マタイの福音書8章

マタイの福音書8章 イエスの権威と五つ奇蹟

おはようございます。2021年1月17日、パスターまことの聖書通読一日一章です。継続は力なり。聖書を日々手に取り、心の糧とするなら、自然に養われてくるものがあるものです。今日もぜひ聖書を開きながら読んでください。今日はマタイの福音書8章からです。

1.五つの奇蹟

マタイは、5-7章でイエスのメッセージを取り上げ、イエスに権威があることを示しました(7:28-29)。続く8-9章では、イエスの奇蹟の業を取り上げ、その権威を裏付ける力のあることを示します。イエスの5つの業がメモ書きのように綴られていきます。

まず、ツァラアトに冒された人の癒しです。旧約聖書では、ツァラアトは、病気というよりも神に対する汚れとして定められていました。それは、医学的、衛生的というよりも、宗教的に汚れているのです。そこでツァラアトの人は神殿礼拝に参列することができませんでした。それが新約聖書の時代になると、ツァラアトは、重大な罪を犯したために受けた重い刑罰と見なされ、社会からも締め出されていくようになるわけです。そのような背景のもと、大勢の群衆に紛れ込んでいたツァラアトに冒された人が、イエスに助けを求めて呼びかけました。イエスが当時の普通の律法学者であったなら、この人物を叱り付け、追い出したことでしょうが、イエスは、彼に手を伸ばして触れ「きよくなれ」と宣言します。こうしてまず彼は宗教的な汚れを取り除く、宗教的な権威があることを示すのです。

続いて5節、百人隊長のしもべの癒しが記録されます。彼は、ヘロデ・アンティパスの指揮下にある下級将校で、異邦人でした。つまり彼もまた神に近づくことを許されない人でしたが、イエスに助けを求めてきました。注目すべきは、彼がイエスの権威を認め、その権威に信頼を示したことです。イエスは、彼の信仰を称賛し、さらに11節で、天の御国がこのような者たちのものであることを示します。こうしてイエスの権威は、もはや一民族、一国のそれではなく、全世界におよぶ、万人に対するものであることが語られています。

第三に14節、ペテロの姑の癒し(14-17)。それに続いて大勢の人々の癒しが語られ、マタイはこれらが預言者イザヤを通して言われたことの成就であるとまとめています。つまりこれらの奇蹟は、イエスが旧約で預言されたメシヤ、全人類の救い主であることを証拠づけるというのです。こうしてイエスの権威を認め、イエスに就き従う人々に、マタイはイエスのことばを引用して、イエスの弟子になることは安定と繁栄の道ではないと(20節)。また後回しに出来ない急務であると語り掛けます(22節)。

第四に、23節から嵐を鎮める奇蹟、28節からガダラ人の地での悪霊を追い出す奇蹟が記録されます。マルコやルカの福音書にある同じような記事と読み比べてみるとわかることですが、マタイはイエスの権威に読者の関心を向けるために、この出来事を取り上げています。つまり、イエスの権威は、一国や世界の国々のみならず、被造物世界全てに、さらに超自然的な世界にも及ぶものだ、というわけです。こうしてイエスが支配する世界の広さが示されているのですね。いみじくも、悪霊につかれた人は、イエスを「神の子」と呼びました。イエスを信じるというのは、イエスを神の子、すなわち神としての権威を認めることに他なりません。だからこそイエスの弟子になることは後回しのできない急務でもあるのです。イエスに従う心を持ちましょう。では、今日もよき一日となるように祈ります。

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