ヨハネの福音書9章

ヨハネの福音書の一つの特徴は、群衆ではなく、個人に向かい合っておられるイエスを描いていることだろう。共観福音書とは違って、ヨハネは、個別に対話するイエスを描いている。ニコデモ然り、サマリヤの女然りで、この盲人のエピソードもそうである。
イエスが歩いておられると、生まれつきの盲人がいた。弟子たちが、その盲人についてこう質問している。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか」。当時のユダヤの社会では、人が盲目に生まれつくのは、二つの理由があると考えられていた。一つは本人が「胎児の時に、母親の胎内で罪を犯した」からであり、もう一つは、両親が罪を犯した結果だ、という。弟子たちは、イエスの考えに耳を傾けた。しかし、盲人はまるで物扱いである。盲人の前で、こんな議論をすること自体、随分無神経な弟子たちのように思うが、イエスは丁寧に答えている。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神の業がこの人に現れるためです」と。
以前この話を、求道中の方にしたところ、その場で神を信じる決心をされたことがある。あまりにも突然の決心だったので、どうして信じる気になったのか、と後で聞いてみた。するとその人は言った。「こんなことばは、決して人間の口からは出てこないと思った。やはり人間には、その人が罪を犯したからだとか、先祖のたたりがあるからだとか、そんなことぐらいしか言えない。けれども、神の業が現れるためだと確信を持って言えるイエスは、神としか考えようのない存在である。そのことに気づいた」、と。
イエスはこの盲人に、「あなたはメシヤを信じるか」と問うている。男は言った。「主よ。もちろん信じます」自分にかけられたことば、自分の身に起こったことからすれば、男には信じる以外の選択肢はなかったことだろう。イエスは指摘する。「私がこの世に来たのは、心の目の見えない人を見えるようにするため、また、見えると思い込んでいる人に、実は盲目だということを、わからせるため」なのだ、と。イエスの業は、この男の肉眼の目ではなくて、心の目になされたのである。この男は、肉眼の目が開かれただけではなく心の目も開かれて神を完全に信じることができるようにされたのである。
人は生まれながら肉眼の目は開いていても、心の目は閉ざされている。先の8章のユダヤ人たちがイエスの霊的なメッセージを全く理解できなかったのと同じである。人は、生まれながら罪人であり、その罪ゆえに、霊的な感性は破壊されている。その心はひとりよがりであり、狭量な考え方、律法主義的な思い、そして不信仰の闇で覆われている。しかしたとえそうであても、生まれつきの盲目の者の目が開かれるように、生まれつき霊的に盲目な者の心の目も開かれる。
それはどのように起こるのか。盲人の行動は象徴的に教える。彼は、イエスが目に塗ってくれた泥を「シロアムの池に行って洗い落としなさい」と言われたことに素直に従った。受動的に救いを待ったのではなく、イエスのことばに応答した。神のみことばへの従順が、彼の目を開き、魂を完全に救い、神の祝福を受けさせるものとなった。だが、人の心には、神のことばを受け入れようとしない頑なさがある。神のことばに素直に従わない頑なさがある。そこに気づかされて、イエスのみ言葉の権威を認めて、その権威の元にひれ伏し、そこに力があることを認めて信頼し、従うことである。旧約のナアマンの出来事も示すように(2列王5:10)、頑なな罪の心を捨て去ることを、人生のどこかで経験しなくてはならない。それは、これから起こりうる大きな変化に比べればあまりにも細かな拘りに過ぎない。生来の罪が奪った霊的な視力を取り戻すことを覚えるならば、神のことばを受け入れ、従うことは、あまりにも小さなことに過ぎないことを覚えたいものである。
パリサイ人たちは、気分を害し、憤慨して「私たちも盲目なのですか」と問い返した(40節)。彼らは自分たちが霊的な指導者であり、宗教的な洞察力があると主張しているにもかかわらず、実は霊的に盲目であることがわからないでいた。かたや、罪によって霊的に盲目に生まれついた深刻な現実を悟り、その視力の回復を求める人がいた。見えると思う者は、いつまでも見えない。見えないと思う者こそ、神の業を経験することになる。

