2歴代誌29章

29章 ヒゼキヤの宗教改革

<要約>

おはようございます。ヒゼキヤの宗教改革は、イスラエルのそれまでの堕落を辿る歴史の流れを大きく変えるものでした。しかしその原理は極めて単純であり、ただ神に立ち返ること、原点に立つことであったのです。私たちも基本を大事にしたいところでしょう。主と盟約を結び、主に従う思いをしっかり持つ。そして、今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.神に立ち返る

ヒゼキヤの宗教改革の記録であるが、ここに、私たちが、どのように神に立ち返るべきかが教えられている。

第一に、主と契約を結ぶことだ(10節)。アブラハムもダビデも皆、主と契約を結び人生を始めている。神との関係を明確にし、人生を再スタートすることである。アブラハムは、祝福の契約を神と直接交わしたが(創世記12章)、私たちは、キリストにおいてそれを交わすのである。つまり、十字架にある罪の赦しを自分のものとし、神の特別なあわれみのもと、新しい人生と祝福が許されていること信じる信仰に立つことだ(ヘブル8:13)。バプテスマはそのしるしである。そして聖餐式は、その確認の時となる。神の前に罪から離れ、悔い改め、主との契約を更新することに、ためらっていてはならない。いつでも自分が主から離れていると思う時には、悔い改めて、キリストのもとに集い、主の契約を確認し、その契約に立つことが大切なのだ。

そして第二に、自分の祭壇と宮を聖めることだ。ヒゼキヤの時代、神殿の玄関は閉じられ、ともしびの火も消され、香をたかれることも、全焼のいけにえがささげられることもなかった(7節)。同じように、自分自身の礼拝に向かう足はとどめられ、聖書も閉じられて棚に眠り、祈りの香もたかれず、神への献げ物もなされないことが、あるだろう。しかし、もう一度聖書を取り上げ、祈り、教会の門を叩くのである。神に従い、神に栄光を帰す人生をしっかり歩むことだ。そのために、教会に足を運び、あなた自身の祈りといけにえをささげるのである。

第三に、神に身をささげ、感謝と賛美のささげものを携えて歩むことだ(31節)。ヒゼキヤの宗教改革は、新しさを求めてなされたものであるが、契約の更新にしろ、身の聖別にしろ、感謝と賛美のささげものにしろ、新しいものは何もない。全てダビデ時代の礼拝の復興である(27節)。

2.ヒゼキヤの改革と捕囚期後の改革

ここでヒゼキヤの礼拝の復興が、読者にどんな意味を持ったのかを考えたい。捕囚帰還後、主の神殿の礎が据えられた時に、彼らは、まさにダビデの規定によって、ダビデ時代の楽器をもって主を賛美したのである(エズラ3:10)。さらに、彼らは、城壁を築き直された後も、歌い手を任命し、またその最初に律法の書を朗読し、主に対する契約を更新した(ネヘミヤ7-9章)。読者は、まさにこれらのイスラエルの歴史に教えられて、自分たちの生活を築き直した、というべきだろう。

となれば、私たちも歴代誌をただ、イスラエルの歴史として読むのではなく、ここに、私たちの信仰の範があるとして読んでいく必要があるのだ。

大切なのは、神にしっかり結びつく再スタートを切ることだろう。人を見て信仰生活をし、教会生活をすることからは卒業しなくてはならない。もっと大人になって、人がどうであれただ神と結びついて信仰生活、教会生活ができていくことが大切なのだ。人を見ているようでは、信仰は深まらない。信仰の創始者であり、完成者であるイエスを見上げ、イエスにのみ従う、そのような歩みをしなくては、信仰の高嶺に踏み進むことはできない。山登りもいよいよ高嶺に近づき難所にさしかかれば、足取りに注意しつつも、目標の山頂を見上げながら一歩一歩と足を先に進めて行くのと似ている。信仰も高嶺に踏み進めば進むほど、山頂を目指してただ一人、上へ上へと進むようになる。そしてただ主をのみ仰ぎ、主の導かれる高嶺へと、一歩一歩確実に足を踏み進めていくようになる。いつまでも皆と一緒という発想からは脱皮していこう。そして確実に、自分自身を磨き上げる、信仰の完成を目指して歩ませていただきたいものだ。

