民数記1章

民数記1章 人口調査 (603,550人+レビ人)
1.民数記について
「民数記」というタイトルは、BC3世紀に翻訳されたギリシア語訳聖書(70人訳)に由来するものです。ギリシア語では、数字を意味する「アリスモイ」というタイトルが使われていますが、それは、民数記のはじめと最後に、二つの人口調査が記録されているためです。むしろヘブル語の聖書では、そのタイトルは「荒野にて」を意味する「ベ・ミドバル」で、二つの人口調査の間の出来事、つまり荒野を彷徨うイスラエルの記録という内容を語るものになっています。
確かに、出エジプト記の最後の章には、「第二年目の第一月、その月の第一日に幕屋は建てられた」(40:17)とあります。また民数記の冒頭には、「人々がエジプトの国を出て二年目の第二月の一日に、主はシナイの荒野の会見の天幕でモーセに告げて仰せられた」とあり、民数記から出エジプト記に至るまでの期間はわずか一ヶ月です。そしてこの書が記録している期間は、出エジプト後の二年目の第二月(1:1)から第四十年の第十一月(申命1:3)までとあり、別名「40年の書」と言われるように、荒野での40年間を記録しているものです。こういうわけで、民数記には二つの世代が出てきます。一つはエジプトから脱出し、荒野で滅びてしまった世代、もう一つは、荒野で成長し、約束の地カナンに入った新しい世代です。というわけで1-14章は古い世代の物語、21-36章は新しい世代の物語、そしてその間の15-20章が、荒野での放浪時代、つまり古い世代と新しい世代が入り混じった過渡的な時代の記録となっています。
2.民数記の位置づけ 
さて、今日読む1章は、人口調査を記録するもので、その目的はイスラエルの軍事力を調査することにありました。実際の人口は女子ども併せて200万人以上であったとされますが、戦力とされた登録人数は、約60万人でした。創世記は神の民に与えられたビジョンの物語であるとすれば、ビジョンを実現するためにしなければならないミッション、いわゆる奴隷状態から解放されて新しい使命を帯びて出ていくのが出エジプト記、そしてレビ記は、神の民として、いかにビジョンを実現するのか、神の民らしい実現の仕方、つまり神の民の価値観、物の考え方を示す、今はやりの言い方で言えばバリュー(価値)を示す重要な書です。そこで民数記は、ミッション、ビジョン、バリューを明確にし、実際に戦いに出ていく神の民を描いている、と言えるでしょう。神の民は約束の地を戦い勝ち取る者たちとして描かれており、その最初に戦力の調査がなされた、というわけです。そこでレビ記では価値を形作る律法、教えよりも、歴史的記録が中心になるのです。
3.人口調査=イスラエルの軍事力
 さて人口調査の対象となったのは、「氏族ごと、一族ごとに分かれたその家系に属する者」つまり、完全にイスラエル人だとわかる者です。イエス・キリストに対する信仰によって新生した者を、神の兵士としてカウントするようなものです。大切なのは、自分をこの民の中にカウントする心を持つかどうかです。神の側に立ち、神の民として霊的な戦いを戦い抜く覚悟を表明するかどうかです。そうであれば、あなたの人生がいつまでも今のままであることはありません。
4.神の民と共に勝利する
クリスチャンになったのに、幸せになった感じがしない、神様に従って来たのに、何もよいことがない。ますます苦しくなる、ますます追いつめられる、神様なんてやっぱりいないのだ、ではないのです。神を信じようと信じまいと、人生に困難はつきものです。パウロは、「私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なければならない」(使徒14:22)と言い切っていますが、パウロほど達観できずとも、一々困難にぶち当たることで、躓くようであってはなりません。むしろ人生は思うようにならないもの、けれども、失敗のたびに、新しいスタートを切るチャンスも訪れていると考えることです。それこそレビ記で教えられた価値観、信仰的な考え方を生かして、苦難にしっかり立ち向かって、戦い抜いて行ったイスラエルの記録が民数記なのですから、私たちも、私たちなりの民数記というものを記録しなくてはならないということでしょう。実際、最近は、レビ記からヨベルの年という考え方をお話したばかりです。それは、世の中が利益追求一辺倒で動いていく時に、50年を節として、これを一旦リセットする、そして、人間性を大事にし、万民の平和を願う再スタートを切るという仕組みでした。人間はそれをなかなか歴史的に実現できないできているけれども、実際には、歴史の方が人間にそのようなリセットを強要している、つまり今回のコロナ禍もそのような神の機会として考えて、利益追求一辺倒ではない新しい日本を作り上げていく、そのようなビジョンを持つのは、聖書を読む者がまず考えなければならないことでしょう。そしてそれは決して簡単なことではない、かつてイスラエルの民が戦いながら約束の地カナンを得たように、困難を打破しながら成し遂げるようなものです。民数記は、こうして個人に語りかけながら、12部族を組織化し、志を同じくする者が一丸となって戦っていく記録でもあるのです。では今日もよき一日であるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。次の中で、ローマの銀貨の単位とされたのはどれでしょうか?①コドラント、②アサリオン、③デナリ、答えは、③デナリでした。コドラントやアサリオンは銅貨の単位です。ちなみにアサリオンは、デナリ銀貨の16分の1、またコドラントは、アサリオン銅貨の4分の1で、ローマの最小単位の貨幣でした。では今日の聖書クイズを一つ。最初の人口調査で最も多い人数を数えた部族はどこの部族でしょうか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。
<天草さんのフォローアップ>
パスターまことの聖書通読一日一章をフォローし、さらに掘り下げにチャレンジしている、天草さんのサイトはこちら⇒「天草幸四郎」http://progress-to.jugem.jp/
私の願いは、聖書が国民の愛読書になることです!