アモス書1章

アモス書1章 万人の神からのメッセージ
おはようございます。おそらくアモスは、自らのメッセージを文書に残した最初の預言者と思われる人物です。世界万人に向けて語るアモスのことばに耳を傾けましょう。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安
1.アモス書について
アモスは、羊飼い(1:1)、かつ農夫でした。彼は、「預言者学校」で専門的な訓練を受けたわけでも、また祭司の家という特別な家系の出身でもないのに、神に預言者として立てられて活躍していました。今で言えば、全くごく普通の信徒でありながら、献身をし、人一倍熱心に伝道をする信徒奉仕者であったと言えます。テコアの出身で、そこは、エルサレムの南約19キロにある海抜900メートルの高地で、ユダの荒野を見渡すことのできる小さな町です。つまり彼はユダの田舎町の出身でありながら、イスラエル北王国の大都市であり宗教的な中心地のベテルで活躍したのです。何の人脈も、仲間も持たず、また、都会で語る洗練された訓練すら受けていないにもかかわらず、アモスは、当時の社会のリーダーたちに向けて神の言葉を伝え、国家的規模の偶像礼拝を非難したのです。それは実に向こう見ずな行動であったことでしょう。神ご自身から出た働きであるからこそ、アモスのことばに人々も揺さぶられていくのです。神のなさることは、実に不思議なものです。
2.アモス書の時代
アモス書が書かれた時代は、「ユダの王ウジヤの時代、ヨアシュの子ヤロブアムの時代」(1:1)です。イスラエルが失地を回復し、強盛となりながら、社会は腐敗し、国民も堕落していた時代でした。アモスは、宗教的、社会的堕落を告発し、差し迫っている神の裁きを警告しています。1-2章には「三つのそむきの罪、いや四つのそむきの罪のために…」「なぜなら彼らは…したからだ」「だから私は火を送ろう。…火は…を焼き尽くす。」と同じ言い回しが繰り返されながら、アラム人(3-5節)、ペリシテ人(6-8節)、フェニキヤ人(9、10節)、エドム人(11、12節)、アンモン人(13-15節)へと、イスラエル周辺の諸国民に対する裁きが告げられています。「三つの、四つの」という言い回しは、「多くの罪」「重なる罪」の言い換えでしょう。アモスのことばが記憶に留まりやすいような、技巧的な書き方だったと言えます。
3.アモスのメッセージ
異邦人は、ユダヤ人と異なり、神の戒めである十戒を与えられたわけでも神の律法を教えられていたわけでもありません。にもかかわらず神は、異邦人にも、ユダヤ人同様に悔い改めを求められました。というのも人には誰もが同意できる普遍的な意識というものがあるものです。アモスが伝えた神のことばは、その普遍的意識に訴えるものでした。ダマスコとエドム、そしてアンモンは、残虐な侵略行為を、ガザとツロは非人道的な捕虜の取引を非難されています。神を信じないとしても、受け入れられることではありません。聖書の神は天地創造の万人の神です。人の心をもお造りになられたまことの神は、人の良心にその生き方のあり様を問うのです。今日も心を問われて恥ずかしくない歩みをしたいものです。

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