2歴代誌28章

28章 アハズの不従順

<要約>

おはようございます。振り子が右、左と振れるように、ユダ南王国の指導者の信仰の姿勢は、揺らぎます。そのたびに、ユダ南王国の景観は変化していきます。真の神を信じる歩みは、実に神の光に照らされる、真夏の空のように冴え切ったものでしょう。光の子として真に神に応答する歩みをさせていただきたいものです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.アハズの信仰の姿勢

アハズの父ヨタムは主の目にかなうことを行う忠実な信仰者であった。祖父であるウジヤも、ツァラアトに冒され、主に従うべき教訓を残しているが、そのような環境に育ちながらも、アハズは、信仰を継承することはなかった。アハズは、「イスラエルの王たちの道に歩みバアルのために鋳物の像を作った」(2節)。ベン・ヒノムの谷は、モレク礼拝、つまり、子どもを神にささげる慣行が行われたところである。子どもが火傷することなく火の中を通過するきよめの儀式とも、また、子どもが犠牲動物と同じように、生きたまま火で焼かれて、偶像にささげられたとも考えられている。それはモーセの律法では厳重に禁じられた行為であった(レビ18:21,20:1-5)。しかし歴史的には、ソロモンがこのための祭壇を築いたのが最初で(1列王11:7)、その後イスラエル北王国では習慣的に行われた。後にヨシヤ王が、この祭壇を破壊しているが(2列王23:10)、いつしか復活し、捕囚期に至るまでその悪習は続いている(エレミヤ7:29-34)。余計なことかもしれないが、知恵者と呼ばれたソロモンがモレク礼拝を導入した最初の人物であった点を考えると、彼の評価されうる知恵は、まさに神に与えていただいたものであって、ソロモン自身が知恵者であったわけではない、と思わされるところである。謙虚に神に求め続けなければ、人は、受け入れがたい知恵に生きるようになる。

ともあれ、これまでの流れからすれば、歴代誌の著者は、滅びに向かう民(27:2)の先頭を走る王を描いていることに注目される。国民が堕落し、それに輪をかけて王が堕落するならば、救いようがない。アハズの父ヨタムはユダの滅亡に歯止めをかけようとしたが、その子アハズはユダの滅亡を加速させてしまった。

2.アハズへの神の裁き

神はこのようなユダを裁かれた。アラムとイスラエルの連合軍によって、ユダが蹂躙された様子が描かれている(5-8節)。またエドム(17節)、ペリシテ(18節)とあらゆる国に攻められている。

ただ、神はイスラエルの同胞が、ユダ南王国の者を捕虜にすることを許されなかった。そのエピソード(9-15節)が、実に奇妙である。つまり純粋な信仰共同体を象徴するユダに対して、堕落の象徴となるイスラエルの姿が逆転しているのである。彼らはいたって良心的で、神の言葉を恐れる者たちとして描かれている。イスラエルは、預言者オデデの忠告を素直に受け入れ、自分たちの罪過にもう一つの罪を加えることのないようにしているのだ。レマルヤの子ペカは悪王とされたが、その王のもとにあるエフライム族のかしらたちには、預言者のことばに従う信仰的、良心的な民族として描かれている。つまり堕落しているはずのイスラエルが、逆に良いと見えるほどに、ユダは、民も王も堕落したという書き方である。

3.アハズのさらなる背信

19節、主が「ユダの王アハズのゆえにユダを低くされた」というのは、単に王の良しあしが国の運命を決したというよりも、すでに堕落の一途を辿る民たちに王が歯止めをかけることができなかった、ということなのだろう。アハズは、とうとう人間的なものを頼み始めた。アッシリヤに助けを求めたが、それは返って自分の首を絞め、悩ますものとなった。さらに、ダマスコとの戦争に負けると、その神々を拝むようになり、主の宮を閉鎖し(24節)、エルサレムのすべての「まち角」に異教の宮を立てた。彼は、自らの敗北がアラムの神々によるものではなく、彼の神、主によるものであることを一貫して認めなかったのだ。こうして再びエルサレムは、異教の様相を呈するようになった。

