イザヤ書54章

54章 神の動かぬ契約
おはようございます。コロナ禍の中、思いがけない様々な試練を味わった方々も多くおられるでしょう。しかし、今日の箇所を一節一節、ゆっくりと読み味わうならば、心に力が与えられるような気が致します。神の愛は真実で、その約束は永遠に変わらない。勇気を持ちましょう。今日も主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安 
1.バビロン捕囚からの回復
 一般に、バビロン捕囚から解放されるイスラエルの希望を語るメッセージとされる部分である。「子を産まない不妊の女よ」「産みの苦しみを知らない女よ」「夫に捨てられた女」(1節)は、神の裁きであるバビロンの侵略によって破壊され、見捨てられたエルサレムのことを指している。しかし、そのエルサレムは回復される、という預言である。だから「あなたの天幕の場所を広げ、あなたの住まいの幕を惜しみなく張り伸ばし、綱を長くし、鉄のくいを強固にせよ」は、バビロンに連れ去れた者たちが帰還するので、町を拡張する必要があることを告げている。多くの者がエルサレムへ帰ってくる。そして「右と左に増え広がり」「国々を所有し」「荒れ果てた町々を人の住む所とする」(3節)。彼らはエルサレムに戻ってくるだけではない。エルサレムから始めて外へ外へと出て行き、同じように荒らされ、見捨てられた町々を再興するという。
2.神の愛に基づく約束
 それは神の愛に基づく約束である。創造主である神、万軍の主、贖い主、全地の神とイスラエルの関係は、断ち切ることのできない夫婦のそれに例えられている(6節)。そして神は、妻を愛してやまない夫である(7-8節)。神の愛は、「永遠の真実の愛」であり、神は契約を決して動かさない(9節)、と語られる。
だから心配するな、「苦しめられ、嵐にもてあそばれ、慰められなかった女」そう感じているあなたは、再び女として扱われる、つまり愛されるものとされる、と言う(11節)。そしてあなたのもとに、繁栄と正義と平和が集まってくる。たとえ、あなたに敵する者があろうと、神があなたの味方となり、あなたは恥を見ることはない(15節)。
ただ単純に考えてはいけない。ネヘミヤやエズラの時代を思い起こしてみよう。バビロン捕囚から帰還したイスラエル人は、この書を読み、この預言通りにエルサレムを再建したが、そこに至るまでの歩みは、大変な苦しみに満ちたものであった。イザヤは結果について語っているだけである。神の御言葉がなるプロセスはまた別なのだ。
3.信仰は勇気の産物である
だから信仰は、妄信では務まらない。常識と知恵を必要とする。また信仰は、勇気ある者にこそふさわしい。弱い者の避け所、そんな一面もあるが、それだけでは務めらない。信仰は人間を最も美しく輝かせる。ともあれ、先の章の流れで、これもまたしもべの働きと考えるのなら、これは今日における教会への励ましと言うべきだろう。いかに小さく、衰退させられたと思われる教会も、恐れてはならない。教会は神が建て上げてくださる、神の恵みの実である。だから、今日も淡々と忠実に神の務めをなさせていただこう。