ヨエル書1章

ヨエル書1章 蝗害に語られる神のことば

おはようございます。前代未聞の蝗害(こうがい)に際して語られる神のみことばは、今のコロナ禍へ通じるものがあります。勧められる悔い改めと祈りを大事にしましょう。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.ヨエル書について

ヨエル書の著者については、「ペトエルの子ヨエル」とあるだけで、あまりよくわかっていません。その時代背景については、ヨエル書自体から推察される二つの説があります。一つは、本書でユダの敵とされている民族がアッシリヤ人、カルデヤ人ではなく、捕囚以前のペリシテ人とフェニキヤ人(3:4)、エジプト人とエドム人(3:19)であることから、捕囚以前、BC830年頃のヨアシュの時代に書かれたとする説です。他方近年の批評的な研究によれば、北王国イスラエルへの言及がなく、エルサレム陥落が暗示されていること(3:1-3、17)等から、捕囚以降の時代とします。今の処、前者の伝統説が有力です。

2.いなごの害

そこで1章。いなごによって農作物がことごとく食べ尽くされる、恐ろしい災害が描かれている。「噛みいなご」「いなご」「バッタ」「若虫」(4節)、ヘブル語では、いなごに4種類のことばが使われ、新改訳も苦心して訳出しているようです。バルバロ訳はこれらを音訳していますが、これらの違いは、いなごの種類を示すのか、成長過程の一状態を示すのかはわかっていません。また4種類のいなごが一度に襲ったのか、いなごの災害が四度立て続けに起こったのかもわかりません。しかしながら、数えきれないいなごの大群が、アラビヤ砂漠の風によってパレスチナに運ばれ、日食のように太陽を暗くし、青草や木立の一切を食い尽くしてしまう前代未聞の災害が起こっていたのです(2節)。それは酔っぱらいが目を覚まされ(5節)、祭司たちが、ささげ物を入手できなくなり(9節)、さらに国民と家畜は食糧と水不足で死に直面し(20節)、国土が荒廃する出来事でした。

3.ヨエルによる神のことば

ヨエルは神のことばを語ります。第一に、「聞け」「耳を傾けよ」(2節)と。前代未聞の事態がこの世界に起こりつつあるとき、私たちはまず真っ先に神のことばに注目しなくてはなりません。というのも、この世のあらゆる事柄を支配しているのは聖書の神であり、天地創造の神です。コロナ禍の今は、まさにその時です。

続いて「子どもたちに」「(その)後の世代」にこのような事態を伝えよと言います(3節)。これは特別な時代、神が物申さねばならぬ時代だからでしょう。

ですから「目を覚ませ」(5節)と言います。黙示録のサルディスの教会への警告を思い出すところです(黙示3:1-6)。この世の時流が今ストップさせられている。ということはこの時代の流れに流されるままに生きて、実は自分を見失いかけている人たちへの警告でしょう。果たして今のままの生き方の継続に何が待ち受けているのか、立ち止まってよくよく考えることです。どのように生きることが本当なのか、どのように家族と共にあるか、どのように会社を動かすべきか、この危機的な状況にあって、私たちが考えなくてはなりません。そして、「痛み悲しめ」(8、13節)「泣き叫べ」(11、13節)「粗布をまとって」(13節)「きよめの集会を招集せよ」(14節)「主を呼び求めよ」(14、19節)と勧められます。主を求める以外に、この危機的状況を乗り越える術はありません。礼拝の継続と共に、熱心にとりなす祈りが、教会に求められています。心を一つにして祈りましょう。