コリント人への手紙第一2章

パウロは、コリント教会の分派を戒める中で、自分はほとんどバプテスマを授けたことがない(1:14-16)と語り、自分の任務は、「バプテスマを授けさせるためではなく、福音を宣べ伝えるためであり、しかも知恵の言葉を用いずにそうするためであった」と語っている(1:17)。この2章においてパウロは、まずその宣教を振り返って語っている。つまり、自分の宣教は、ある人々には愚かしく聞こえるだろう。しかし、自分が来たのは、まさに、その愚かしく聞こえる福音を伝えるためである、と言いたいのである。
実際、パウロは、愚かしい福音を愚かしいままに語った。程度の高い、難しいことばづかいをしたり、美辞麗句を並べ立てたりはしなかった。本当に弁が立つ人物はいるものである。そしてコリントにはそのような雄弁家が溢れていた。しかし、パウロは、福音を粗削りに、単純に語った。神が私たちを救うために、キリストにあってしてくださった御業、いわゆる「十字架につけられたキリスト」そのものを語ったのである。
またパウロは、愚かしい内容を愚かしい心の状態で、つまり、大胆に、自信に溢れて語ったわけではなかった、という(3-4節)。事実パウロがこの地を訪れたのは第二回伝道旅行の時であり(使徒17-18章)、パウロはこの時ひどい落胆を経験していた。ピリピ、テサロニケ、ベレヤと、彼は狂信的なユダヤ人の反対に遭い、続くアテネの宣教もそれほど成功したわけではない状態で、コリントへ流れ着いていた。パウロの宣教の方針は、回心者を起こし、教会の基礎を固めながら、次へと移動することであったが、第二回伝道旅行では強力な反対者によってなし崩し的に移動せざるを得なかった。そして到着したコリントは、喧騒に満ち、プライドが高く、知性の高い町で、そこで宣教する前にまず軍資金を稼がねばならない状態であった。困難な宣教に立ち向かう努力と共に、生活の苦労があった。そしてシラスやテモテの同労者の合流によって心機一転、果敢に伝道を開始しようとするや否や、ユダヤ人の会堂を追い出され、ティティオ・ユストの個人宅を宣教拠点にせざるを得なかったのである。物事はすべて縮小方向、地の片隅に追いやられるような状況であった。だから、パウロは「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない」という主の幻がなければ、心折れる状況にすらあったことだろう。パウロは、自分が何の優れた能力も持たない、実に無力な敗北者であることを自覚させられ、ただひたすら、聖霊の力により頼まざるをえなかった。コリントの宣教は、まさにパウロの能力や経験とは別のところ、つまり聖霊の働きによってなされたのである。大切なことだ。神は、聖霊の働きを絶対的に信頼する人を求めているのであって、能力のある人、博学な人、雄弁な人が求められているわけではない。そういう人たちによってこそ宣教は進められ、教会は建てられるのである。
6節以降、パウロは、語るべき宣教のことばの性質について語る。おそらくパウロは、コリントのある人々、パウロの語ることに共鳴する人々を意識して、「私たち」と語っているのだろう。1節の「知恵」と6節の「知恵」には明らかに違いがある。1節のそれは、哲学者たちが語るような修辞学的で弁舌巧みなものである。しかし6節の私たちが分かち合うそれは、7節「隠された奥義としての神の知恵」、24節「神の知恵たるキリスト」のことである。神の知恵の性質の第一は、それがキリストに関することである、ということだ。そして、この世の人たちは、それを誰も知らなかった、もし知っていたら、キリストを自分たちの人生に無用である、と十字架につけたりはしなかっただろうということだ(8節)。それは、だれも考え付かなかったものだ。だからといって、ある日突如出てきたものではない。神を愛する者に、神が、永遠の昔から供えられていたものである。確かに、神のキリストにある救いの計画は、創世記を読むと理解できるように、アダムの堕落直後からスタートしていた(創世記3:15)。しかし、人類の歴史の中で、それを誰も理解する者はいなかった、という。
