2歴代誌18章

18章 誤った同盟

<要約>

おはようございます。私たちは戦略的であろうとします。知略を尽くして物事にあたろうとします。しかし、事を成就するのは、神、神の戦略が全てであり、人間の戦略ほど危ういものはありません。今日のエピソードに真の神がおられ、私たちの人生を導かれることをしっかりと心に留めたいところではないでしょうか。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.ヨシャファテの同盟

ヨシャファテは富栄えるようになると、イスラエル北王国の王アハブに近付き、縁を結んだ。つまり、ヨシャファテの息子ヨラムとアハブの娘アタルヤが結婚したのである。この縁結びは、「キリストとべリアルとに、何の調和があるでしょうか。信者と不信者とに、何のかかわりがあるでしょう」(2コリント6:15)という、釣り合わぬくびきを負わせる結果となっていく。そして、ユダ南王国の存立を脅かしていくのである(2列王8:18、2歴代21:6)。

既に11章で私たちは、神が、イスラエルを南と北に分離させ、ユダ南王国を宗教的に純粋な国へと導かれたことを見た。しかし、ヨシャファテは、その神のご計画を心に留めていなかった。結果、この同盟の故にヨシャファテ自ら命の危険にさらされるのみならず、後の王国の体制も致命的な危機にさらされるのである(22章)。

ヨシャファテが、北と南の分裂を解消しようと、同盟に踏み切ったその平和主義は、理解できても、やはり、相手は慎重に選ばれなくてはならない。そうでなければ、おかしいと思うことに、私たちは公然と巻き込まれてしまう。ヨシャファテは、戦争にあたり、主のことばを伺うことを当然としていた。しかし、与えられる主のことばはどうもヨシャファテが思うようなものではなかった、という事態に、ヨシャファテは気づかねばならなかった。

2.ヨシャファテの危機

4節、アハブが集めた預言者は、おそらくバアルとアシェラの預言者集団であったと考えられている(1列王18:19)。ヨシャファテとアハブは、ただ一人真実を語る主の預言者ミカヤのことばを退け、共に戦争に出かけた。

ただアハブは、万が一のために変装して王服をつけずに出かけている。彼は、エリヤを通して神の言葉の確かさを感じていた人物である。だからアハブはあるいは、と思ったのだろう。そして、アハブが懸念することが実際に起こっていく。「ひとりの兵士が何気なく弓を放つと、イスラエルの王の胸当てと草摺の間を射抜いた」(33節)、とされる。このようなところに、私たちはあなどることのできない神の存在を思わされる。私たちがどのように戦略を練ろうが、どのように知略を尽くそうが、神には通用しない。アラムの王は、自分の配下の戦車隊長たちに命じて「兵や将校とは戦うな。ただイスラエルの王を目指して戦え」(30節)と言った。しかし、そのような戦争の戦略的な動きを神は用いられずに、人間の気まぐれな一矢を持って、アハブの首を打ち取られた。私たちが思うような形で人生は進まないことが多い。まさに、私たちの知恵よりも、目に見えぬ神の御手が、人生の決定打となる。だからヨシャパテがこの戦争で命を失いかけた時も、彼が助けを叫び求めると主が彼を助けられた、主が追っ手を離れるように仕向けられたとある(31節)。ヨシャファテにとっては自業自得のことであったが、それでも神は、助けを求めるヨシャファテを救い出された。神のあわれみは深い。そして、神を畏れることが全てである。神を畏れ、神のみこころのうちに歩ませていただこう。