民数記32章

32章 ガド・ルベンの土地相続,誓い

<要約>
皆さんおはようございます。新しい地に攻め入る直前のエピソード、ガド・ルベン族が、今ある地に残りたいと言い出します。モーセの非難を受けた彼らの修正提案は、今ある地に残る代わり、神の民の戦いを先頭を切って戦うというものでした。実に、私たちも人間の関り抜きに自分のことを考えやすいものです。しかし、教会あっての今の自分を考える時に、教会の戦いを先頭を切って戦う、そのような心構えも必要なのでしょう。今日も、皆さんの上に主の平安があるように。

1.ガド・ルベンの申し出(32:1-15)
 いよいよ、イスラエルによるカナンの土地征服が始まる。しかしその最初に、ガド、ルベン族、そしてマナセ族の一部の者がヨルダン川を渡らずに、今あるこの土地に住み着きたいとモーセに願った。しかしこの土地はそもそも、先祖たちに約束された地の外側にあったものである。皆がヨルダン川を越えて、これから約束の地を手に入れようとしている時に、彼らは、神の約束を全く度外視した行動をとったわけだ。モーセはこのような申し出は災いである、と語る。それは、40年前カデシュで、約束の地を偵察しながら、入って行かなかったようにイスラエル人の意気をくじいた、彼らの先祖と同じ態度である。しかも、彼らがこの土地に住み着きたいというのは、すでに占領したこの土地が、自分たちの羊のために適していると考え始めたからである。カナンの地に出て行きたくないのは、あくまでも物質的な関心からであり、これから神が与えると約束する土地に、自分たちの祝福を期待せず、急いで自分たちの望んでいる土地を得ようとしていたのである。全軍指揮上の問題が生じていた。もし、すでに占領した土地を自分たちのものとすることを願い求め、それが許されるなら、これから苦労する仲間を傍観し、見捨てていく危険も出てくることだろう。
2.ガド・ルベン族の修正提案とその後(32:16-42)
彼らの態度に主の怒りが燃え上がったという。そこでガド、ルベン族は、自分たちが、これからヨルダン川西側の土地征服に対して、先頭を切って戦いに出、征服が終わった後に、東側の土地を自分たちのものにしたいと提案を修正した。モーセは、兄弟たちの土地征服の戦いのために攻撃の矢面に立って、先頭を行くのであれば、それはかなえられるとされる。実際の彼らの進軍の順序は、第二グループになるが彼らは思いきった提案をしたのである(2:16)。モーセは、約束を破らないように、と念には念を入れて確認している。そしてこの約束を破れば重い刑罰が課せられると、確認を三度繰り返した。その後の彼らはどうだったのか。ヨシュア記には彼らが約束を守り、主な敵が征服され、土地が他の部族に分配されるまで、先頭に立って戦ったことが記録されている。
 ガド、ルベン族が引き起こした問題は、私たちにも起こりうることである。というのも、私たちの罪深い性質は、いつでも目に見えない神の祝福よりも、今ここにある物質的な祝福に安寧しやすい。目に見える最善をよしとしてしまいやすい。信仰によって見えないものを臨み見る力に乏しい。そして、自分が神の民の一人であることを忘れ、兄弟姉妹のことを考えなければと思いつつ、自分の目先のことであくせくしてしまいやすい。まずは自分の思いや都合が優先され、家族、職場、教会のことは後回しとなりやすい。人間は、共同体の関りを抜きに存在し得ない、共同体に護られてこそ今がある、という単純な事実を忘れやすい。そういう意味でクリスチャンにとって、家族的な共同体である教会の存在は、かけがえのないものであるが、その重さを忘れやすい。それが私たちの愚かさであろう。
 ともあれ、私たちは天の霊的な都を、皆で一緒に目指す巡礼者でありながら、実際には、この世にあるためにこの世的な関心の中に、この世の人々同じ自己中心な者となって、巡礼の歩みにあることすら忘れてしまいやすい。だからどこかでガドやルベン族が意を決して、先頭に立ったように、巡礼の旅を進めるには、自ら巡礼の旅の先に立つ覚悟を持つことが必要なのではないか。最も罪深く、最も世俗的な私こそが、巡礼者の先に立つという覚悟を持つことである。神は、私の願いはよくご存じである、という信頼のもとで、まず、信仰者として先に立っていくのである。
 ガド、ルベン族のこうした態度が、イスラエルにまたガド、ルベン族自身にも大いなる祝福をもたらしたことは確かである。クリスチャンたちの先頭に立って信仰の歩みをする、そんな志を持たせていただこう。