ヨハネの福音書8章

新改訳の聖書では、7:53~8:11までが各個で囲まれていて、古い写本のほとんどがこの部分を欠いている、と欄外の注釈がある。実際にこの部分は、5世紀頃の写本から見られるようになり、その後の写本でも収録される場所が定まっていない。ヨハネの福音書7:36の後、7:52の後、巻末、さらにはルカの福音書21:38の後、と様々だ。そこで、この物語は、その正確な位置はわからないが、写字生たちが福音書の一部として残すように伝えてきたもの、と考えられるようになった。では,この物語の信頼性はどうなのか。その点については、内容がいかにもイエス様らしいふるまいと言葉、そして、ユダヤ人がしそうな出来事というわけで、創作ではなく、歴史上の事実を伝える物語と考えられている。ただ、現在の位置では、明らかに仮庵の祭に際して行われた談話を分断する形になっている。

そこでこの物語であるが、ユダヤ人の指導者やパリサイ人が、一人の女を姦淫の現場で捕まえたという。ミシュナーというユダヤ人の法律によれば、姦淫を犯した者は絞殺刑であった。石打の刑は、婚約していながら姦婬を犯した女性に対する罰である。だからこの女性は、結婚前だったということになる。さらに申命記では、姦婬を犯した者二人が公衆の面前で石打にされるとある(申命22:22-24)。現行犯であれば男性も同罪であったが、ここには女性がいるだけで、男性はいない。つまり明らかに律法学者やパリサイ人たちは、キリストを罠に嵌めようと、この女性を利用したのである。女性は物扱いであった。ともあれ、イエスはきわめて難しい返答を迫られていた。もしイエスが、ユダヤの掟に従って殺しなさいと答えるなら、神の愛と赦しを主張するあなたの教えとは矛盾するではないかと責められたに違いない。そして唯一死刑執行の権限のあったローマ当局に対立することになる。しかし、逆に赦しなさいと答えたなら、あなたはユダヤの戒めを破る者だと非難されてしまう、どっちに転んでも非難を免れ得ないのだ。しかしイエスの切り替えしは、言い得て妙である。「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの人に石を投げなさい」さばきは、この女からではない、神の家からだ、と言っているかのようである。すると年長者たちから初めて、一人一人出て行き、最後にイエスとこの女性だけが残った。律法を厳格に執行することの矛盾は、執行者自身が完全無欠ではないことにある。しかし、イエスには罪を赦す権威があった。イエスに罪赦されて、女もまた立ち去った。だが女にとってそれは、新しい人生への出発であったと言えるだろう。

12節からは、先の7章の律法学者やパリサイ人たちとの論争の続きで、7:52につながる。論争の口火を切ったのは、まずイエスである。イエスは先に、ご自身がいのちの水であることを語った。今度は、「世の光」であるという(12)。これもまた仮庵の祭の儀式と関連していた。イスラエルの民は、出エジプト後、空に立つ火の柱に導かれて荒野を旅した。その状況を想起するため、彼らは黄金の燭台に火を灯し、この祭りを過ごしたのである。イエスは、ご自分の存在を荒野での火の柱、それを象徴する黄金の燭台の灯火に重ねた。イエスは、自分を光に導く教祖だというのではなく、光そのものである。つまりここでも神そのものであることを明言している。大胆なイエスの主張に、彼らは「あなたは自分のことを自分で証言しています。だからあなたの証言は真実ではありません」と切り返した。だが神ご自身が自ら証言していることに、別の証言は必要ではない、ということなのだろう。

21節からイエスは、目に見えない、神の存在とご自身の存在への理解を深めさせようと対話を重ねている。ユダヤ人たちは、イエスを殺して永遠に彼を排除しようと考えていた。しかし、実際のところ、イエスは十字架によって罪人の贖いを成し遂げた後、彼の父のもとに帰ろうとしていた。それが起こらない限り、彼らの救いは完成しないからである。パウロは、十字架の死にまで従われたキリストの謙卑と、御父の右の座に就かれたキリストの栄光について語る(ピリピ2:5-11)。この箇所は、実に深く救い主の正体と、神の人に対する御心を語っている。老ヨハネは、「それこそ、初めからあなたがたに話していることではありませんか」(25節)とイエスの言葉を引用しながら、まさに、最初からイエスが、政治的な意味ではなく、魂を救う意味での救い主であり神であることをこうして説き明かしてきたことを示しているのである。

