イザヤ書41章

41章 天を見上げよ
 おはようございます。芸能人やスポーツ選手がどうのこうのしたから、身近なママ友の付き合いやSNSに至るまで、世の中は噂話で溢れかえっています。そんなエネルギー泥棒の喧騒から一歩退いて静まり、まことに魂に勇気を与える神のことばに耳を傾けましょう。今日も主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安 
1.静まり、見よ
 「島々よ、わたしの前で静まれ。諸国の民よ、新しく力を得よ(1節)」と語る神がいる。暗き世にあって、かく語り掛けてくる神が、まことにおられるとしたらその希望いかばかりであろうか。耳を澄ませ。天に注意を向けよ、である。人の評価、噂話、そんなことに振り回されて萎縮している人間社会の現実があるのではないか。そのような社会の喧騒から退いて、うなだれることなく静まり、聖書を開いて神のことばに耳を傾けよ、そして社会の動きを再びよく見よ、である。
 「誰が一人の者を東から起こし、その行く先々で勝利を収めさせるのか(2節)」一人の者については、アブラハム、ペルシヤの王クロス、種々の説がある。大切なことは、クロスの快進撃にしても、アブラハムの歩みにしても、彼ら自身の力によるものではなく神によるものだ、と言うことである。人を立て、人に力を与えられる主なる神がいる。だがその神は、木や石を削って神々しく作り上げた偶像とは違う(6、7節)。生きて力ある神であり、人を召し出された神である。神を正しく認識せよ、である。
2.神の約束
 天地万物をお造りになったまことの神は、語り掛けて、約束して言う。「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る(10節)。」神はアブラハムにも(創世記15:1)、そして私たちにも同じように語り掛けている。後のイスラエルの民が、このことばを心に、祖国再建の偉業を成し遂げたように「荒野を水のある沢とし、砂漠の地を水の源とする」(18節)生ける神に望みを抱いて立ち上がらなくてはならない。テルアビブからエルサレムに向かう電車の窓から見るように、「杉、アカシヤ、ミルトス、オリーブ、もみの木、すずかけの木、檜」はいずれもイスラエルにおいては、美しい森林を形成する。打ち破れた人生が、水と緑に溢れた人生となる。
3.神の訴え
 21節からは、偶像と偶像礼拝者に対する神の挑戦的なことばである。預言で実際に実現した例があるのなら、それをあげてみよ、という(22節)。そして25節から再び、神はご自身が歴史の主であることを明言する。25節の「北から起こされた人」についても、アブラハム説、クロス説の二説がある。しかし、東も、北もパレスチナから見て侵略が起こる方位、と考える説もある。いずれにせよ、大切な点は、人を起こされる神の存在に心を留めることだろう。語り掛け、約束し、訴えられる神がいる。あなたは一人ではないし、もう終わったのでもない。偶像を捨てて、聖書を開き、まことの神を呼び求め、従おう。