民数記31章

31章 ミデヤン人との戦い,戦勝の捧げ物
<要約>
皆さんおはようございます。今日も、主の恵みに支えられた豊かな一日であるように祈ります。新しい世代の戦いが開始されました。しかし彼らは、神の聖絶の命令に服従せず、戦利品を抱えて戻ってきました。モーセは彼らの態度に激怒しますが、これは戦利品の処分の方法を定める機会となりました。しかし、このエピソードを熟考するならば、神に服従する難しさの中で、神に従順となり、神の栄光を現すような歩みこそ求められているのがわかるところです。今日も、皆さんの上に主の平安があるように。
1.ミデヤン人への復讐(31:1-12)
新しい地への入植目前にしてミデヤン人との戦いがあった。既に、モーセは、25:16-18においてその命令を告げている。だから今その命令が実行されている、と言うべきだろう。文脈的には、25章から、挿入的な26-30章を経て、この31章に繋がっている。しかし無意味な挿入というわけではなく、流れがあっての挿入である。というのも、新しい行軍に向かう前に、戦力を知る人口調査(26章)、土地の配分予測(27章)、そして新しい土地での生活の中心である礼拝祭儀(28,29章)、戦中の誓願についての警告がなされ(30章)、戦勝による分捕り物のルール(31章後半)を、このミデヤン人に対する復讐の記事に続いて記載するという流れがあるからだ。
ミデヤン人は、イシュマエル人、モアブ人、アマレク人、エファ人などの様々な小グループからなる一大部族連合である。彼らは、シナイ、ネゲブ、トランス・ヨルダンの一帯に出没した遊牧民であった。モーセは、このミデヤン人を攻めるために各部族から1,000人、合計12,000人の兵士を送った。一つ注目されることは、彼らが、ミデヤン人連合の五人の王に加え、ベオルの子バラムを殺した点である(31:8)。なぜ聖書はあえて、バラムの名を記載するのか。バラムは、バラクとの出来事の後、自分の国ユーフラテスの河畔ペトルに帰ったはずであったが(24:25)、どうやら帰っていなかったのだろう。後にペテロは、バラムを評して「不義の報酬を愛した」と語っているが(2ペテロ2:15)、この時バラムは、バラクが提供したものの、手に入らなくなってしまったその報酬をなんとか他の方法で自分のものにしようと、ミデヤン人にまとわりつき、その地にとどまっていたのかもしれない。予想外の戦争に巻き込まれ、莫大な富どころか、死の報酬を受けた、ということなのだろう。パウロは、「金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金銭を追い求めたために、信仰から迷い出て、多くの苦痛で自分を刺し貫きました。」(1テモテ6:10)と語るが、人間はどんな災いが近づいているかも知らず、欲のとりこになって自滅してしまうことがあるように思う。まさに「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分のいのちを失ったら何の益があるでしょうか」(マルコ8:36)というのは、このことである。
2.分捕り物の取り扱いと分配原則(31:13-54)