というのも、神の知恵の第二の性質は、10節、御霊によって知るものだからである。残念なことであるが、生まれつきの人間に、それを理解することはできない。それは、神の御霊の働きなくしては、わかりえない事柄である。ヨハネがイエスの言葉を紹介して語ったように、神の言葉を理解するには助け主が必要なのである。罪について、義について、さばきについて、世の誤りを明らかにする、真理の御霊の導きが必要なのだ(ヨハネ16:7-13)。神の御霊が私たちに霊的な光を与える。神の御霊が、私たちの心を照らし、私たちが罪深き者であることを悟らせてくれる。神の御霊が、私たちの目を開き、この罪深き者を救うのは、ただキリストイエスのみであることを悟らせてくれる。神の御霊が、十字架への感謝を引き起こし、悔い改めへと導き、新しい人生にまず第一歩を踏み出す決断を与えるのである。
実に、神の御霊が、神から私たちに賜った物を、私たちに知らせるのである。だからこそ、語る時には、御霊により頼む。御霊が働いて、御霊が諭させてくださるようにと。神の御霊による宣教、そこに徹していく者であろう。

コリント人への手紙第一1章

他の書簡と同じように、パウロは、挨拶ではじめている。特に注意したい点は、パウロが教会について語っているところだろう。パウロのことばに、教会がどういうものであるかを理解させられるところである。つまり、どの地域にあっても、また大小を問わず、教派を問わず、教会は神の教会である。そして教会は、三つの特徴を持つ。
教会は、「神」が召集されたものである。パウロが人集めをしてできたわけではない。また、神に召しだされた、神に属する者の集まりである。だからそれが、神に属する者として、世と区別されるのは当然のことだ。イエスは、宮きよめを行った際に、「私の家は祈りの家と言われている。」と語った。教会は、あたたかくヒューマニティに溢れている場、という印象以上に大切なのは、祈りの霊で満ちていることである。神を求め、神の御力を待ち望む雰囲気に満ちているかどうかである。最後に、教会は、「聖徒として召され、キリスト・イエスにあって聖なる者とされた」人たちの集まりである。「聖なる者とされた」は完了形で、聖別された結果がいまも続いている状態を指している。つまりそこは、もうコリントの社会風潮から区別された人々、もはや物質主義や名誉や金を求めて生きる、世俗の流れとは違う生き方をしている人が集まっている場なのである。教会は、建物の問題ではなく、人である。人であれば、そこに集う人のよしあしが教会のよしあしを左右する。教会の現在も、未来も、私たちの自覚と、知恵と行動に委ねられているのである。
さて、パウロは、ここでコリントの人々に感謝を表明しているが、実際には感謝しえない状況もあった。しかし、それでもパウロは、コリントの教会の人々に神が過去から未来に至る恵みを与えて下さったこと、そして、彼らが賜物に恵まれていた事実に感謝している。
続いてパウロは、単刀直入にコリント教会に起こっていた「分裂・分派」の問題に触れている。教会は、パウロ派(自由派)、アポロ派(知性派)、ペテロ派(律法主義派)、そして誰にも属さないキリスト派に四分していた。そんな状況に対して、パウロは、「同じ心、同じ判断を完全に保つように」と勧める。その一致を取り戻すためのポイントをいくつかあげている。
一つは、誰が私たちのために十字架にかかってくださったのかを覚えることである。一体、誰の名によってバプテスマを受けたのかをはっきりせねばならない。私たちにはどうしてもファンクラブメンタリティがある。どうしても目に見える人間のリーダーに従おうとする心がある。しかし、従うべきは目に見えない主ご自身である。二つ目に、私たちはどのように神のもとに召されたかを意識すべきである。私たちは十字架の弱さ、愚かさのもとに遜り、主の救いを受けた。つまり、私たちは自分たちの誇りを捨てた者である。確かに、人間が自分を誇り、頭をもたげ、上から目線で人を見ている限り、争いごとはなくならない。自分が罪人であることを深く自覚しない限り、人を裁く目つきが和らぐことはないだろう。人間は、元々裸である。しかし、成長の過程で、学歴、仕事、地位、伴侶、財産などを身に着け、そんな着膨れした自分を自分と思い、他人も自分もそれらの付属物を通して見るようになっている。しかし、本当のところ自分は裸なのだ、弱い罪人なのだ、という現実を受け入れ、お互いに理解し、受け入れ、支えあう気持ちを大事にすべきなのである。そこに豊かな人間関係も生まれるのである。