アハズの混迷ぶりが描かれている。捕囚後の礼拝再建を目指す民に求められたことは、民一人一人の神に対する応答と従順である。イスラエルの王ではなく軍勢が、預言者のことばに応答したように、私たち一人一人が、指導者の姿勢とは別に神に応答することである。あるいは指導者自らがしっかりと神に応答することである。

アハズの治世は悲しい最期をもって閉じられている。彼は王族の墓から離れた場所に埋葬されてしまった。そこに神の裁きがある。礼拝再建は、指導者と民が一つになり、心から主に応答することによって達成される。皆で真の応答を形作る者となりたい。

29章 ヒゼキヤの宗教改革

ヒゼキヤの宗教改革の記録であるが、ここに、私たちが、どのように神に立ち返るべきかが教えられている。

第一に、主と契約を結ぶことだ(10節)。アブラハムもダビデも皆、主と契約を結び人生を始めている。神との関係を明確にし、人生を再スタートすることである。アブラハムは、祝福の契約を神と直接交わしたが(創世記12章)、私たちは、キリストにおいてそれを交わすのである。つまり、十字架にある罪の赦しを自分のものとし、神の特別なあわれみのもと、新しい人生と祝福が許されていること信じる信仰に立つことだ(ヘブル8:13)。バプテスマはそのしるしである。そして聖餐式は、その確認の時となる。神の前に罪から離れ、悔い改め、主との契約を更新することに、ためらっていてはならない。いつでも自分が主から離れていると思う時には、悔い改めて、キリストのもとに集い、主の契約を確認し、その契約に立つことが大切なのだ。

そして第二に、自分の祭壇と宮を聖めることだ。ヒゼキヤの時代、神殿の玄関は閉じられ、ともしびの火も消され、香をたかれることも、全焼のいけにえがささげられることもなかった(7節)。同じように、自分自身の礼拝に向かう足はとどめられ、聖書も閉じられて棚に眠り、祈りの香もたかれず、神への献げ物もなされないことが、あるだろう。しかし、主と契約を交わしたのなら、私たちは、自分の主をしっかり認めなくてはならない。神を主とし、神に従い、神に栄光を帰す人生をしっかり歩むことだ。そのために、閉じられた門を開き、祭壇を聖め、あなた自身の祈りといけにえをささげるのである。教会に足を向け、聖書を開き、みことばに従う決心を新たにし、神にいよいよ祈り、心からの悔い改めとささげものを携えて神に近づけ!それが求められていることになる。

第三に、神に身をささげ、感謝と賛美のささげものを携えて歩むことだ(31節)。ヒゼキヤの宗教改革は、新しさを求めてなされたものであるが、契約の更新にしろ、身の聖別にしろ、感謝と賛美のささげものにしろ、新しいものは何もない。大切なのは、神にしっかり結びつく再スタートを切ることだろう。人を見て信仰生活をし、教会生活をすることからは卒業しなくてはならない。もっと大人になって、人がどうであれ神と結びついて信仰生活、教会生活ができていくことが大切なのである。人を見ているようでは、信仰は深まらない。信仰の創始者であり、完成者であるイエスを見上げ、イエスにのみ従う、そのような歩みをしなくては、信仰の高嶺に踏み進むことはできない。山登りもいよいよ高嶺に近づき難所にさしかかれば、足取りに注意しつつも、目標の山頂を見上げながら一歩一歩と足を先に進めて行くのと似ている。信仰も上級になればなるほど、山頂を目指してただ一人、上へ上へと進むようになる。ただ主をのみ仰ぎ、主の導かれる高嶺へと、一歩一歩確実に足を踏み進めていくようになる。いつまでも皆と一緒という発想からは脱皮していこう。そして確実に、信仰の完成を目指して歩ませていただきたいものだ。

2歴代誌27章

27章 ヨタム

<要約>

おはようございます。ヨタムの短い治世が語られます。「善生は長生にまさる」実に、短くも、神の前に自分の道を確かにして生きる人生は、よき報いを受けるものでしょう。それは、一つの範というべきでしょう。何を範として生きるか。それは、神に向かう内面的な姿勢であるはずです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.ヨタムの時代