 戦果の分捕り品のリストが書き記されていく。その分配について、一種の原則が示されている。一つは、分捕ったものは、戦いに参加した戦士たちと後方に留まった者たちとで平等に二分する。後にダビデはこの原則に従って戦利品を分けている(1サムエル30:24-25)。また、戦士たちは自分たちの分け前から500分の1を主への奉納物として、祭司エルアザルに渡している。最後に、後方に留まった者たちはそのわけ前の50分の1を主の幕屋の任務を果たすレビ人に与える。これは、計算上、それぞれ十分の一献金の比率に相当すると言われる(18:26)。またこの戦争によって死に触れた者のきよめの儀式を行うことが命じられる(19-24節)。
しかし、このリストを見ると、正直言って、気が滅入るような思いがするのは私ばかりであろうか。特に動物ではなく、女性を分けたというのはなんだろうかという気もする。おそらく主のみつぎものとされて、祭司に渡された女性は、女奴隷とされたか、規定の値積もりに従って売られた、と考えられているが、こうしたことを神が本当に命じられるのであろうか、という思いもしてくる。ただ振り返ってみると、イスラエルの戦争は、聖絶が原則である(21:3、35)。本来ならばここでも「イスラエルは聖絶した、ひとりの生存者も残さなかった、こうして占領した」と書き記されて終わってしまい、その生々しさは伝わらないところであったかもしれない。ところが、この戦争の結果に、まずモーセが怒りを発しているところに注意しなくてはいけない(14節)。つまりイスラエルの民は、神の命令に不従順だったのであり、聖絶せずに、家畜や女たちを殺すことを惜しんで連れ帰っている。そもそも、この戦争は、「ミデヤン人に主の復讐をする」ためのものであった。それは、バアル・ペオルの偶像崇拝に引きずり込まれて神罰によりイスラエルの民が死んだのは24,000人であったという悲しい事件を背景としている。つまりそれは、ミデヤン人がイスラエル人を誘惑し、真の夫である神から引き離し、姦淫の罪へと誘い込んだことへの復讐として、また、イスラエル人が完全に、神の憎むべき偶像崇拝に接触する機会を断つ(25章)ことを目的としていた。単に力に優る者がその勢いに任せて侵略と大量虐殺を行った物語ではなく、イスラエル民族存亡の危機の状況の中でとられた軍事行動であった。
しかしイスラエルはその目的をよく理解していなかったのである。それが、このようななまなましい殺戮と分配の記事を書かせる結果となった。なお殺戮については、神は疫病や飢饉、震災ではなく戦争を裁きの手段として選ばれたということであり、また、今日よく見る悲惨な難民キャンプを産み出さない結果を選ばれた、ということと理解すべきことなのだろう。実際、今日の戦争につきものの、捕虜や女性に対する暴力は、イスラエルの戦争にはなかったと言える。いずれにせよ結果的に人間の罪が、さらなる混迷を引き起こしている。私たちが罪深い思いを引きずる時に、そこに罪の生活が引きずられていく。神のねたみを自分のねたみとしたピネハスがついていながらも、人間の混迷は留められない。それは戦利品の分配原則を生み出す機会とはなったが、本来は、新しい戦争の栄光を飾るものとなるはずであった。神の心を自らの心とし、神の栄光を飾る歩みへと導かれるように、祈ることとしよう。