ローマ人への手紙16章

この16章は、ローマ人への手紙の一部ではなく、ローマ人への手紙(1-15章)に、加えて別に書かれたフィベの推薦状であったと言われる。フィベは、ケンクレヤにある教会のメンバーで、ローマにこの手紙を運んだ女性執事であった。彼女はルデヤのような(使徒16:15)、多くの人の支えとなった存在であった(2節)。以後、パウロが26人の個人、そして五つの家族の名前を数え上げ、挨拶を送っているのは、そのフィベをローマの教会の兄弟姉妹に紹介し、温かく彼女をもてなすように頼む意図もあったと思われる。
しかし、パウロがまだ一度も訪れたことのない町である。パウロがどうしてこれほどの人を知っていたのか、疑問視する声もある。そこでこれがローマではなく、エペソに宛てて書かれた別の手紙であったのではないか、と考える者もいる。実際、プリスカとアクラが聖書に最後に出て来る場面は、エペソである(使徒18:26、1コリント16:19)。またエパネトも、「アジアの初穂」とされている。つまり、小アジアでのパウロの最初の宣教の実であるとしたら、ローマではなくエペソとすべきだろう。また、17-20節にあるローマ教会への警告と勧告は、使徒20:28-31で、パウロがエペソの教会の長老たちに語った告別説教の内容に近い。実際ローマ教会に生じていた交わりの緊張状態は、非ユダヤ人の信徒がユダヤ人の兄弟に対して優越した態度を取り始めたことによるもので、ある種の異端によって引き起こされたものではない。
それでもこれがローマへ宛てられたものの一部である、と考えられるのは、7-15節にあげられた多くの名前の碑銘がエペソよりローマにあるという理由である。特に、「アンプリアト」(8節)、「ウルバノ」(9節)、「アベレ」(10節)、「ナルキソの家」(11節)、「トリファイナとトリフォサ」「ペルシス」(12節)、「ヘルメス」「パトロバ」「ヘルマス」(14節)、などの名前の研究からすればローマ説が有力なことと、先の17-20節は、現に起こっていることというよりは、これから起こる侵入者への警告と考えれば、矛盾はない、と思われるからである。
ともあれ、パウロの交友関係について言えば、それは、浅く広くでも、深く狭くでもない、広く深い付き合いと思わされるところがある。実際には、この世の社会ではどうであるかはわからないが、少なくともキリスト者間では、そういう広く深い付き合いは成り立つことだろう。というのも、キリスト者である、ということは、その出発点にまず自分の罪を認めて、悔い改めることがある。イギリスの説教家スポルジョンは、「自分自身が何者でもないことに満足しよう。なぜならば、それが諸君自身の姿だからである」と語ったが、まさに、私たちは、素直にその言葉を受け入れている者に他ならない。自分は、取るに足らない、誇るところの何もない者だ、そのような遜りのある人が集まっているのだから、自分を飾る必要も、背伸びした付き合いも不要である。この世の社会では自分の弱さを見せたら最後、あるいは、過去の失敗など決してさらけ出せないところだろうが、ありのままに自分を語り、分かり合い、受け入れあっていくのがキリスト者の世界である。そうであればこそ、自然に深い関係も育っていく。
何年も教会に通い続けながら、毎週日曜日、当たり障りのない会話をして帰るだけ、の信仰生活は実に惜しい。教会員としての特権と祝福を味わい損ねている。パウロは、宣教するだけが能ではなかった。彼にはいつでも、キリストにある新しい関係とキリスト者たちの共なる生活の分かち合いを豊かに進めていくことへの関心があった。教会は、キリストを頭とし、一人一人が教会の体の一器官として、互いに愛し、労り合い、励まし、支援し、分かち合い、仕え合う場である。
13節のルポスは、マルコ15:21に名前が出てくる人物と同じなのだろう。ただ、もしそうであれば、イエスの十字架を担ったシモンの経験が彼と彼の家族に救いをもたらしたと考えられる。「彼と私の母」という表現は、ルポスの母が、パウロに身内のように関わってくれたことを意味する。パウロには、神の栄光のために完全に自分自身をささげた同労者たちがいた。今日、日本のキリスト教会に求められているのは、こうした、神にささげきった人生を歩むキリスト者の存在である。この年になって思うことは、自分が満たされることだけを考える人生は結局いつか虚しさを抱えるようになることだ。自分の飽くなき要求に愛想が付くのだ。人は本当に、人の力になる人生を生きない限り、あるいは神を愛する人生を生きるのでない限り、決して満たされることはない。自分にとって都合の良い限り教会や教会の人とお付き合いするという発想が自分にはあるのだ、と気づくなら、神にささげていく人生を歩むことの第一歩となりうる。
