1サムエル記23章

23章 仕切りの岩
<要約>
おはようございます。世の不条理さに屈してはなりません。罪人の社会に、起こることは複雑です。しかし、神は善き方であることを信じ続けるべきなのでしょう。ダビデは最も暗黒の中にあって、自分の輝かしい将来については何も知らずにいたのです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安 
1.ケイラでのダビデの苦闘
 ペリシテ人がケイラを攻めて、打ち場を略奪した。収穫期の終わりを狙った行為であった。その知らせはダビデのもとに寄せられた。イスラエルの王サウルは、ペリシテ人討伐よりも、自分の地位を守るために汲々としており、ダビデを追跡し追い詰めることにやっきとなっていた。しかしこれも人間の現実なのだろう。組織の長として組織の発展を考え引っ張っていくべき時に、ただ自分の立場を揺るがす者に目を光らせ、締め出そうとする行為は、サウルに限ったことではない。そのような組織の中に置かれてしまうことの不幸はあるものだろう。しかし、望みのない人たちと同じように、気を挫かせてはならないのである。むしろダビデがそう導かれたように、そのような試練にあっては、心腐らせるのではなく、天を仰ぎ、正しきことを行うことが大切なのだ。自分の身を守ろうとするところに、守りはない。むしろ、試練を信仰によって耐え抜くのみならず、神が自分を通してなさろうとしている使命をめぐらし、そこに立っていくのである。ダビデはケイラ救出のために動き出し、これに勝利した。
 この時期、ダビデは詩篇31篇を謡ったという。ダビデはケイラの町での戦勝を喜び、「【主】はほむべきかな。主は堅固な城壁の町の中で私に奇しい恵みを施してくださいました。(21節)と謡っている。こうしてダビデは、ケイラを自分の根拠地にしようと考えていたようである。ダビデによって救われたケイラの住民は、自分たちに忠誠を尽くしてくれると思ったからだろう。しかし事はそんなに簡単ではなかった。サウルが町を攻めてくる噂の陰で、ケイラの人たちは、ダビデを売り渡す計画を立てていた。人間は薄情なものである。助けをえればそれまで、ということがあるものだ。
2.さらに奥の荒野へと彷徨うダビデ
ダビデは600人の部下とともに、ケイラを後にしなくてはならなかった。ダビデの心の動揺は、同じ詩篇31篇によく言い現わされている。ダビデは謡う、「死人のように私は人の心から忘れられ壊れた器のようになりました。」(12節)。彼は揺れていた。実際のところ、神を信じていても怖いものは怖いのである。そんなおりに、神は、ダビデに無二の親友ヨナタンを遣わし、励ましを与えている。しかし、人の励ましで、心の恐れが霧散するものでもない。やはり神との深い祈りの中で、勇気づけられることが大切だ。ダビデは、神を待ち望み、こうも祈っている。「私の時は御手の中にあります。私を救い出してください。敵の手から追い迫る者の手から。」(15節)。ダビデは自分のあらゆる事柄が神の御手の中にあることを知っていた。神に完全により頼むことを、私たちはどこかで学ばせられるのである。
同じ詩篇の中で、ダビデはこう告白している。「私はうろたえて言いました。「私はあなたの目の前から断たれたのだ」と。しかし私の願いの声をあなたは聞かれました。私があなたに叫び求めたときに。」(22節)人生は複雑である。そんなに簡単に吉風が吹いてくるわけでもない。ダビデの逃亡先がサウルの耳に伝えられ、ダビデの与り知らぬところで、ジフ人たちが、ダビデをサウルの手に渡す密約を交わす。こんなことが次々に重なり、ますます状況が悪くなる気配を感じると、苦難は私たちの訓練のためである、などと自分に言い聞かせることも限界に思ってしまうものだろう。神などいるものか。やはり自分はもう終わりだと思ってしまう。ダビデもうろたえた。ダビデはこの時、詩篇54篇も書いている。こう歌う。「神よあなたの御名によって私をお救いください。あなたの力強いみわざによって私を弁護してください。神よ私の祈りを聞いてください。私の口のことばに耳を傾けてください。見知らぬ者たちが私に立ち向かい横暴な者たちが私のいのちを求めています。彼らは神を前にしていないのです。セラ」
人生はうまくいかぬもの、苦しいことだらけだとしても、ただ神を信頼するのみである。神は善きお方である。もう手遅れだと思えることがあっても、神は遅れることなく、助けを与えてくださる、と考えたい。事実ダビデはこの時、自分の将来がどれほど輝かしいものであるかを全く知らずにいた。悩みの時に、気を挫いてしまえばそれまでである。実際、土壇場の土壇場で神は奇跡的に介入された。ペリシテ人が突入してきたために、サウルは追撃をあきらめなくてはならなかった。
ダビデは、続けて謡う「見よ神は私を助ける方。主は私のいのちを支える方。神がすべての苦難から私を救い出し私の目が敵を平然と眺めるようになったからです。」(詩篇54:4,7)苦難の山を乗り越えたダビデに学ぶ霊的法則は、この暗黒の時に、さらに謡われた詩篇27:14に明らかである「待ち望め【主】を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め【主】を。」状況は不利であるにもかかわらず、淡々と神の声に聞き、神が働かれたことを記念する仕切りの岩を築く神の恵みを味わう経験がある。確かにすべてを動かす鍵は、神にある。

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