロモンが知恵を豊かに当たられ、繁栄した祝福であったことだろう。キリストにある教会もみなその恵みに置かれていることを覚えて、神の祝福の器とされていきたいところである。