17節から20節はすでに述べたが、聖書の教えではないものを教え教会を混乱させる者たちへの警告である。教会は皆が皆、信仰の徒であるわけではない。キリスト者とは名ばかりで、中身は世俗的な人間や、さらに、積極的にキリストのしもべの姿を取りながら、教会を騙そうとしたり、混乱を引き起こそうとする者もいたりする。それは、サタンの業である。だが心配することではない。教会の平和は、神が守ってくださるからだ(20節)。
21節からは、パウロの同労者からの挨拶である。彼らは英雄たちであった。テモテは、パウロの「信仰の子」であり、多くの困難を分かち合ってきた仲である(ピリピ2:19-24)。ルキオは、ヤソンとソシパテロと同様ユダヤ人の仲間である。テルテオは、パウロの口述筆記をした書記、ガイオはパウロがコリントに住んでいた時の家主(1コリント1:14)で、彼の家では家庭集会が開かれていた。エラストの名は、福音が身分の低い人たちの間だけではなく、高い人たちの間にも広まっていたことを伺わせる(1コリント1:26-31、6:9-11)。
最後の祝祷は、パウロが書いたものの中で最も長いものである。26節の奥義は、福音を意味する。エペソでいうユダヤ人と非ユダヤ人の合一という意味での奥義(3:6)ではない。「福音」は私たちを一つにするが、それは何よりも、私たちに霊的な変革をもたらし「強くする」のである。大切なのは、私たちは何者でもなく、強くする神である、ことだ。神の恵みと祝福によって、この教会も建てあげられてまいりたいものである。

ローマ人への手紙15章

最初の1-6節は、キリスト者の自由と配慮について語った14章を、キリストの模範を示すことによってまとめるものである。キリストのごとく愛を持って、弱さを担い、互いの徳をはかり、益を目指してく。そのために、キリストがそうであったように、神のことばにしっかりと根ざしていく。実際、聖書は忍耐と励ましを与え、希望を持たせるものだから、聖書が、私たちを互いに同じ思いにしてくださる力となるだろう、というわけだ。教会は、難しい時にこそ、話し合いも大事かもしれないが、まずないよりも一人一人が神のことばに立たなくてはならない。初代教会の一致が乱された最初の危機は、使徒たちがあまりにも忙しすぎて、神のことばと祈りに専心できないことからきていた(使徒6:1-7)。だから、不和がある時にこそ、議論ではなく、みことばと祈りに集中するならば、私たちは調和を取り戻し、神に栄光を帰す結果を持つことになる。互いに受け入れあい、徳を高めあい、そして喜びを持ちたいものである。
そもそも、非ユダヤ人も福音によって祝福されるのは、旧約の時代にはっきりと預言されていたことである(9節)。パウロは入念に、旧約聖書の律法(10節、申命記32:43)、詩篇(9節、詩篇18:49、11節、117:1)、預言書(12節、イザヤ11:1)から引用してその証拠を示す。信仰を持つ非ユダヤ人も信仰を持つユダヤ人と共に一つとされ、神の民の共同体に加えられるのである。だから受け入れ合うことが勧められ、互いが共にあることで、喜び、平安、信仰、希望に満たされるようにと祈っている。
さて、14節以降の15章後半は、個人的な陳述である。パウロは、約20年近く異邦人への宣教者として働いてきた。初め、パウロは教会を迫害し、それを破壊しようとしていた。しかし神の哀れみを受けて、パウロは、使徒とされ、キリストに仕える者となった。そして今や、エルサレムからイルリコにいたるまで福音を宣教した。ガラテヤ、小アジア、マケドニヤ、アカヤの幹線道路に沿った主要都市には、パウロの働きによるキリストを信じる群れが立ち上がっていた。パウロはその働きに誇りを持っているし、まだまだその働きを進めたいと考えていた。しかしそれは単なる拡張主義ではない。パウロは、自分のしていることが「祭司の務めを果たすことであり、異邦人を聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とする」尊い働きに与ることだ、としっかりとした認識を持っている。福音宣教が拡大の結果を生むことがあっても、その働きの本質は、祭司の務めに与ることである。それは、教会の形式を建てあげることではなく、キリストにある新しい関係とキリスト者たちの共なる生活の分かち合いを進める働きである。教会では、愛、労り合い、励まし、支援、分かち合い、仕えることが大事にされなくてはならないのである。そしてそれは具体的なものである。