ヨタムは、神に大いに祝福された。それは、「彼の神、主の前に、自分の道を確かなものとした」(6節)からである。彼は、主に従うことを第一とした。ヨタムの生涯は、短く、その統治期間も長くはない。しかし、「善生は長生にまさる」(山室軍平)と言うように、どれだけ長く生きたかではなく、どのように生きたかが大切だ。ヨタムは、基本的に父ウジヤの事業を引き継いだ。神殿を修復し(3節)、ユダの山地を開墾し、町を開発した(4節)。軍事力を強化し、アンモン人を支配し、貢物を納めさせるようになる。ヨタムは勢力を拡大していき、神の前に自分の道を確かなものとしていった。

しかし、そのような王の姿勢とは全く釣り合わずに、国民の霊性は下降線を辿っていたのである。「民は依然として滅びに向かっていた」(2節)とある。この時代に預言活動をしたイザヤは、「反逆に反逆を重ねて。頭は残すところなく病にかかり、心臓もすっかり弱り果てている。足の裏から頭まで、健全なところはなく、傷と、打ち傷と、打たれた生傷。」(イザヤ1:4-6)と民の状況を伝えている。民は偶像礼拝に毒され、正義を捨て去り、肉の欲のままに生き、滅びに向かっていた。ユダ南王国は物質的には繁栄していた。しかしその霊性は、堕落、反逆と病に満ちていたのである。

2.国民への神の期待

ユダ南王国が繁栄したのは、ヨタム王一人の霊性によるかのようにすら思われる。ヨタム王に免じて、神がイスラエルの国を守られた、とも読める。しかし、神は、イスラエルの国民に全く期待しなくなった、ただヨタムだけを見ていたわけではない。

少し遡って、25章からの流れから見ると、イスラエルの国を再生する主要な役回りに注目される。25章は、国王と預言者、26章は国王と祭司、そしてこの27章は国王と民の組み合わせをもって、イスラエルの歴史が綴られる。つまり、預言者(25章)、祭司(26章)によって、宗教的な純粋性への警鐘が鳴らされ、国王が神の前にいかに生きるかが語られてきた。しかし、国家を形作るのは、国王のみではない。27章では、民もまた主の前に自分の道を確にし、神にしっかり心を向けるように促されているのである。

7-9節は結びの定型文となっている。ヨタムは、正常な形で葬られたことが記されている。これは、ある意味で、これまでの王の死に方からすれば、稀である。ヨタムの正しさを認めることばなのだろう。

ともあれ捕囚帰還後、この書の読者が思ったことは、王が神の前に自分の道を正した、というのであれば、その臣下である自分たちも同じように、というメッセージであったのだろう。教会としても同じメッセージを受け取る必要がある。献身者だけが神に献身しておればよいのではない。教会を構成する信徒一人一人も自分たちの責任において、神の前に自分たちの道を確かにしていくことが期待されている。確かに、現代の世は、必ずしも、クリスチャンに味方をしてくれるものではない。私たちが信仰に生きようとするならば、その意気をくじき、足を引っ張ることばかりである。しかしそのような中であえて、地の塩、世の光としての生き方を選びとっていく、その姿勢を神が祝し、道を整えてくれることを、信頼して歩みたいものである。

2歴代誌26章

26章 ウジヤ

<要約>

おはようございます。聖書を読むことを心させられるのは、今日のような個所を読めばこそでしょう。本当に、自己流ではない、聖書に根差した信仰を深めていきたいところです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.ウジヤの成功

ウジヤは、アマツヤのように国に偶像を持ち込むことはなかった。ヨシャパテのように間違った同盟を組むこともなかった。ウジヤが失敗したのは、彼の心の高ぶりの故であった。

ウジヤの統治期間は52年とされ長期政権であるが、父アマツヤとの共同統治期間や晩年、ツァラアトに冒されヨタムに統治を任せた期間を考えると、実質の統治期間はそれよりも短くなる。しかし、彼が、王として有能な働きをしたことに間違いはない。たとえば、港町エラテ(エツヨン・ゲベル)を再建している。エラテは紅海のアカバ湾最北端にあり、ソロモンの時代には、南方貿易港として用いられていた。この町の再建は、ユダ国衰退期にエドムやアラムに奪われていた町の奪回を意味した。また、西南方に進出し、ペリシテ人の町アシュドデ、ガテ、ヤブネ、そしてグル・バアル(ゲラル)を征服し、ペリシテ人のみならず、東のアモン人をも制圧した。彼の支配圏は拡大し、さらに、父アマツヤ時代にイスラエルによって破壊された城門を再建した。彼の兵力は30万余、父アマツヤとそれほど大きくは変わらない。しかし、彼は兵力の不足を補う新兵器を開発し、軍備と防衛に努めている。「彼が驚くべき助けを得て、強くなった」(15節)というのは、そうした彼の知恵ある働きの背後に、神の守りと支えがあったことを意味するのだろう(5節)。「彼は農業を好んだ」(10節)とあるように、本質的に平和主義者で、産業を発展させ、その名は、遠くまで鳴り響いたという。