民数記30章

30章 誓願についての定め
<要約>
皆さんおはようございます。今日も、主の恵みに支えられた豊かな一日であるように祈ります。30章は、誓願について、ここで誓願が取り上げられるのは、それが28,29章に記された例祭の祈りの時になされること、またこれからカナンの地征服の戦いが始まる時に、取り残された女性たちにそれが起こりがちであったことを踏まえたことによるものなのでしょう。神に思慮もなく誓いを立てる熱心さよりも、神のみことばに忠実に生きる熱心さこそ、求められるものです。今日も、皆さんの上に主の平安があるように。

 箴言には「神に誓願を立てるときには、それを果たすのを遅らせてはならない。神は愚かな者を喜ばないからだ。誓ったことは果たせ。」(箴言5:4)と語られている。クェーカーの格言には、「意思したことについては、人は主人でありえる。語ったことについてはしもべとなる。書いたことについては奴隷となる」とあるそうだ。人はしばしば誓願をする。しかし、誓願をするほどの危機的状況が過ぎてしまうと、それを忘れてしまうことがある。誓願を果たすことができなかった場合に、どうすべきか、ここでは、いくつかの注目されるべきケースを取り上げて、その原則が語られている。
1.男性の誓願(1-2節)
 まず、男性が誓願をした場合、男性は神に対してだけ責任を負うのだから、神に誓願をした以上その責任は負わなくてはならない(2節)。
2.女性の請願(3-15節)
しかし、家族の一員である女性の場合、つまり、まだ結婚をしておらず父と同居している場合(3-5節)、また成人して夫と同居している場合(6-8、10-15節)、父親もしくは夫に誓願を妨げられた時には、その誓願についての責任は解かれる。しかしそれはセーフという意味ではないのだろう。父親もしくは夫のことを熟慮した上で誓願をすべきだ、ということになる。一方、父または夫がその女性の誓願について何も言わなかった場合には、父または夫が、その責任を問われるのである(14、15節)。家族と同居している女性たちは、家長の明確な監督下に置かれる。
であるからやもめや離婚され一人で暮らす女性の場合は、男性と同様に、まったく神に対してだけ責任を負うのであるから、その女性は誓願についての責任を負わなくてはならない(9節)。しかし、この点について、男性もそうであるのだが、一人で暮らす女性が、男性同様、神に対してだけ責任を負うとしても、その誓願の内容については、熟慮し、家族や関係する人々とのことを考えた上ですべきということになる。
誓願は、自分のこととして自由にできるものなのだろうが、実際には、自分が置かれた立場や状況を熟慮しなくてはならない。そういう意味で、パウロがテモテに若い人に勧めるべきこととして「慎重さ」をあげたことが思い出されるところである。考え抜く力のある若者は少ない。考え抜く事が出来ないが故に、物事に失敗する。若い時代にはしっかり考え抜く習慣を身につけたいところだろう。
3.30章の位置づけ(30:16)
しかし、なぜ30章で誓願の問題が取り上げられているのか。一つは、誓願は、普通いけにえとともに立てられる。また、祈りが叶えられたならば、再びいけにえがささげられるものだろう。となれば、こうした行為が一番起こりやすいのは、28-29章で取り上げられた毎年の例祭の期間になる。文脈的にはちょうどよい位置で取り上げられている、というわけである。また誓願は、しばしば戦争の際になされたと考えられている。イスラエルは、これからカナンの地を占領する戦争に向かおうとしていた。この間、トランス・ヨルダンに一人取り残された妻たちが夫の留守中に誓願を立てるという問題が生じていたのだろう。実際この章では、まだ婚約していないおとめ(3-8節)、やもめ(9節)、妻(10-15節)と、婦人の誓願が主となっているのである。そして、古い世代に教えられたことは(民数6章)、新しい世代にも繰り返されなくてはならない。新しい戦力を数え、土地配分を考え、さらに新しい生活様式を教える流れの中で、シナイの荒野で語られたことは、再びモアブの草原で、丁寧に教えられようとしているのである。
4.誓願の考え方
誓願は、人に対するものではなく、主に対するものである。それには、二種類あって、一つは、何かを自ら進んで主にささげる形のものがある。エフタが自分の娘をささげると誓った例がそうである(士師11:30,31)。また、ある一定期間何もしない、口にしないという「物断ち」や自制の形でされるものがある。サウルが食物を断った例がそれにあたる(1サムエル14:24)。こうした主に対する誓願は、かなり思い切った形でなされるために、結果的に、家庭に波風を起こし、家族の生活を危機にさらすことがあった。そのような場合、神は恵みによってそれを止める権威を一家の責任者である父や夫に与え、家庭の平和を取り戻す定めとした。しかし一方、自ら神に対してのみ責任を持つ、男とやもめが誓いをなした時にはそれを果たさねばならない、とする。このように予め教えられているのだから、エフタが誓いの責任を負わねばならなかったことは、よく理解できることである。主は無謀な要求はされない。人が思慮もなく、神に誓いをする熱心さを持つよりも、ただ神の前に、神のみ言葉に生きる誠実に歩む熱心さこそ期待しておられる。

