1歴代誌1章

1歴代誌1章 礼拝の民の初め

<要約>

おはようございます。今日から歴代誌に入ります。冒頭から退屈そうに見える系図ですが、歴代誌の著者は、創世記の知識を前提として書いていることは言うまでもありません。聖書通読が面白くなるには、やはりある程度の知識的前提が必要なことは確かです。ともあれ、冒頭から私たちは、自分たちが、神の創造の歴史の中に置かれていることを教えられることでしょう。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.神の民の歴史

一見退屈に思われる系図の流れであるが、これが、イスラエルの歴史を示し、さらに礼拝者としてのイスラエルの系譜を示そうとしていることに注目したい。1章は、アダムからエサウとヤコブまでの全ての期間をカバーしており、著者はその流れを意図的に編集している。つまりアダムの次は、カインやアベルではなく、セツになるなど、神を信じ、神の民として生きる長い神の民の系図を書き出そうとしている。そのような意味で、主の礼拝者として私たちがまず覚えるべきことは、礼拝は、個人的な情熱をもってなされるものというよりも、代々歴史を貫く礼拝の民に連帯してなされるものだということだ。

この書は、ユダの民の捕囚帰還の後に、イスラエルの再建、ことに礼拝の民の再興を目指して書かれた。だからその初めに、まずそれは、個人的な情熱を燃やすことよりも、礼拝の民を形作られた神のみこころに思いを寄せることに目を向けさせる。たとえ小さな教会の礼拝であれ、全ての礼拝は、そのような歴史的な流れに連なる歴史的、世界的なイベントである。

2.種々の民族の歴史

この十世代のリストは、創世記5章を基にしている。著者は、イスラエルの歴史をアブラハムではなくアダムに遡っている。新約聖書においてルカは、異邦人を含めた万人の救いを念頭に同様の系図を書き記しているが(ルカ3:23-38)、歴代誌の著者の思いも一致している。すべての国が神の被造物であり、神の支配の中にあり、神の民は、その中心にあって特別な目的を持つ存在なのである(創世記12:3)。

ノアの子孫はセム、ハム、ヤペテであるが、ヤペテ(5-7節)、ハム(8-16節)、セム(17-28節)の順に記され、正系(長男)のセムが最後に記録されている。興味深いのは、ハムの子孫からエジプト人とペリシテ人が出ていることだ。ペリシテはしばしば異教の民の象徴とされるが、同じアダムの子孫であり根は一つである。つまり、神礼拝の民の中に含められて考えられている。同様に、セムの子孫であるエラムは、古代ペルシャのことであり、アシュルはアッシリヤである。

このセムの子孫に、アブラハムの系譜がつながっていく。つまりイスラエルは、セムの子アルパクシャデの子孫になる。イサクには、エサウとイスラエルが生まれたとされ、エサウとヤコブではない。ヤコブは、イスラエルと改名されて記録される。そこに神の民の系譜を意識的に書き起こそうとする著者の意図も表れている。

1章後半は、エサウの子孫、いわゆるエドム人の系譜であり、創世記36章を要約している。ヤコブすなわちイスラエルの系譜は、2章以降に記されることになる。

3.歴代誌の意図

以上、アダムからセムまで、そしてセムからイスラエルまで、という流れを書き綴り、さらに先に進めることで、著者は、神の民としてのイスラエルの起源を説明している。実際、その内容は、アダムの系図から始まり、捕囚からの解放令で終っており、旧約聖書全体をまとめた年代記になっているが、歴代誌は、単なる列王記の焼き直しではなく、北王国・サマリヤの歴史を省略し、ダビデ・南王国ユダ・エルサレムの歴史に焦点を合わせている。したがって、全体の流れは、①系図とリスト、②神殿礼拝制度の創始者ダビデの生涯、③神殿礼拝制度の完成者ソロモンとその後、とおおよそ三つに区分され、真に神に繋がる者たちの観点から南ユダ王国の歴史について列王記を補う内容となっている。

となれば、この書を読んだ最初の読者は、捕囚帰還の民であるとすれば、彼らは、自分たちが神に起源を持ち、且つその神に見捨てられているのではなく、未だに神の期待と神の使命の中にあることを思い起こさせられたことだろう。真の礼拝者の流れに、読者を呼び集めようとする歴代誌の目的を理解しながら読み解いていく時に、私たちもこの書を通して、真の礼拝者として整えられていくであろう。

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