マルコの福音書2章

イエスはナザレからガリラヤへと引っ越しをしたようである(ルカ4:31)。本格的にガリラヤでの宣教を始められた。と同時に、イエスの行動は律法学者たちの目に留まり、彼らとの衝突も本格化していくのである。2章には、それらがまとめて記録されている。

一つは、イエスが中風の人の罪を赦した出来事であった(1-12節)。中風はあまり使われなくなった語ではあるが、一般に脳卒中や脳梗塞などの疾患で後遺症の障害を持った人のことを意味する。彼は四人の友に恵まれ、イエスの元に連れて来られた幸いな人であった。イエスは、この四人の友と中風の人を見るや、「あなたの罪は赦された」と罪の赦しを宣言される。「あなたの病は癒された」というのでも「あなたの障害は回復された」というのでもない。罪の赦しを宣言した。

これを見ていた律法学者たちはイエスの行為に引っかかった。確かに罪の赦しは、被害者がするか、あるいは、これを裁かれる神が以外に誰がしえようか。そうでなければ彼は狂人か悪人かであろう。イエスは、その権威がご自分にあることを、奇跡を持って明確に示される。「神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう」皆が思ったことについて、私にその権威が与えられている、つまり私は神だと間接的に宣言されているのである。これが直接的に認められていくのは、後のピリポ・カイザリヤでのペテロの告白の時である(8:27-30)。

続いて、アルパヨの子レビ、つまりマタイがイエスに弟子として召された時のエピソードが記録される(13-17節)。マタイは、通行税を徴収する税関であり、その時収税所に座っていた。旧約に税関の規定はない。つまり旧約時代と1世紀のイエスの時代では、ユダヤの社会システムが違うのであるし、それに伴い、ユダヤ社会を秩序づける旧約律法とは別の垣根も出来ていたということだ。そんな教えに照らして、パリサイ人はイエスの行為につまずいた。彼らは取税人や罪人は、締め出されるべき者と見なしたが、神の子イエスはそうではなかった。ここがまたイエスの性質を感じるポイントである。イエスはマタイの心に語り掛けるように言った「わたしについて来なさい」。

この後に、バプテスマのヨハネの弟子との断食論争(18-22節)、パリサイ人との安息日論争(23-28節)と続くがこれもパリサイ人との衝突という流れで記録されている。ただ、同じ文脈の流れでマタイだけが記録することばについて触れておこう。「すべて、疲れた人重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタイ11:28)。マルコは別段気にも留めず記録しなかった言葉であるが、マタイはこれを洩らさなかった。それは、この時にマタイの心を捉えた言葉だったからなのだろう。マタイは人生に疲れていたのかもしれない。ローマの手先となって、ごまかしを重ねる仕事をしながら、負わされたくびきの重さに疲れていたのかもしれない。そんなマタイの心を見抜くかのように、イエスは、「わたしについて来なさい」と語るのである。負うならば本当に負うべきくびきがある。疲れ果て、潰れてしまうようなくびきではなくて、むしろ使命感と喜びをもって負い続けることのできるくびきがある、それはわたしについてくることだ、と。ここでもイエスは、マタイの人生に介入し、ご自分の神としての権威を表している。マタイは、イエスに自分の人生を賭ける決心をした。

22節、「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」確かに新しい考えは、新しい心で受け止めなくては受け止めきれない。古い罪の心で、神の福音を受け止めようとしても受け止めきれるものではない。神を信じようとしない心を捨て去り、罪を赦し、人の人生に介入される霊的な権威を持ったイエスを認め、イエスの声に聞く、聖書を読んでいく、そうして初めて、新しいぶどう酒が私たちの心に保たれるのである。

28節、人の子は、安息日にも主である。つまり、安息日を支配する完全な権利が自分にはある、ということだろう。日曜日は、単純にお休みの日なのではない。人生におけるイエスの権威を認めて、イエスに従う決意を新たにする日である。そうしてこそ、人生に目的を持ち、無駄のない歩みをすることができる。

 

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