2.ウジヤの失敗

しかしその繁栄の絶頂期に、彼は、王としての一線を越えてしまうのだ。ウジヤは、香の壇で香を焚く、祭司にのみ許された行為をしようとした。それは当時、エジプトで王が神として崇められたことの影響なのかもしれない。エジプトでは、王は政治的首長であるのみならず、宗教上の首長であり神の代理人であった。しかし、イスラエルの王に祭司的機能は与えられていなかった。彼の宗教上の務めは、祭儀を行うことではなく、律法を自ら教え、律法に従う範を示し、民を神の民として整えるように、律法を教えていくことにあった(申命記17:18-20)。彼は、宗教的であるよりも何よりも、聖書的であらねばならなかったのである。ウジヤは、神に裁かれ、ツァラアトに冒された。

不思議なことに著者は、こうして強くなっては高ぶり、神に打たれる王たちの行状を淡々と記録していく。捕囚帰還後の民はこれをどのように読み、受け止めたのだろうか。彼らは廃墟であるエルサレムと神殿を建て直す日々の中で、繁栄によって高ぶり、打たれる王たちのエピソードを聞かせられるのである。読者の目線で読む時に思わされることは、彼らが目指す再建は単なる往時の繁栄を取り戻すことではなく、真に神を恐れ、神に従順な聖書的な共同体を作りだすことにある、ということではないか。ただ物質的に往時の繁栄を取り戻すのではない。まことに神のみ教えに立ち、その栄光と平和と愛に満ちた霊的な繁栄を目指すのである。

先に殺されたゼカリヤ(本章のゼカリヤはその子孫という説もある)は、「なぜ繁栄を逃すのか」と叫んだ(24:20)。実際のところ彼らは、栄えていなかったわけではない。彼らの街は物質的に豊かになっていたのみならず、様々な偶像が至る所に建てられていた。彼らは繁栄してはいたが、それは聖書的なイメージの繁栄ではなかった。その点ウジヤは、ヨアシュのように偶像を持ち込むことはなく、むしろ聖書的な繁栄に近付く歩みをしたのだが、やはり、ズレがあったのであり、そこは修正されなくてはならなかった。

読者が感じたのは、神を首長とし、王も民も、皆が神のしもべとして役割を持って仕える神の国を再建する、その正確なイメージを求めることだった。私たちの教会形成の営みも、キリスト教会と名を掲げたはいいが、宗教的ではあるが聖書的ではない、ということがあってはならないのである。十字架にある罪の赦しと神の愛を語るクリアなイメージが失われてはならない。ただ、勢いのあるイメージの教会でもない。まことに主のみ教えを喜びとし、神の愛に生きる、主のしもべの共同体を育て上げることが大切なのである。

 

 

2歴代誌25章

25章 アマツヤ

<要約>

おはようございます。昨日のメッセージに不足があったので、初めにそれを付け加えておきます。やはり聖書通読ブログの成果が問われるのは、文脈的な読み方ができるかにあるのでしょう。聖書の流れや全体的な理解から読み解いていく、ということが大事なのだと思います。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.「繁栄を逃すのか」の意味

