ネヘミヤ記7章

7章 町の再建と人口調査

<要約>

おはようございます。ネヘミヤは、外からの妨害、そして内からの混乱を、ただ主の助けによって乗り越えていきます。というのも、ネヘミヤが取り組んでいた事業は、ネヘミヤ自身の事業ではなく、神の事業であり、神が進められるのですから、神への信頼と神がなさる業を見ていく忍耐と、従順が必要だったのです。神の民としての旗印をいよいよ明らかにし、これをよしとする神の後ろ盾に励まされるところでしょう。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.エルサレムの町の再建

城壁再建の後、ネヘミヤは、二人の人物にエルサレムを治めるように命じた。ハナニとハナヌヤである。しかしこれらの人々はどうも、行政ではなく、警備の長として任じられたようである。行政の担当者は、すでに各地区において任じられているからである(3:9)。ともあれそこでネヘミヤが警備の長の選別の基準としたのは、誠実さと神を畏れる心の態度であったことに注目したい。敵に対する警戒の強い時期としては、当然のことであっただろう。警備は固く、開門と閉門は、日の出と日没ではなく、「太陽が高く上って暑くなる」頃、つまり住民全員が活動する時とされた。

エルサレムへの第一次帰還者の数は、66節以下を見ても、約5-10万程度である。そのごく一部がエルサレムに住んだ。当時のエルサレムは東西500メートル、南北1キロ程度とされていたから、4節、「この町は広々としていて大きかったが、そのうちの住民は少なく、家もまだ十分に建てられていなかった」というのは理解できることである。エルサレムの人口は少なく、警備も十分ではなかった。だから後には、近郊に住むユダヤ人の中から、籤でエルサレムに移住させる計画が実行されることになる(11:1)。

エルサレムの町を再建することは、こうしてみると、ただ帰還し、城壁を再建し、という以上の努力を必要としたことがわかる。あらゆるものを動員し、再配置する知恵を必要とすることであった。それはまさに神の恵みと導きがあればこそ、成し遂げられることであったのだ。

2.エルサレム移住計画

5節からは、こうしたエルサレム移住計画の前準備としての人口調査で、作成された名簿である。この名簿は基本的にエズラ記2章の内容と一致している。注目されるのは、ネヘミヤが移住者の出所を明らかにして、エルサレムに住むべき人として純粋なユダヤ人のみに絞った点である。そのような意味では、教会も同じで、全ての人にその門戸は開かれているが、教会のメンバーとなるのは、出所の明らかな人、つまりはキリストの新生に拠って立っている人に限られている。イエス・キリストが自分の救い主であり、主であることを明確にしている人が中核にならなければならない。イエスを救い主として感謝して受け止めているだけではない、イエスを自分の主とし、はっきりイエスの権威のもとに遜っている人が教会のメンバーとして加えられるのである。求道者は、イエスを自分の主とするかどうかで迷っている人のことであるから、その区別をはっきりさせていかないと、結局何の集まりなのかがわからなくなってしまう。

まして祭司職を果たす、つまりは教会に仕え奉仕するメンバーとなることにおいては、資格があることを示す必要があるだろう。教会を建て上げるというのは、キリスト教同好会を作ることとは違う。教会は、キリストを主とし従う者の集まりである。アンテオケにおいてイエスの弟子たちが初めてクリスチャンと呼ばれるようになったのも、そのような彼らのアイデンティティが明らかであったからだろう。はっきりと十字架のイエスを主と告白し、復活のイエスに対する信頼と喜びを証する群れなのである。それこそが、教会を教会たらしめるものなのだ。キリストの群れとしての教会を完成させていこう。

 

 

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