民数記29章

29章 ささげ物のおきて(第七の月1日、10日、15日(1~7日)の聖なる会合)
<要約>
皆さんおはようございます。今日も、主の恵みに支えられた豊かな一日であるように祈ります。昨日に続いてささげもの定めを語っています。第七の月は、今日イスラエルでは新年としてお祝いされていますが、それは旧約時代においても、全ての収穫が終わって、主の恵みを覚える特別なささげ物がなされる重要な月とされました。大切なのは、主の恵みを覚えて、特別に主に感謝をささげる時を持ったことです。神あってこその今の生活、その証しとなるささげた人生を歩ませていただきたいものです。今日も、皆さんの上に主の平安があるように。

1.特別な祝日のささげもの
 28章の前半では、毎週、毎月ささげられるささげ物についての定めであったが、続くその後半とこの29章では、特別な祝日のささげものの規定、つまり暦に従って配列されている年に一度のささげものについて記されている。まず過ぎ越しの祭りと種を入れないパンの祭りのささげ物(28:16-25)、初穂の日のささげ物(28:26-31)、ラッパが吹き鳴らされる日のささげ物(29:1-6)、第七の月の10日のささげ物、第七の月の15日から7日間のささげ物(29:12-40)となっている。
 既に述べたように、ささげられるいけにえの雄牛の数は毎年113頭の雄牛、32頭の雄羊、1816頭の子羊で、さらに、1トン以上の小麦粉、2リットルのペットボトル1千本分の油とぶどう酒が加えられた。このようなささげ物がささげられるようになるのは、イスラエルが農業立国として繁栄していくことを前提としていた。これは、まだ彼らが約束の地に入る前のことである。彼らは、自分たちの未来の生活がどのようになるのかをこうしてイメージさせられていたのでもある。夢なきところに新しいチャレンジはありえない。新しい世代に必要なのは、新しい具体的な未来であった。
2.第七の月のささげもの
ところで、なぜ第七の月にこれらのささげものを特別にささげていくのだろうか。第七の月は、太陽暦では9-10月であり、この時までに全ての収穫が終わっている。イスラエルでは、最初の雨の季節11月から畑を耕し、種を蒔き、最後の雨の季節を過ぎると亜麻の取入れ(2月)、小麦と大麦の取入れ(5月頃)、夏のくだものの取入れ(8月頃)そしてオリーブとぶどうの取入れ(9月頃)と収穫が終わる。そして次の収穫のために、すっかり乾燥しきった土地に、最初の雨、つまり天の恵みが豊かに降り注がれるべきことが期待された。従って、第七の月の特別なささげものは、収穫感謝であると同時に、さらなる主の祝福への期待と祈りを込めてなされた。そのために彼らは特別の機会を設けたのである。この月彼らは、過去を振り返り、これからの神の祝福を妨げる恐れのあるすべての罪を悔い改めるように勧められた。また仮庵の祭りを祝うことで、エジプトから解放されたイスラエルの民の原点に立ち戻り、過去の窮状と現在の繁栄を覚えることで、さらなる神の祝福への信頼を促された。
3.聖書の新年とユダヤ歴の新年
