士師記14章 蜂蜜より甘いものは何か?

士師記14章 サムソンの結婚

1.釣り合わぬくびき

テイムナは、元々ゼブルン部族の相続地にあって、メラリ系のレビ人に与えられた町でした(ヨシュア21:35)。しかし、サムソンの時代にはペリシテ人の町となっていました。サムソンは、その町で、異邦人の女性を愛し、結婚しようとするのです。しかし、これは神がイスラエル人に禁じていたことです(申命7:3,4)。ましてサムソンはナジル人でしたが、両親の反対を押し切って駆け落ちをしてしまいます。

これは言ってみれば、キリスト者が未信者と結婚しようとして、種々騒動が起こるようなものです。日本人は結婚に際して宗教の違いはあまり問題にしないことが多いものですが、実際にはこれが後から、それを認めるか認めないか以上に当事者間の大変な問題になることが多いのです。というのは、宗教は、価値観、生き方の問題ですから、四六時中密接に共同生活をするようになると、その違いが意識され、衝突が生じるのは時間の問題だからです。例えば、毎週日曜日に目に見えない神を礼拝しようと家族を置いて出かける者と、せっかくの日曜日には目に見える家族と楽しく過ごそうとレジャーの計画を立てる者が結婚するのです。また世の中様々な宗教があるけれど、偶像は神ではなく、目に見えない神と十字架愛が絶対なのだと考える者と、宗教はどれでも同じで、キリスト教だけが宗教ではないとする者が結婚するわけです。さらに、死後天の御国の希望がある信じて生きる者と、死んでしまえば皆終わり、この世がすべてと考える者が結婚するのです。最初は「好き」と言う感情で結びついていても、次第にその感情が覚めて、金銭感覚、ゴミ出し、親族のお付き合いなど、種々の現実に直面するようになれば、それほど遅くない時期に、価値観の違う共同生活がいかに難しいものかを思い知らされるのです。未信者との結婚はダメというのではなくて、平安で健やかな人生を生き抜く知恵があれば、わざわざ困難の多い人生とわかるようなものに飛び込まなくても、ということでしょう。

2.主によること

ところで4節は、著者の注釈ですが、神がサムソンと異邦人との結婚をみこころとした、と読めるような気もしますが、そうではありません。むしろここで言っているのは、神はサムソンの愚かさや頑なさを通しても、ご自身の御旨を行われることです。となれば、生き方のベクトルが違う人と結婚してしまい、後で、それが失敗だったと思わされた時には、それが神のみこころに積極的にかなう人生を歩まなかったとしても、見捨てられることのない神に心を向けることでしょう。神は、みこころにかなわない歩みをしてしまったサムソンを見捨てたわけではないのです。神はサムソンを心に留め、共におられることをよしとしました。ですから、未信者と結婚し、その難しさに直面し、戸惑っているような人がいるならば、教会はそのような人にバツ印の目を向けるようなことがあってはならず、むしろ、共にその心の痛み、重荷を負う教会、つまり神の家族になることを求めたいものです。実際、未信者との結婚に限らず、人は様々なことで思慮が足りず、失敗し、自分の人生に大きな×印をつけたくなることがあるものでしょう。しかし神はそのような人生をも忘れてはおられません。むしろ、神は、共に歩み、その人生の先を導いてくださいます。実際そのような時に、その人の人生を支えるのは教会の礼拝をおいて他にはありません。となれば、そのような人から礼拝の場を取り去ってはならないのです。むしろいよいよ教会生活や礼拝を大事にして、その人の生活に「主の霊が激しく下り」神の業が現れるように祈る、祈りあうことが教会の使命でもあるのです。

神が私たちを愛しておられることに変わりはありません。神の祝福を積極的に選び取る歩みを今日も導いていただくこととしましょう。では今日もよき一日となるように祈ります。

 

<クイズコーナー>

最初に、昨日のクイズです。ナジル人についての定めは、聖書のどこに書かれているでしょうか?答えは民数記6章です。そこにはぶどう酒を断つこと、頭にかみそりを当てないこと、死人のところに入ってはならないことなど、ナジル人がしなければならないことが定められています。では、今日の聖書クイズを一つ、旧約聖書では、ペリシテ人は、どこから来た民族だと語られているでしょうか?答えはまた明日、では、今日もよき一日となるように祈ります。

 

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