パウロは、ユダヤ人が非ユダヤ人と分かち合うべきものがある、とする(25-33)。パウロとその仲間は、ギリシアにある異邦人の教会からエルサレムにあるユダヤ人の聖徒たちに対する特別献金を与っていた。この献金の詳細については、2コリント8-9章に記されており、過去2年ほどで計画され、今やようやく手渡す用意が整っていたものである。この特別献金にはいくつかの目的があった。第一に、ユダヤ人兄弟たちに対する異邦人の愛を形にしている。第二に、貧しいユダヤ人信仰者が最も必要を感じている時に、実際的に救いの手を差し伸べることであった。そして第三に、ユダヤ人と異邦人の教会を一つにすることに役立った。確かにそれは、お互いの絆をより強いものにした。パウロは、この献金を、負債を返すことであるとみなしていた。異邦人たちは、霊的な豊かさをユダヤ人から受けていたからである。だから物的な豊かさを自分たちの負債のためにお返しするわけである。またこの献金は、負債を支払うものであると同時に、「実」と考えるべきものであった(28節)。蒔かれた種によって生まれた実であった。実に、教会の愛の交わりは、理想ではない。実質愛が交わされなくてはならないのである。そして愛が交わされ、徳が建てられていくように心を砕く、宣教者の務めがある。
30節にある「力を尽くして」ということばは、競技において自己ベストを尽くす競技者をイメージしている。おそらくこのことばは「一緒に戦う」という方がよりよい表現だろう。私たちの祈りに、いよいよ熱を込めていきたいものである。

ローマ人への手紙14章

キリスト者の成熟の問題をどのように考えるか、パウロは、すでに7章でこの問題を扱っている。キリスト者として信仰はスタートしたものの、実際には、変わり切れない自分を抱えて、信仰を否定すらしたくなることはあるだろう。だが、8章以降、私たちは、すべては上から与えられるのであり、神の内なる業に信頼すべきこと、また決してこのような私たちが見捨てられることはなく神が完成してくださることに期待すべきことをすでに、学んできた。
14章において、さらに具体的にこの問題を考えてみたい。パウロは、問題となりやすい二つの生活領域を取り上げる。一つは食べ物、そして、もう一つは特定の日を宗教的に守ることである。当時、エルサレム会議での議論によれば、偶像にささげられた動物の肉を食べてはいけなかった(使徒15:20、29)。現代でもユダヤ人はコーシャス規定というものを持っていて、かのハンバーガーショップのマクドナルドですら、肉とミルク製品は別途のカウンターで扱っている。イスラム世界ではハラール認証というものがあるが、イスラエルではレストランにコーシャス規定のマークを表示するのは、普通のことである。
ともあれここでの問題は、異教社会で生活しているキリスト者の間で必然的に起こってきた問題であった。パウロは、コリント教会への手紙においてもこの問題を扱っている(1コリント10:23-33)。異教の都市の肉屋で売られている肉の多くは、異教の神にささげられた動物のものであり、キリスト者の中には、そうした肉を買うことに良心的な咎めを感じる者もいた。パウロは、そこで異教の神など実体がないものだから、良心の咎めを感じる必要はないのだ、と言いながら、全てのことが許されていると言っても、全てが益にはならないし、むしろ、神の栄光を表すという観点から、愛をもって、互いの徳を高める生き方をするように勧めている。
ここでも基本的に同じことを言っている。異なる確信や良心の縛りにあるキリスト者が、同じ交わりの中にある時に、一つの価値観となるように徹底して教育する、あるいは、お互いに徹底的に議論して、統一見解に達する、パウロはいずれも求めていない。まあ、考えてみれば、たとえ考え方がこの点で一つになろうと思うことがあっても、人それぞれに心のペースがあるものだから、当たり前と言えば当たり前である。