 ちなみに、聖書は、イスラエルの出エジプトが起こった第一の月(太陽暦の3-4月、春頃)が新年であると定められている(出エジプト12:2)。しかし、ユダヤ人は、この第七の月(太陽暦の9-10月、秋頃)を新年「ロシュ・ハシャナ」として祝う。新年が明けた10日後は「ヨムキプール 」いわば「贖罪の日」で、更にその5日後から8日間は「仮庵祭 」となる。だから毎年イスラエルではこの月に連休が続く大型連休となり、西暦の1月1日は新年ではなく通常出勤となる。しかしながら、なぜこのような違いが生じたのか、通常春を新年とする宗教歴と秋を新年とする生活・政治歴の二種類があり、捕囚期以降、生活・政治歴が中心となっていった、と考えられているようだ。ともあれ、新月は毎月のことであったが、新年は旧約では、春に定められていたが、実際この第七の月も、極めて重要な月として、聖なる会合を守る日とされたのである。
4.ささげ物の意味
大切なのは、このように教えられている流れを理解することである。イスラエルの民は、今や40年の荒野の生活を終え、約束の地に入ろうとしていた。エジプトの奴隷状態から救い出されたイスラエルの民は、約束のカナンの地で、ただ使役されるのではない、労働の実を自ら楽しみ、これを分かち合う生活に入ろうとしていた。それはまさに新しい祝福の生活であった。そのために彼らは新しい出発をし、新しい戦列を整え、新しいライフスタイルを確認したのであり、その新しいライフスタイルの中に、聖なる会合と、ささげ物の教えが、語られたのである。
そういう意味では、キリスト者も、救われることによって新しいライフスタイルを得るのであるが、その基本に、聖なる会合と、神様にささげていく姿勢が確認される必要があるのだろう。神にささげた生き方というのは、やはり神を認めて、神の恵み豊かさと神の祝福を覚えてこそ、できるものである。私たちの生活の中で、神の存在がリアルにならない限り、ささげ物に意義を感じることは難しい。毎週ささげられるささげもの、いわゆる礼拝献金、そして月初めにささげられるもの、月定献金、さらに、クリスマスと、イースター、夏期、冬期と特別な機会にささげものの機会がある。その機会に私たちが、喜んでささげられるかどうかは、結局、その人の中で神の存在がどれだけ、確かで、温かく触れ合うものとなっているかにかかっている。
そして、彼らが全ての収穫が終わった時に、最も重要な聖なる会合を開き、一連のささげ物をささげた、ということが、やはり主が備えてくださったものをもってささげる、主が豊かに祝福してくださったという確信のものとに、豊かにささげるという動機なのである。神に導かれて、この仕事についた。神に守られてこの仕事を成し遂げた。神の祝福の結果、私たちはかくかくしかじかの物を得た。そのような神の配慮とめぐみを覚えて、毎週、毎月、そして特別な時に、聖なる会合に集って、その証としてささげていくのである。そうであればこそ、物惜しみする心ではなく、惜しみなくささげていくことにもなるのだろう。だからこそ、それは「主への芳ばしい香り」となる。
キリスト者になった新しい生活の中心に、神を喜ぶ、主への芳ばしい香りをささげる、そのような歩みをしっかりと据えていきたいものである。それは信仰の証しなのである。