昨日のブログにもう少し補足をしておこう。ゼカリヤは20節、「あなたがたはなぜ繁栄を逃すのか」と語った。その意味は、主に逆らって祝福を逃すのか、という単純なご利益的な警告ではない。むしろ歴史的な警告である。聖書通読の意味は、文脈的な理解を進めていくところにある。つまり文脈、少し歴史をさかのぼってみれば、ヨシャファテの時代に、多いに主が誇りとされ、主を中心とする神の民の形成が進んだのに、思慮のないヨシャファテのゆえに、王国は一つのリスクを背負っていく。ヨラムとアタルヤの結婚である。アタルヤはイスラエル北王国のアハブの娘、つまり偶像崇拝者イゼベルの娘である。その母に育てられた娘と結婚したヨラムは、当然、ユダ南王国にイスラエル北王国の偶像崇拝を持ち込み、せっかく父祖の神に求め、その命令に従って歩み、イスラエルの行いに倣わず、ダビデの最初の道に歩んだ父ヨシャファテの努力を水の泡にしてしまうのである。そしてヨラムの息子アハズヤは、一層、偶像崇拝に拍車をかけていくことになる。そしてアハズヤが死ぬと、悪女アタルヤが政権を握るようになり、アタルヤは、ダビデの子孫をことごとく、粛清し、神に従うダビデの伝統を徹底的に消し去ろうとする。こうして、ヨシャファテの時代、ユダ南王国からは、高き所とバアル、アシェラはことごとく取り除かれたのであるが、再び、街には、偶像があふれかえるようになったのだ。ユダ南王国の街の景観は、数十年を経てして、全く異なるものとなってしまった。だが、そこに祭司エホヤダが、粛清からヨアシュを救い出し、7年匿って、ダビデの伝統を回復したというのが、23章のクーデターの意味である。そして、24章の前半は、イスラエルを再び神の民の国とした、エホヤダとヨアシュの改革努力が語られている。その最も最たる頂点は、14節、神殿が修復され、新しくされ、エホヤダが生きている間、「絶えず全焼のささげ物が献げられた」、ということである。イスラエルは、全焼のささげ物を献げ、神の赦しと愛と恵みに生きる、素晴らしい神の民の国を再興したのである。ところが、エホヤダが死ぬと、ヨアシュは、この努力をまったく無にしてしまう。だから、そこにエホヤダに与えられた神の意思を継いだゼカリヤが興され、「なぜ主の命令を破り、繁栄を逃すのか」(20節)と語られるのである。繁栄は、「栄える」、または、「成し遂げる」と訳されることばである。本当は、このような文脈を汲んで、なぜダビデの伝統に立ち、偶像を一掃し、真の神にのみ仕える、神の民の形成の努力をなぜ中断するのか、「なぜ主の命令を破り(神の民再興の働きを)成し遂げないのか」と訳すべきところではないか。実際それが、歴代誌の著者の意図であったことは間違いない。歴代誌の読者は、神殿再建を妨害によって妨げられていた人々である。彼らに向かって、なぜ神殿再建、神の民の再興の努力を止めてしまうのか、再建し続けよ、と、語り掛ける神のメッセージは、ハガイ書や、マラキ書と一緒に、力強く、彼らの歴史からのメッセージとなったはずなのである。ただ神々を喜ばせるいけにえをささげる偶像崇拝者ではなく、全焼のささげ物をささげ、その本質的な意味、つまり罪のゆるしと宥め、という素晴らしい恵みに生きる神の民の形成の努力を成し遂げるべきではないか、というのが、ゼカリヤのメッセージなのだろう。その罪の赦しと恵みの祝福を退けるならば、主を捨て去ることになる。確かにそのとおりである。私たち日本の教会においても罪の赦しは、教会の第一の本質的なメッセージである。その罪の赦しと恵みが語られる教会形成の努力はいとも簡単に、神々にいけにえをささげるような偶像崇拝者的な営みに堕し易いものである。教会が、律法主義的な集団になり、儀式を重んじるカルト集団的なものとなり、その逆に単なる大衆受けの良い、しかし忙しい行事屋になることはありうることだ。しかし、教会は、キリストという全焼のささげ物が明確に示されるところ、つまり罪の赦しと神の宥めを高らかにかかげ、その祝福を大いに宣言するところである。その旧約的、新約的伝統をしっかりと示し、そこを守る努力あるいは、そこを建て上げる、再興する努力を怠ってはならないのである。