この否認から始まって、彼らの態度はどんどんエスカレートして行った。侮辱(48節)皮肉(53節)最後には、暴力へ訴えようとした(59節)。パリサイ人たちにとっては、イエスの主張は石打の刑に値する神への冒涜であった。しかし、そのような殺意に捕らわれ、神に遣わされた救い主を認められないことが、罪の奴隷状態なのであり、霊的にはアブラハムの子孫でも、神の子孫でもない、悪魔の子である、とイエスは指摘する。救い主の到来を待ち望んだ、アブラハムの心を理解していない、というわけである。今日の読者にとっては気が狂ったかのような論争であろうか。しかし、キリストの言葉に注意深くありたい。イエスはご自分をはっきりと神であるとし、ご自分がなさろうとしている救いの意味について説き明かしている。このイエスのことばにどう応じるか、それが私たちの歩み、そして未来の行先をも決めることになる。

ヨハネの福音書7章

2節「仮庵の祭りが近付いていた」とある。仮庵の祭りは、過ぎ越し、ペンテコステに並ぶユダヤの三大祭りを代表する。太陽暦では10月の初めに行われ、主として農耕的な意義を持つ収穫感謝祭であったが、ユダヤ人の特別な歴史を思い起こさせる、もう一つの意義を持っていた。つまり、荒野をさまよい歩き、神が幕屋において現れたという(レビ23:33-44)かつての神のお取り扱いを思い出す時であった。

すべてエルサレムから30キロメートル範囲内に住むユダヤ人たちの成人男子は、この祭りに参加する義務があった。たくさんの人々が入り乱れるこの祭の中に、イエスを殺そうとする者たちが紛れ込み、イエスを探し回っていた。イエスの生涯も残るところ後6カ月という時であった。ヨハネはこの時期に起こった出来事を回想する。この章もまた、他の三つの福音書が扱っていないヨハネ独特の記事であり、イエスの正体について巷の人たちが、どのように考えていたのか、当時の事情を明らかにしている。

まずイエスの家族(1-9節)であるが彼らもイエスを信じようとはしなかった。イエスの栄光は、十字架において明らかにされるものであったが、兄弟たちは、6章のガリラヤ人たちのように、奇跡的な力を示すことに現されると考えていた。続いて群衆の思いは分かれていた。ただ、誰も、ユダヤ人の指導者たちが強権を発することを恐れて、自分の思いを明らかにする者はいなかった(13節)。そして、ユダヤ人の指導者たちは、イエスをユダヤ社会の秩序を乱す者と見なし、殺そうと考えるようになった。彼らはイエスが正規の教育を受けていないにもかかわらず律法について深く理解していることに、驚いている(15節)。しかし、イエスが、それは独学によるものではなく、父から来ているものであるとすることばを受け入れられずにいたのである。老ヨハネは、イエスご自身が、神の御心を行おうと願う者のみ、理解できること、受け入れられることであると、語ったことを記録する。マタイとマルコ、そしてルカは、四種類の土地にまかれた種蒔きのたとえを記録しているが、ヨハネにはない。ヨハネは、既に知れ渡ったイエスの種まきのたとえ話をもはや繰り返す必要はなく、当時のイエスの教えに対する反応を具体的に語った、ということなのだろう。

そしてイエスは、ご自分の権威が神を起源とするとしても、単純に神の印篭をかざす権威主義者ではなかった。ご自分を批判するユダヤ人と対話を続けられる。ユダヤ人は、イエスが十戒の第四戒、安息日遵守の戒めを破っていると非難した。しかしそのユダヤ人が、イエスを殺そうと付け狙うことで、第六戒の人を殺してはならないという戒めを破ろうとしていることを指摘する。そして律法によって安息日に割礼を施す、小さな益が認められ許されているとするならば、その聖なる日に、人の全身を健やかにすることは、どれほど相応しいことであるか、と教えられる。実に、安息日は、「神が経験しておられる永遠の安息」を守ることに意義がある。礼拝を守ることでも、仕事をしないことでも、その特定の日を守ることでもない。

イエスは、ご自分に殺意を抱く者の前で、怖気づくこともなく、教え続けられた。そのようにイエスの姿を描く、ヨハネは、「神の時」がまだ来ていなかった、だからイエスは守られて教え続けた、とその時の印象を明確にする(30節)。実に、すべてが神に計画されたとおりに進んでいた。そしてイエスは何の妨げもなく語るべきことを十分に語られたのである。

