エステル記4章

4章 エステルの決意

<要約>

おはようございます。今日の箇所は、エステルの信仰を感じさせられる箇所です。徹底して、神の御心に生きる、そこに自分の幸せがあるからという、エステルの心意気に、感動するところですね。私たちの信仰もそのように引き上げられたいものです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.モルデカイの悲しみ

モルデカイは、ハマンの計画を知り、着物を引き裂き、荒布をまとい、灰をかぶって嘆き悲しんだ。ユダヤ人は皆同じように悲しんだとされる。しかしながら、巷では大騒ぎになっていたこの計画が、宮殿では知られていなかった。エステルは、モルデカイが何故荒布をまとい、悲嘆にくれているのかをわからないでいる。モルデカイは法令文書の写しをエステルに仕える宦官に渡し、ハマンの計画を告げた。

モルデカイとしては、なんとしても王宮の中にいる、エステルの助けを借りたいところであったのだろう。エステルは事の次第を知って「ひどく悲しんだ」(4節)。それは、「身もだえする」という意味のあることばの強調形である。エステルはモルデカイに荒布を脱がせようとしたが、モルデカイはこれを拒否した。それは、悲しみをわかってもらうだけではしょうがない。何かの希望を見出したいのだ、という思いからだろう。必要なのは、慰めではなく、具体的な解決策なのだ。

2.モルデカイとエステルの対話

エステルはその求めに気づいた。しかし、エステルは、自分のいのちがかかっている願いに躊躇っている。そんなエステルにモルデカイは三つのことを指摘した。

第一に「あなたは、すべてのユダヤ人から離れて王宮にいるので助かるだろう、と考えてはならない」(13節)。自分の状況をよく考えて見よ。王のところに行けば死ぬかもしれないが、黙っていたって死ぬのだ。いずれにせよ命は危険にさらされている、のである。そして「あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別のところから助けと救いがユダヤ人のために起こるだろう」(14節)と言う。たとえ人が神の導きに対して応答することがなくても、神の目的が挫折することはない。神は新たな応答を導き出す、わけである。最後に「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない」と言う。エステルは、今自分の存在理由を問う瞬間にあった。

何のために自分がこの時代とこの場所に存在するのか、ボーっとしていてはならないのではないか。しかし、エステルの応答が、また、私たちに一歩踏み出すあり方を教えてくれる。

3.エステルの応答

エステルは、皆の助けを求めた。具体的には、皆が一致して断食をすることである。断食の効用は祈りを強化することであるから、深い徹底した祈りを求めたのである。つまり、エステルは自分の応答に、自分の決断や勇気以上に、神の助けそのものが必要であることをよく理解していた。不可能を可能にするのは神ご自身である。エステルは、自分が重要な鍵を握る人物であると理解しても、自分にその鍵を使いこなせる能力があるとは思っていなかったのである。外典『エステル書残篇』14:3-19には謙虚に神の働きを求めるエステルの祈りが記されている。そこには、こう祈られている。14節「汝の御手をもて我らを救ひ、孤獨にして汝の外に助けなき我らを助け給へ」18、19節「汝の婢は、此處に來りし日より今日に至るまで、汝によりて喜ぶ外に何の喜びをも持たず。ああ主よ、アブラハムの神よ、すべてのものに勝りて力らある神よ、希望なきものの聲を聴き、害なふものの手より我らを救ひ、我を恐怖より救ひ出し給へ。』

私たちは土の器である。そうであればこそ、そこに現される神の業を求める、兄弟姉妹の祈りが必要なのである。しかしその祈りは同時に、神のみこころに委ねる祈りでもある。「死ななければならないのでしたら、死にます」という決断は、神のみこころがそこにあるなら、それもまたよし、というまさに神に対する信頼の中に生まれてくるものである。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です