人生💯倍の祝福😊 サムエル記第一11章 神の霊が激しく下った

11章 アンモン人を打ち砕くサウル

1.サウルの王権をサポートする文脈

10章から11章の間には、本文の欠落があると言われています。つまり、「さて」とはありますが、アンモン人ナハシュの侵略の物語は、唐突です。欠落しているのは、おそらくアンモン人の王ナハシュがやってきて、ガド人とルベン人を攻撃、捕らえた男の右目をえぐり出した事件です。この時約7000人のイスラエル人がナハシュの手を逃れ、ヤベシュ・ギルアデに逃げ込み、10章は、ナハシュがこのイスラエル人を追跡、追い詰め降伏を迫っている状況を描いているというわけです。

彼らは自分たちを助けてくれる者を求めましたが、状況は絶望的でした。ヨルダン川の東側にあるこの土地に、西側の部族から助けが来る可能性は少なかったからです。以前エフタがこの地で戦った時も、援軍は与えられませんでした(士師11、12章)。ナハシュは、余裕で、イスラエルに援軍を求めることを許すのです。そこで、この窮状はサウルに知らされました。するとサウルに、神の霊が激しく下り、彼の怒りは激しく燃え上がったとされます(6節)。人間が見捨てるようなことを神は見捨てられないということでしょう。

いくつか士師の時代の指導者たちの活躍を思わせるエピソードが書き連ねられます。たとえばサウルは、一くびきの牛を取り、切り分けて兵士を招集しました。それは、かつてエフライムのあるレビ人が、そばめを殺されたことについて、イスラエル全体にその死体を切り分けて送り、さばきを求めたことに似ています(士師19章)。また召集された民を、三組に分けて戦う戦術は、ギデオンとアビメレクの戦いを思い出させるものです(7:16,9:36-37)

つまりこの唐突とも思えるエピソードは、10章で、サウルの王権を疑問視する者に、それを証明する機会がついに与えられたことを伝えているのです。かつて、サウルが王となることについて、「この者がどうしてわれわれを救えよう」と言って、ある者たちはサウルを軽蔑しました(10:27)。しかしはからずも、サウルは、士師時代の士師のようにリーダーシップを発揮し、侵略者からイスラエルを救う力があることを示すわけです(10:27)。こうしてミツパにおいて王とされたサウルは、かつてすべての者によって支持されたわけではありませんでしたが、今や、すべての者にその王権を認められていくのです。

それは、サウルが画策したことではありませんでした。神が計画されたことは、神自らが事を進めてくださるのです。実際サウルの招集を、イスラエルの人々は主の招集と受け止めました(7節)。事をなすのは主です。しばしば人は何の力があろうかと軽蔑してかかることがあるかもしれません。「サウルは黙っていた」(10:27)とあるように、私たちが自分たちを弁明することができない状況があったとしても、やがて、神がちょうどよい時に、引き上げてくださることを忘れてはならないのです。もし、存在の価値が認められず、見下され、足蹴にされることがあっても、「黙っている」ことが最善だ、という時があります。神がちょうどよい時に、有無を言わせぬ動きを起こし認めさせてくださるからです。

2.主の権威の下にあるリーダー

サウルが王権を宣言されたギルガルはヨシュアの指揮下で、イスラエル人が始めてカナンの地に足を踏み入れた場所です。その地は、イスラエルを進めた主を覚える場所でした。またヨシュアが主の軍の将の副将となった記念すべき場所でした。

そこで彼らは、サウルを「主の前に王とした」と言います。それは単に世俗的な王政国家を真似たものではありませんでした。サウルは主に立てられた王として、主の権威の下でイスラエルを統率する王として承認されたのです。この時点で、サウルやイスラエルの民には、形式は王政ではあっても、主の権威の下にある王としてその働きを進めるという姿勢が確認されているのであって、神はそのようなあり方を祝福してくださったのです。

組織体として、形は世の中のそれと同じであっても、教会が行うことは、世の中のそれとは異なるものです。牧師は、教会のリーダーであるかのように立てられますが、それは、神の権威の下で、一人一人の魂を養う牧会者として立てられているに過ぎません。神の権威の下に、神と共に、働きを進める牧師であり、信徒でありたいものです。では今日もよき一日であるように祈ります。

 

<クイズコーナー>

最初に、昨日のクイズです。神が、イスラエルの将来について王政国家となることを予告された箇所は、創世記のどこにあるでしょうか?答えは創世記17:6です。神はイスラエルが王政国家となることを予告しておられました。神が否を唱えたのは、王政そのものではなく、神よりも王に過剰な期待を抱いたイスラエル人の問題でした。では、今日の聖書クイズを一つ、ギルアデの地を南北に分ける川は何と呼ばれているでしょうか?答えはまた明日、では、今日もよき一日となるように祈ります。

 

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