その頂点となることばが、37節となるのだろう。ついに「祭りの終わりの大いなる日」となり、イエスは劇的な瞬間を捉えて大声を発せられた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」この出来事を理解するためには仮庵の祭を知っていなくてはならない。この祭りの間、人々は、なつめやしと、はこやなぎの枝をもって神殿にやってきた。彼らはそれらで、祭壇のまわりを行進する。同時に一人の祭司が金の水差しを取り、シロアムの池へ降りて行き水を汲んでくる。人々がイザヤ章12章3節「あなたがたは喜びをもって、救いの井戸から水をくむ」を詠唱している間に、その水は泉の門を通って神殿まで運ばれ、神への供え物として祭壇の上に注がれる。この儀式全体は、神のよき賜物である水に対する感謝や雨ごいを意味し、人々が荒野を旅していたとき、神が水を与えてくださったことを想起させるものである。いよいよこの儀式が最高潮に達する最終日、人々は、7度巡回してエリコの町を占領した古事に倣って、祭壇を7度巡回した。その祭りの頂点においてイエスは先のように叫ばれた。キリストの正体を論ずる緊張が高まる中、水の儀式で沸き返り、全てを備えられる神への期待の高まりが重なり、そこに「だれでも渇いているなら・・・・」というキリスト自ら正体を明らかにする声が響き渡った。それは実にインパクトのあるシーンであった。魂のかわきを癒す水が欲しいなら、わたしのところに来なさい、わたしこそ、そのいのちの水であると言うわけだ。雨乞いの儀式をする者たちの中で、いのちの水であり御霊を与えられるキリストがここにいる、と宣言したのだ。パウロが出エジプトをしたユダヤ人がキリストという岩から飲んだ(1コリント10:4)、と語ったのは、このエピソードを知っていたためなのかもしれない。

このイエスをどのように受け止めていくか、これは、聖書が私たちに判断を迫っていることであろう。一般のユダヤ人の評価は、イエスを悪霊に取り付かれていると考える者(20節)、否本当にキリストだと評価する者と(33節)様々であった。頭であれこれ考えていても信仰にはいたらない。かつてひそかにイエスを、夜に訪ねたニコデモは(ヨハネ3:1-22)、よく情報を把握するべきことを主張した。そこに鍵があるのだろう。まずは、聖書を熟読していく。その上で、「心の奥底からいのちの水の川が流れ出る」ようにしてくださるイエスを、受け入れるか否かが問題なのである。

ヨハネの福音書6章

6章は、5章の続きである。エルサレムでユダヤの当局者に拒否されたイエスは、ガリラヤでは王として歓迎された。しかし、イエスは、その動機が決してイエスが期待するようなものではないことから、一人山に退かれるのである(16節)。

ヨハネはすでに、サマリヤの出来事とエルサレムの宮きよめのエピソードをもって、イエスがメシアであったことを回想的に示している(4章)。そして、メシアであることの意味が何であるか、イエスご自身が、ベテスダのエピソードを通して説き明かしたことを明確にしている。イエスは、永遠のいのちを与え、終末的な裁きをもたらす、約束の救い主であった、と。ここ6章では、当時の群衆が、イエスの語ったことを理解できず、イエスがメシヤであることを明確に語ったところ、多くの弟子たちが離れていったことを、ヨハネは思い起こしながら、そのエピソードを書き記しているのである。

老ヨハネのこの福音書の読者は、すでに第二世代、第三世代のクリスチャンであったと思われる。彼らはイエスを見たこともない、イエスの肉声を聞いたこともない。彼らは改めてキリストを信じることの意義を教えられる必要があった。表層的に、ご利益的に、また幸福主義的にキリスト教信仰を持とうとするならば、それは、パンの奇跡で味を占め、次のさらなるお得な何かを求めてイエスを追っかけた群衆と大して変わりはない。イエスは、そんな人々の物欲に応えるために来たのではなく、なかなか認識されにくい罪という問題に人々が向かい合い、その赦しと、キリストにあるいのちを求める者に救いを与えるために来られたのである。イエスは地上に楽園を打ち立てようとして来られたのではなく、神の霊的な支配を確立するために来られたのである。ヨハネは、5章に続いて、そのことをさらに丁寧に語るエピソードをここに収録する。

