2歴代誌26章

26章 ウジヤ

<要約>

おはようございます。聖書を読むことを心させられるのは、今日のような個所を読めばこそでしょう。本当に、自己流ではない、聖書に根差した信仰を深めていきたいところです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.ウジヤの成功

ウジヤは、アマツヤのように国に偶像を持ち込むことはなかった。ヨシャパテのように間違った同盟を組むこともなかった。ウジヤが失敗したのは、彼の心の高ぶりの故であった。

ウジヤの統治期間は52年とされ長期政権であるが、父アマツヤとの共同統治期間や晩年、ツァラアトに冒されヨタムに統治を任せた期間を考えると、実質の統治期間はそれよりも短くなる。しかし、彼が、王として有能な働きをしたことに間違いはない。たとえば、港町エラテ(エツヨン・ゲベル)を再建している。エラテは紅海のアカバ湾最北端にあり、ソロモンの時代には、南方貿易港として用いられていた。この町の再建は、ユダ国衰退期にエドムやアラムに奪われていた町の奪回を意味した。また、西南方に進出し、ペリシテ人の町アシュドデ、ガテ、ヤブネ、そしてグル・バアル(ゲラル)を征服し、ペリシテ人のみならず、東のアモン人をも制圧した。彼の支配圏は拡大し、さらに、父アマツヤ時代にイスラエルによって破壊された城門を再建した。彼の兵力は30万余、父アマツヤとそれほど大きくは変わらない。しかし、彼は兵力の不足を補う新兵器を開発し、軍備と防衛に努めている。「彼が驚くべき助けを得て、強くなった」(15節)というのは、そうした彼の知恵ある働きの背後に、神の守りと支えがあったことを意味するのだろう(5節)。「彼は農業を好んだ」(10節)とあるように、本質的に平和主義者で、産業を発展させ、その名は、遠くまで鳴り響いたという。

2.ウジヤの失敗

しかしその繁栄の絶頂期に、彼は、王としての一線を越えてしまうのだ。ウジヤは、香の壇で香を焚く、祭司にのみ許された行為をしようとした。それは当時、エジプトで王が神として崇められたことの影響なのかもしれない。エジプトでは、王は政治的首長であるのみならず、宗教上の首長であり神の代理人であった。しかし、イスラエルの王に祭司的機能は与えられていなかった。彼の宗教上の務めは、祭儀を行うことではなく、律法を自ら教え、律法に従う範を示し、民を神の民として整えるように、律法を教えていくことにあった(申命記17:18-20)。彼は、宗教的であるよりも何よりも、聖書的であらねばならなかったのである。ウジヤは、神に裁かれ、ツァラアトに冒された。

不思議なことに著者は、こうして強くなっては高ぶり、神に打たれる王たちの行状を淡々と記録していく。捕囚帰還後の民はこれをどのように読み、受け止めたのだろうか。彼らは廃墟であるエルサレムと神殿を建て直す日々の中で、繁栄によって高ぶり、打たれる王たちのエピソードを聞かせられるのである。読者の目線で読む時に思わされることは、彼らが目指す再建は単なる往時の繁栄を取り戻すことではなく、真に神を恐れ、神に従順な聖書的な共同体を作りだすことにある、ということではないか。ただ物質的に往時の繁栄を取り戻すのではない。まことに神のみ教えに立ち、その栄光と平和と愛に満ちた霊的な繁栄を目指すのである。

先に殺されたゼカリヤ(本章のゼカリヤはその子孫という説もある)は、「なぜ繁栄を逃すのか」と叫んだ(24:20)。実際のところ彼らは、栄えていなかったわけではない。彼らの街は物質的に豊かになっていたのみならず、様々な偶像が至る所に建てられていた。彼らは繁栄してはいたが、それは聖書的なイメージの繁栄ではなかった。その点ウジヤは、ヨアシュのように偶像を持ち込むことはなく、むしろ聖書的な繁栄に近付く歩みをしたのだが、やはり、ズレがあったのであり、そこは修正されなくてはならなかった。

読者が感じたのは、神を首長とし、王も民も、皆が神のしもべとして役割を持って仕える神の国を再建する、その正確なイメージを求めることだった。私たちの教会形成の営みも、キリスト教会と名を掲げたはいいが、宗教的ではあるが聖書的ではない、ということがあってはならないのである。十字架にある罪の赦しと神の愛を語るクリアなイメージが失われてはならない。ただ、勢いのあるイメージの教会でもない。まことに主のみ教えを喜びとし、神の愛に生きる、主のしもべの共同体を育て上げることが大切なのである。