民数記28章

28章 二回目の訓示、捧げ物のおきて(安息日,月の第1日,第1の月の14日,初穂の日)
<要約>
皆さんおはようございます。今日も、主の恵みに支えられた豊かな一日であるように祈ります。約束の地に向けて新しい一歩を踏み出そうとしているイスラエルの民は、新しい人口調査をし、新しい土地の配分を確認し、さらに新しいライフスタイルの確認の一つとして、まず礼拝を中心とする生活、つまりささげ物をささげる生活を確認していきます。私たちの生活も礼拝を中心とする生活でありますように。今日も、皆さんの上に主の平安があるように。

1.これまでの流れ
 無為無目的な旅が終わり、新しい一歩が踏み出された。アロンが死に、新しい大祭司エルアザルと新しい指導者ヨシュアが任命され、約束の地に入る準備が再開した。そこで、新しい人口調査がなされ(26,27章)土地分割の準備が進み、いよいよ新しい約束の地での新しい世代がどのように神の民として生きるべきか、新しい訓示が与えられるのである(28-36章)。
2.28章のメッセージ
新しい訓示の第一は、ささげ物についてである。それは、既にレビ記23章において述べられているものの詳述であり、28、29章の二章に渡って記されている。それは一言で言えば「礼拝を中心とする生活」と言うことができるだろう。
だから毎日(3-8節)、毎週(9,10節、)、毎月(11-15節)、そして暦に従って配列されている特別な祝日ごと(28:16-29:40)にいけにえをささげるようにその明細が明らかにされる。これまでいけにえについては、出エジプト記、レビ記でもとりあげられてきた。出エジプト記では、祭壇の設置に関連して毎日ささげるいけにえについて述べられている(29:38-41)。また、レビ記では、種々のいけにえの具体的なささげ方(1-7章)、そして特別な日、いわゆる主の例祭のささげものについて定められている(23章)。この民数記28、29章では、これらの規定を繰り返しながらも、一般信徒の義務としてよりも、祭司の義務として一年間の年中行事として最小限何をどの程度、ささげるべきかが、整理されて述べられているとみてよい。だから一般信徒が、罪、汚れ、誓願、あるいはその他の理由によってささげるいけにえは、ここに挙げられているものに付加されるものと考えるとよい(29:39)
 しかし、27章のツェロフハデの娘たちの土地分配の問題が、将来的なことに関連して起こってきているように、この28、29章も、将来的なことへのビジョンに基づいて書かれていることに注意すべきである。というのは、イスラエルは、荒野を彷徨う遊牧民から、カナンに定住する農耕民族に生まれ変わろうとしていた。だから、民数記のいけにえの規定を定める15章、そして28、29章では、いけにえと同時にささげる農作物についての明細が詳しいと考えてよいのだろう。しかしながら、ここに記されているすべてのことを行うには、相当の財的可能性があった、ということである。実際、計算してみると、祭司はイスラエルの民のために、毎年113頭の雄牛と32頭の雄羊、1,086頭の子羊をいけにえとしてささげ、さらに1トン以上の小麦粉と瓶1千本の油とぶどう酒をささげなければなくなるのである。しかしイスラエルの民は、これに応じることができる状況になっていたというわけだ。神の祝福は確実であった。となれば、自らの生活に神の全支配を認め、神の祝福に感謝して歩む礼拝を中心とする生活が推奨されるのも至極当然である。その基本はと言えば、毎朝、毎夕ささげられる礼拝なのであり、今日の私たちにとってすれば、毎朝、毎夕の祈りを意味する。賛美と感謝を朝毎、夕毎に繰り返しささげること、そして週の初めと月の初めに同じように、主の栄光を拝すことが、何よりもの基本である。
3.ささげ物の意義
 明細を整理してみると、基本的にささげられるのは、全焼のいけにえ、穀物のささげ物、そして注ぎのささげ物となる。罪のためのいけにえは、毎月、もしくは特別の機会にささげられることになる。
 しかしながら、こうしたささげ物の意義は何であろうか。いけにえがすべて、厳選されたいのちある物であった、ということからすれば、それは、すべての命が神から来たものであり、神に属するものであることを認めることである。また人間が神に造られた者である、と神の主権を認めた遜りを表明することである。
さらに注目すべきは「なだめのかおり」のささげもの、という考え方である。基本的にいけにえには、人間の罪によって引き起こされた神の怒りをなだめる、という考え方がある。それは、礼拝者の身代わりとなり罪を贖う。そういう意味では、いけにえは、すべてキリストの死の型であると見てよい。イエスは「世の罪を取り除く神の小羊」であり、ただ一度ささげられた永遠のいけにえである(ヘブル9:26)。AD70年の神殿崩壊以降、神殿でいけにえをささげられることはなくなったが、実質的にキリストの死は、すでに動物のいけにえを無効にし、これを廃止した。キリストの身代わりの死が、すべてのいけにえに代わって、神の怒りをなだめ、神に近づくことを許すものとなったからである。
こうして朝ごとに、夕ごとに、私たちはキリストにあって神に近づき、神を拝する礼拝を中心とする生活を進めることになる。「真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来る」(ヨハネ4:23)とイエスは教えられた。霊というのは、聖霊によって、という意味だろう。ではまこととは何か。これはよく誠実さ、真心をもってと理解されやすい。しかし、新改訳2017に「真理によって」と訳されているように、真理であるキリストによって、キリストの犠牲によって、と理解する方がよい。私たちは朝ごとに、夕ごとに、キリストの身代わりの死と共に、神の前に出て礼拝をささげる。礼拝を中心とする生活の基本をしっかり押さえたいところではないか。そして、賛美と感謝による神にささげられた歩みを進めたいところである。