だから6章は、5章に続いて、ある種の緊張感を、エピソードの中に感じる部分がある。イエスは、明らかに、イエスに付き従う者の幻想を打ち砕こうと向かい合っておられるからである(26節)。

実際、イエスは、その生涯の初めから、自分の苦難、十字架、復活を語り(2章)、ニコデモには、そのイエスの十字架による罪の赦しと新生に与るべきことを語っている。ここでも、「なくなる食物」と「永遠のいのちに至る食物」を対比させていることに注目したい。これは、サマリヤの女に対して語った「また渇く水」と「渇くことがなく、その人のうちで永遠の泉となる水」(4:13-14)の対比を連想させる。イエスは、人々を霊的に養う王であり、神の御国へ一人一人を整え導く牧者である。

54-58節、老ヨハネは、イエスがそれをさらに、突っ込んで説明され、ご自分を王としようとする者の勘違いを指摘し、さらにそれでもなおご自分に従うか否かの覚悟を迫ったことを思い起こし、その決定的な講話を記録する。それは「イエスの肉を食べ、血を飲む」というたとえであった。当時のユダヤ人には理解のできないことであったが、それはイエスの裂かれた身体、流された血、つまり十字架の苦しみとその苦しみによる罪の赦しの恵みを日々の糧として生きることを語っている。神が豊かに現された恵みと愛の中に生きていくことを伝えている。今日、キリスト者は、それを具体的に「聖餐式」という形で繰り返している。

つまり私たちは聖餐式に出る度に、自分たちが、この講話を聴いて小声で文句を言って、「これはひどい話だ。誰が聞いていられるだろうか」とイエスとともに歩もうとはしなくなった弟子ではなく、「主よ、あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます」と告白した弟子であると確認する。私たちは、地上のユートピアを求める者ではなく、目に見えない神を認め、神の支配の中に自分自身を位置づけ、イエスと共に天を目指す巡礼の徒として、この地上の生涯を過ごすことを決意するのである。

イエスの言葉に人々は、三種類の反応を示した。イエスを離れる者たち(60-66節)、さらに信仰を深める者たち(67-69節)、そして面従腹背となる者たち(70-71節)がいた。正しい応答が必要である。大切なのは、神の愛と恵みを受け入れて生きることは、五つのパンと二匹の魚の奇跡が示すように、「神の可能性の中に生きる」ことである。信仰を持つことは、立体的に生きることで、人生に縦の軸を加えて、常に神に望みを抱いて生きることを意味する。それは地上のことに終始せず、天上との関わりで、神との関係の中で生きていくことである。だから、キリスト者は、人との関係の中で行き詰ることがあっても、天を見上げ、人知の及ばない可能性を信頼することができるから、決して落胆することはない。また海の嵐を沈めたイエスの奇跡が示すように、いついかなる時も「神の支配」を覚えて驚きあわてることはない。地上の事柄に欠乏することがあっても、神の御旨を覚えて、パウロのごとく、ありとあらゆる境遇に処する心意気を持つことができる。まことの魂の救い主であり、メシヤであるイエスを受け入れて歩ませていただこう。

ヨハネの福音書5章

「その後、ユダヤ人の祭りがあって」という。おそらく、3月に行われた、プリムの祭りではないかと考えられている。すでに、バプテスマのヨハネの出来事は思い出話になっているので(35節)、おそらく、イエスの公の生涯の2年目、過ぎ越しの祭りの直前であったのだろう(6:4)。ただ、この祭りは9月に行われたラッパの祭りの可能性もあるとされ、その性質についてはよくわかっていない。

場所は、エルサレムの羊の門の近くのベテスダの池。現在では、エルサレムの北にある聖アンナ教会の北西30メートルで発見された池の跡がそれであると考えられている(その多くはアラブ人の私有地となっており、一部のみが発掘されている)。大きく南北二つの池(男子と女子の巡礼の沐浴用)に分かれ、その池を囲むように5つの回廊があった。その池には神のあわれみによって病気が癒される迷信があった(欄外中)。アラム語で「あわれみの家」という意味を持つベテスダと呼ばれるようになったのは、そういうわけなのだろう。

