士師記7章 それをあなたの手に渡した

士師7章 ヨルダン川西岸での戦い(7:1-8:3)

1.神が明かされた戦略1(一塊の精鋭を整える)

ギデオンは、ミディアン人と対戦するため、ハロデの泉のそばに兵力を結集しました。一方ミディアン人、アマレク人、東の人々の連合軍は、五キロほど離れた、モレの山沿いの谷(平野)にあるエスドラエロンの平地に陣を構えました。それはちょうどイスラエルが、敵の連合軍を上から見下ろす布陣です。初夏の早朝であったとされます。

らくだ部隊で固められたミディアン連合軍は、兵力135,000、対するギデオンの兵力は、32,000です。状況は劣勢でした。しかし神は、さらにそこで兵力を削減するように求めるのです。まず「恐れおののく者」が家に帰されました。兵力は10,000になりました。次に、ハロデの泉で水を飲む際に、「犬がなめるように、舌で水をなめる者、膝をついて水を飲んだ者」は、除外されただ「手で水をすすった者」だけが残されました。それは、膝をついて水を飲む行為が、敵前で命取りとなる不注意な行為であり、またバアル等の偶像崇拝の習慣を暗示するとかんがえられたためのようです。これで兵力はぐっと絞られ300になりました。まさにそれは、ある者が夢に見たように、「いなごのように」また「海辺の砂のように」見えたミディアン連合軍に、一塊のパンが転がり込むようなイメージとなったのです(13節)。300の兵力で135,000の陣営に攻め下る(9節)、何とも無謀そのものです。しかしこの神の命令による無謀さは、合理的なものです。恐れおののく者、不注意な者は、戦力にはなりません。神の戦いに参戦するにふさわしい者は、32,000の中の300人しかいなかった、ということです。そのような意味で教会も、数が多ければよいというのではないでしょう。「恐れおののく者」「不注意な者」「偶像崇拝の二心の者」など数に入れないことです。そうでなければ、いくら教会が大きくても、世の光などなりえません。

2.神の戦略2(恐れを克服する)

神は、ギデオンに敵陣に下って偵察するように命じられました。それは、敵陣の戦力や配置を知り、作戦を練るための偵察ではなく、ギデオンの恐れを解消するためでした。事実、135,000の巨大な軍隊は図体ばかりでかく、中身はイスラエルの奇襲を恐れる烏合の衆に過ぎないことが確認されたのです。

ギデオンの戦いが始まりました。角笛とたいまつ、そして壺が用意されました。壺は、敵に近づくまでたいまつを隠し、近づいたところで打ち砕き、大きな音を立てるために用意されました。また300人の兵士たちを三分し、真夜中の夜番が交代する頃、つまり夜の10時に、ギデオンたちは、陣営の端に到着。そこから彼らは、角笛を吹き鳴らし、壺を打ち壊し、「主の剣、ギデオンの剣だ」と叫び、宿営に乱入しました。ミディアン連合軍は、突然の不意打ちに大混乱、同士打ちを始め、モレ山のふもとから、ヨルダン川沿いに南下して敗走していくのです。まさに、「多くの人によっても、少しの人によっても、主がお救いになるのを妨げるものは何もない」(1サムエル14:6)と言うべき事態でした。

ギデオンの物語はいつ読んでも、大いに励まされます。聖書通読の重要さは、こうしたエピソードが、人生の必要時に思い出されることです。人生の様々な場面で、ヨセフ物語が思いこされ、アブラハムやロトのエピソードが思い出され、そしてギデオンのエピソードが思い出される。神の語りかけとして響いて、今直面している課題を乗り越える力とさせられていくことです。では、今日もよき一日となるように祈ります。

 

<クイズコーナー>

最初に、昨日のクイズです。第五の士師ギデオンは、別名何と呼ばれたでしょうか?答えはエルバアル(士師記6:32)。では、今日の聖書クイズを一つ、小ヘルモン山と呼ばれるモレの丘は、標高約500メートル、では、イスラエルで最も高いと言われるヘルモン山は、標高何メートルでしょうか?①2800メートル、②3700メートル、③4600メートル。答えはまた明日、では、今日もよき一日となるように祈ります。

 

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