レビ記11章

11章 きよいものときよくないものとの区別
これまでのレビ記の流れを振り返ると、1-7章は、ささげ物の教え、8-10章は、ささげ物を献げる祭司についての教えとなります。この11章からはまた新たな区分となっているようですが、どうもまとめにくい内容が羅列されているような印象です。とりあえず、大きな流れは後でまた説明するとして、11章以降、しばらく個々に見てまいりましょう。
1.聖い食物(11:1-23)
 まずこの11章ですが、イスラエルの民に、普段何を食べるのか、食べてよい生き物の区別が教えられます。四つ足の動物について言えば、ひずめが全く分かれ、反芻する動物は食べてもよいが、同じようにあごを絶えず動かし反芻する動物に見えても、らくだ、岩たぬき、野うさぎ、豚は食べてはいけないとされます。水中の動物について言えば、ひれとうろこのある魚は食べてもよいが、うなぎ、貝、えび、かに、かき、かえるなどは食べられないとします。鳥の場合は、腐った肉を食べる猛禽類は、食べてはいけない。羽があって四つ足で歩くというのは、いわゆる昆虫類ですが、それらを食用にしてはならない、と言うわけです。一体、どこでどう区別したのか。いくつかの説があります。異教のいけにえの儀式と重なるようなものは避けた、衛生的な理由からそれらを避けた、などです。しかしおそらく聖書学者のケロッグが言うように、彼らは神に献げられるものだけを食べた、という理由が妥当ではないかと思います。つまりイスラエルの民は、神に献げられないようなものは食べなかった、と言うわけです。
今日の日本人は、あまりこのような区別は意識していません。日本人にとって豚もうなぎも食欲をそそる美味しい食べ物です。新約聖書も、使徒の働き10章に書かれたペテロの幻の出来事を読むならば、あまりこのような区別は問題にしていないようです。むしろ、新約聖書は霊的なものの区別に関心を向けています。パウロはこう語っています。「あなたがたの愛が、知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが、大切なことを見分けることができますように。こうしてあなたがたが、キリストの日に備えて、純真で非難されるところのない者となり、イエス・キリストによって与えられる義の実に満たされて、神の栄光と誉れが現わされますように」(ピリピ1:10-11)。つまり、新約聖書的な関心は、口から取り入れる食べ物よりも、内側から出てくる、思いや言葉、行為、振る舞いといったものにあって、霊的な識別力を働かせ、神にささげられるものをもって、自らの品格を大事に養い育てていくことにあるのです。当時のユダヤ人が神にささげられるものをもって、食事としたように、神にささげられるものをもって、私たちの姿勢や生き方を形作っていくというわけです。
2.群がる生き物の続き(11:24-47)
 後半24節以降は、20節からの続きで、「群がる生き物」について語るものですが、ことに、これらについては、その死骸に注意すべきことが語られます。食べてはいけないし、死骸に触れてもいけない、というわけですが、これは実際的には、保健衛生的な意図を持っていたと思われます。
ともあれ、神の聖さに与るというのは、当時のユダヤ人にとっては、今日の私たちの生活上の保健衛生的なことに関連し、ほとんど宗教的な要素を感じない事柄にも及んでいます。つまり、神の聖さに与るというのは、日常性の中でのことであって、それは、衛生面に気遣う事を含むわけです。信仰と日常をしっかり結び付けて考える、日常において考えるべきことは、神との関係においても考えることである、という発想は、改めて、教えられるところだと思います。信仰生活は、教会へ行っている時だけ、聖書を手にしている時だけ、といったとってつけたような信仰生活ではなく、内側の確信が、外に自然に現れるような信仰というものが大事なのでしょう。普段の生活に、ただ礼拝が加わった、教会へ行って、何かよいことをする奉仕が加わった、というのではなくて、食事をするにしても、家事をするにしても仕事をするにしても、根本的に私たちのあり方が光り輝いていくのが信仰を持つことなのです。普段の日常の中にあって、この人には確かに神がついておられる、とはっきりわかる考え方、生き方をさせていただきたいものです。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>

最初に、昨日のクイズです。父アロンの死後、大祭司職を受け継いだアロンの子どもは、誰でしょうか?答えは、エルアザル(申命10:6)でした。彼は、ヨシュアがモーセの後継者とされる場に臨席し(民数27:18-23)、またカナン入国後の相続地の分配の際も、ヨシュアと共に指導しました(民数32:28)。では、今日の聖書クイズを一つ。古代イスラエルで、食べてはいけないとされた動物は、どれでしょうか?①豚、②牛、③羊、答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

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