そこに38年も病気で苦しんでいる男がいた。しかしこの男はもう癒されることは諦めかけていたようである。確かに38年も長く曲がっていたものを真っ直ぐにすることは不可能であろう。しかし神にとっては問題ではない。イエスは、この男をたちまち癒してしまうのである。一般に、ギリシャ語では、病気を言い表す3つの言葉がある。病気全般を総称するノソス。一時的な病気を意味するマラキア、最後にアスセネイアで、普通に生活はできるが、慢性の病気で弱くなっている状態を指す。たとえばパウロが「肉体が弱かった(ガラテヤ4:13)」と語った原語がアスセネイアで、よい治療方法がない、期間が長くかかる、しかし日常生活ができないわけでもない状態をイメージさせる。また、「弱いもので蒔かれ(1コリント 15:43)」がアスセネイアである。人間の腐敗した心、罪深い生活を繰り返す愚かな心が表現される。この病人に使われたことばはアスセネイアであり、イエスが介入されたのは、まさにそうした不可能性であり、人間の心の問題であった。確かに彼は心を正されなくてはならなかった。「良くなりたいか」という神の子のことばに、彼は「ハイ」と答えることはなかった。老ヨハネにとってすれば、あの時、神の御子の前で随分的外れな答え方をした病人がいたな、そんな思いでもあったのだろう。イエスは「起きて床を取り上げて歩きなさい」と実にストレートに、癒しを与え、ご自身の御力を示された。4章に続いて、エルサレムにもメシヤが来たのだ、と言わんばかりである。実際、このエピソードを取り上げたヨハネは、イエスの大能の力を示すことに関心を向けていない。むしろ彼がこのエピソードを取り上げたのは、イエスがこの出来事を通してご自身を神と等しいと説明されたことにある(17、18節)。

しかもその本質は、単に力ある業を行う、ということではない。イエスが神と等しいのは、「人に永遠のいのちを与える力を持つ」ことと(21節)「最後の審判を下す権威」(22節)が与えられていることにある。老ヨハネは、イエスが明確にあの時、神の子と一人一人が向かい合っていた、向かい合わせられていた、裁き主である神の前に立たせられていたと回想する(25節)。

そして19節以降、ヨハネは、イエスが、ご自分の語っていることの正しさを示すために五つの証言に注意を向けさせていたことを記録する。一つは、神ご自身の証言である(32、37節)。そして第二に人間による、つまりバプテスマのヨハネによる証言である(33-35節)。確かにユダヤ人たちは、バプテスマのヨハネを歓迎した、しかしそれも束の間であり、ヨハネが悔い改めと禁欲的生活を要求し、彼が不正に投獄された時には誰も助けようとせず、横暴な王のなすままにした。第三に、イエスに神が成し遂げるように与えられた御業による証言がある。それは、十字架と復活に極致を見る御業による証言である。第四に、聖書による証言である(39-40節)。人々は聖書の中に永遠のいのちがあると思って、聖書を熱心に調べている。その聖書は永遠のいのちを与える方、キリストを証言しているに過ぎない。そして最後にモーセの証言がある(45-47節)。モーセ律法は、罪人を救うことも永遠の命を与えることもできない。それはただ人の罪を訴え、告発するだけであり、それによって、キリストの十字架にある罪の赦しの恵みへと人々を向けさせるものである。モーセはキリストを証言している(申命18:18)。だからもしモーセのこの意図が理解されるならば、人々は神の赦しと永遠のいのちを求めて、イエスを信じて受け入れることになるだろうに、人々は受け入れなかった。

このキリストの言葉が真実であるとするならば、私たちはどうするべきであろうか。イエスは言う。「もっとも、あなたがたが信じられないのも、むりはない。互いにほめたり、ほめられたりすることは喜んでも、ただ一人の神様からほめていただくことなど、まるで関心がないのだから」(44節)あまりにも目に見えるところだけで生きているがゆえに、神に望みを抱くことができない、ことがある。目を天に向けよ。目には見えないが神がいる。神にはいのちと希望がある。その神が遣わされたイエスが神の伝言、いや神ご自身のことばとして語り掛けていることがある。そのことばに素直に耳を傾けることではないか。そして、自らの思いをすべて神に打ち明け、神の業が成される事を願いつつ、歩ませていただこう。