2.アマツヤの改革

さてヨアシュを継いだアマツヤは、「主の目にかなうことを行ったが、全き心を持ってではなかった」(2節)と言う。歴代誌の著者は、そのアマツヤについて、いくつかのエピソードを取り上げる。一つは、彼が王位に就き、強くなると自分の父、王を撃ち殺した家来たちを殺したものの、神の律法によって処刑者をむやみに増やすことはしなかった、というものだ。彼の心には、主を恐れる思いがあったのだ。

次にエドムとの戦争のためにイスラエルから銀百タラントで十万人の勇士を雇ったことである。往時のイスラエルは、アサの時代で58万(14:8)、ヨシャファテの時代で116万(17:14-18)の戦力を誇っていた。しかし、彼が集めた精鋭は、30万、いささか力不足と思えたのだろう、傭兵を雇ったという。しかし、これも神の人に反対されると、惜しみながらも手放している。神のことばのとおりにしなければ、よからぬことが起こる、とでもいような不安があったのかもしれない。彼は預言者のことばに従ったが、それは、本心ではなく、迷信的な恐れによるものであった。

3.アマツヤの本心

そうしたアマツヤの本心が明らかとなるのが、セイルの神々をイスラエルに持ち込んだ事件である。つまり、アマツヤは、預言者のことばを受け入れ神に従ったものの、その戦争の結果は不本意であると思ったのではないか。精鋭30万で(5節)、1万人を捕え、確かに勝利を手にしたのであるが(11節)、預言者が言ったように、「多くのものを神に与えられた」わけではない(12節)。逆に預言者に聞かずイスラエルの勇士10万人をプラスしていれば、それ相当のものを手にしたかもしれない。しかも、イスラエルの勇士を返した結果、彼らは帰り道、腹いせにユダで略奪して3千人を打ち、さらに多くの物をかすめ取った(13節)のであるから、結局損失の方が大きい、帰さなかった方がよかった、と考えたのではないか。神に従っても、得なことはない。自分の判断の方がよい、というわけだ。

こうしてアマツヤの心は神を離れ、当てつけをするかのようにセイルの神々を持ち込んでこれを拝み、預言者に反対されると、あからさまに王権を振るって退けている。

4.アマツヤの敗北

17節、慢心した彼は、イスラエルとの戦争を、よく考えた上で始めたという。「よく考えて」は、「協議の結果」を意味する。協議の相手が記されない言い方であるから、自分と協議して、つまり自問自答して、「よく考えて」ということになる。

アマツヤの宣戦布告に対して、イスラエル北王国の王ヨアシュは警告を発する。

レバノンのあざみは、エドム、レバノンの杉は、イスラエル北王国、そしてレバノンの野の獣は、ユダ南王国の比喩だろう。レバノンのあざみは(エドム)、レバノンの杉(北王国)と同盟関係を持とうとした。ところが、そこにレバノンの獣(ユダ南王国)が現れて、あざみ(エドム)を占領し、自分には力があると高ぶり、レバノンの杉(イスラエル北王国)に戦争をけしかけようとしている。しかしそれは身の程知らずもいいところだ。ユダ南王国とイスラエル北王国の戦力の差は明らかで、ユダ南王国は打ち砕かれるだろう、という警告だ。

だが、実際問題よく考えて、よしと決めたアマツヤは、引っ込みがつかなかったのだろう。結果的に、ユダ南王国(野の獣)は警告されたとおり、イスラエル北王国(レバノンの杉)に打ち負かされ、部下はそれぞれ天幕に逃げ帰り、アマツヤは捕虜となり、エルサレムは略奪され、人質を取られる散々な結果となった。そしてアマツヤは、臣下に裏切られ殺されるのである。

捕囚後の民に礼拝の再建を教えようとするにあたり、このアマツヤのエピソードが伝えるものは、彼の心の変節の中に、神を恐れても、愛する思いのない人間の罪性を理解することなのだろう。神を迷信的に恐れるだけの信仰者に、しぶしぶの従順はあっても神と認めた礼拝はない。神を心から愛するところにこそ、神に対する真の従順があり、礼拝の再興も起こりうるのである。エルサレム再建を目指すように促されていた歴代誌の読者が必要としていたメッセージはまさにそういうことではないか。そしてこの日本に、まことに神を恐れる教会を再建している者たちが必要とするメッセージも然りなのである。信仰はパフォーマンスではない。神を心から愛する歩みなのである。