まずパウロは、それぞれに確信を持ち、互いに受け入れ合うべきことを語る(14:1-12)。互いに相手の状態を理解しあい、他人の行為を裁かないように、と勧めている。そして「信仰の弱い人」と思われるような人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけない(1節)と語る。「信仰の弱い人」というのは、霊的に幼く、本質的なものと非本質的なものとの区別がつかない人のことを言う。他方「信仰の強い人」は、キリストにある霊的な自由を理解し、ある特定の食べ物や聖なる日の奴隷にならないような人たちであるが、彼らの問題は、霊的に幼い人々を受け入れられない愛の乏しさにあった。彼らは、神が自分たちを受け入れ養い育ててくださったように(3節)、弱い者を裁いたり、軽蔑したりせずに受け入れ、その成長を見守るべき立場にあった。
だからパウロは、個人の確信を一々言葉に言い表して、争い事を深めるようなことをせず、まず「自分の心の中で確信を持つ」べきことを勧める(5節)。ルターは、「キリスト者はすべてのものの上に立つ最も自由な主人であって、だれにも従属していない」(『キリスト者の自由』)と語っているが、信仰者の歩みは、ただ神の前に生き、神に責任を問われるものである。やがて私たちは皆、神の前に立って、自分の生きて来た人生について申し開きをしなければならない(12節)。裁くのは神であって、人ではない。弱いキリスト者も、強いキリスト者も互いにさばきあうのではなく、自分の確信は自分のものとして持て、という。確かに、裁いたり、軽蔑したりすることは自分の尺度を押し付け、自分のようになれ、ということに他ならない。これが災いの元であることは言うまでもない。ちなみに、多元的に相手の価値や生態をあるがままに見て、受け止めていく、これは、文化人類学者に学ぶところが多い。
そこで、この原則を理解した上で、弱い、強いということを言うのであれば、強さは、配慮に現れる、というのが、後半の語るところだろう。ルターは、先の言葉の後で、「キリスト者はすべてのものに最も奉仕するしもべであって、だれにも従属している」と語っている。つまり、成熟したキリスト者は、きわめて自由に生きることができるが、他人との関係においては配慮を持ち、その自由を喜んで制御できるのである。人を躓かせ、悲しませ、悩ませるぐらいだったら、自制した方が互いの益となるだろう。成熟したキリスト者が、自分が良しとしていることで、そしられるようであってはいけない。良いと思っていることは、主観的ではなく客観的に誰にでも認められるものでなければならない(18節)。
そういう意味で、私たちは「平和に役立つこと」と「お互いの霊的成長に役立つこと」とを求めたいものだ。つまり、あの人はあるいは自分は「弱い」とか「強い」とは言っても、実際に、弱いも強いもない。弱い者は未熟、強い者は成熟なんかではない。弱い信仰者は、「恵みと救い主イエスを知る知識におい成長」できるように保護され、励まされる必要があるかもしれない、しかし、少し先に進んでいるかもしれないという強い信仰者も、愛において成熟しなくてはいけないのだ。良心は知識によって強められ、知識は愛によって整えられるべきものだ。強いといえども、成熟の余地は、さらに多くあるのであって、互いに成長とそのための支え合いを必要としている。神の国が、「義と平和と聖霊による喜び」を第一とするのだ、というのはそういう考え方を持ってこそ成り立つものである。
だから、私たちは互いを建てあげるという気持ちを持つことが大切だ。イエスの時代のパリサイ人のように、仔細なことに拘り、ぎすぎすした雰囲気をかもし出すのではなく、義や平和や喜びが私たちの内に互いに実現するように、かかわっていくのだ。弱いも強いもない、それぞれがそれぞれの信仰の課題を抱えている。そして他人との比較の中に信仰を生きる発想ではなく、ただ神の前に責任を負うという発想にならない限り、決して、信仰の成熟を達成することはできない。自分に対しても、他人に対しても、寛容であり信仰を育てるという姿勢を持って、今日の一日も歩ませていただこう。