ダニエル書11章

11章:エピマネスと反キリストの預言

おはようございます。本章は、中間時代の歴史を預言的に語っています。しかしポイントはその迫害の時代をどのように生きるかを示すことにあります(32、33節)。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.ギリシア時代のこと

ダニエル書は、同じテーマを螺旋的に増幅していく書き方となっていて、それはヨハネの黙示録とよく似ています。11章も基本的にその延長でギリシアについての預言です。

まず配役を押さえておきましょう。2節、クロスの後に「三人の王」がペルシアに起こるとされます。カムビュセス、スメルディス、そしてダリヨス・ヒュスタスピスの三人で、「第四の者」は、クセルクセスと考えられています。ただクロスからクセルクセスまで、実際には3人以上の王がいたとされていますので、代表的な王の数なのでしょう。3節、「ひとりの勇敢な王」は、アレキサンダー大王のことで、彼は、急激に勢力を拡張しましたが、わずか32歳で亡くなり、死後、ギリシアは四分割されました(8:8)。5節「南の王」は、このうちエジプトを支配したプトレマイオスで、6節「北の王」はシリア、7節以降、二つの国の政略結婚と、覇権争いのストーリーが展開されています。ちなみに、18節の「彼」は、アンティオコス大王、「ある指揮官」は、アンティオコス大王を打った海軍の首領ルキウス・スキピオ、20節「一人の人は」セレウコス4世です。21節「一人の卑劣な者」は、セレウコス4世の弟である、アンティオコス・エピファネスとなります。

2.エピマネスの迫害

11章後半は、このエピファネスが中心に語られます。彼は不正と策略の名手で、その名は、「名高い」を意味しましたが、実際には「気が狂った男」を意味するエピマネスとあだ名をつけられています。21-35節は、彼のエジプト遠征について語っていますが、第一回遠征(24節)は、その目的を完遂できず、その帰り道、エルサレムで略奪と虐殺を行っています(28節)。第二回遠征(29節)でも、キティムの船、つまりローマ海軍の干渉により(30節)戦果をあげられず、帰路エルサレムを攻撃、神殿礼拝を廃止し、異教の祭壇を築きユダヤ人を痛めつけました(31節)。

以上が、ダニエルが預言した歴史の配役になるのですが、その目的は、預言的に歴史を語ることではなく、そのような激動の時代の中で、信仰者がいかに生きるべきかを示すためです。前半1-6章はまさにそのような証集で、後半は、帝国の盛衰の歴史を語りながら、そこに「自分の神を知る人たちは堅く立って事を行う」(32節)「民の中の賢明な者たちは、多くの人を悟らせる」(33節)と信仰者のあるべき姿が明言されるのです。そのような意味で、エピファネスは、聖徒に挑む迫害者の型となっています。つまり36節以降は、歴史的事実とは一致せず、アンティオコスの最期とも異なるので、教会を迫害する反キリストの預言として理解されるのです。36節「この王」は反キリスト、パウロが言う「不法の人」(2テサロニケ2:8)、ヨハネが語る「獣」(黙示録13章)に相当します。困難な時代にあると思えばこそ、主の栄冠を目指して、最後まで走り抜く心を持ちたいものです。