エゼキエル書45章

45章 土地の分配と君主の務め

おはようございます。新しい神殿に続いて、新しい町の秩序が語られます。大切なのは、正しい度量衡を持つこと、そして礼拝を中心とすることです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.土地の分配

長き捕囚が終わり、エルサレムに帰還したエズラ、ネヘミヤたちがおこなったことは、神殿の再建と町の再建でした。まず538年、ゼルバベルによる第一回帰還があり、神殿が再建されました。実際に神殿が完成したのは、516年か5年とされていますが(エズラ6:15)、その後、458年に、エズラによる第二回帰還(エズラ7:1、8-9)があり、礼拝の改革がなされ、445年、ネヘミヤが帰還し(ネヘ2:1、6、11)町が再建されています。その流れを預言するように、エゼキエルは、神殿の幻を語った後に、新しい国家の土地の分配について語ります(1-8節)。各部族に対する土地の分配については、47、48章で再び取り上げられ、ここでは、まず君主と祭司たちのための土地の分配が語られるのです。

イスラエルの中心に、まず聖なる区域が確保されます。長さ2万5千キュビト(約11キロ)、幅1万キュビト(約4.4キロ)の長方形で、その中心に聖所が、聖所の回りには空き地が確保されます(1-4節)。その北側に祭司の割り当て地、さらに北側にレビ人の割り当て地が確保され、そこに「20の部屋」を確保します(5節)。ヘブル語本文に忠実に訳せば「部屋」となるのですが、この箇所については、ギリシャ語訳(70人訳)が「住む町々」と訳しています。文脈からすればそうなのかもしれません。聖なる区域を挟んだ反対側(南側)に町の所有地が割り当てられています(6節)。そしてそれら三つの割り当て地の両側に(東はヨルダン川、西は地中海に至るまで)、君主の土地が割り当てられています。十分な土地が与えられた君主は民を搾取する必要もなくなるというわけです(8節)。これらの外側に、各部族の土地の分配(38章)がなされていきます。

2.新しい国の中心事項

9節からは、新しい国の指導者の権利と義務が語られる。君主は「二度とわたしの民を虐げることなく、この地は部族ごとに、イスラエルの家に与えられる」(8節)と言います。これまでは、君主の強欲によって土地が搾取され、民が虐げられることもありましたが、新しく回復されたイスラエルにおいては、もはやそのようなことは起こらないと言います。いや起こしてはならないのです。聖なる主の臨在を中心とし、主の土地を相続地として委ねられた主の民の間に、もはや不正や暴虐が横行し、主の聖さを汚すようなことがあってはならないのです。ですから君主には、権力の乱用が禁止されます(9節)。そして、単に悪を行わないだけではなく、正義を貫くように命じられます。実際に、まず公正さの象徴である正しい度量衡を守ることです(10-12節)。そして民を代表して主に奉納物を献げることです(13-17節)。これは、19節からもわかるように、祭司との共同作業なのでしょう。君主はこの新しい国のために、率先して新しい祭りを開かなくてはなりません。新年の祭り(18-20節)、過ぎ越の祭り(21-24節)、仮庵の祭り(25節)と、新しい国は、正義が行なわれる場であると同時に、主の救いを祝い、主に礼拝を献げる場なのです。

それにしても、食べるためにではなく、主に献げるために、たくさんの牛、羊がささげ物とされるイメージに、いささか圧倒される思いを持つのは私ばかりでしょうか。エズラ、ネヘミヤの記録を読むと、彼らは困窮の中にあり、このようなささげ物を命じられても献げることはできない状況にあったように思います。しかし、神あっての今であることを思えばこそ、まず神への感謝(貧しければ貧しいなりの)そして自分たちの日常ということになるのではないでしょうか。正しい度量衡に礼拝の優先、まず何が正しいのか、というところから今日の一日も始めさせてまいりましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です