ネヘミヤ記12章

12章 奉献式

<要約>

おはようございます。カタカナ語が羅列され、時代が錯綜し、いささか、読みにくい部分ですが、まあ、忍耐を持って読み進みたいところですね。かつては、幕屋の荷物運びであったレビ人の役割が、歌い手と門衛となり、礼拝においていよいよ重要な役割を果たしていく、そんなところです。改めて、私たちの生活の中心である礼拝を考えたいところです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.レビ人と祭司の記録

エルサレムの城壁再建後の奉献式を記録する前に、その式において重要な役割を演じた大祭司とレビ人たちのリストが記録されている。最初に、バビロンから帰還した祭司(1-7節)やレビ人の一族(8-9節)のリスト。これは、エズラ2:36-39に符合するというが、かなり内容は異なっている。流れとしては、ゼルバベル時代(1-9節)、エホヤキム時代(12-21節)、エルヤシブ時代(22-23節)、ネヘミヤ・エズラ時代(24、25節)とリストが続いている。

22節は、新改訳の2017では、第三版と訳が異なっている。以前の新改訳第三版では、「エルヤシブの時代に、レビ人エホヤダ、ヨハナン、ヤドアは、一族のかしらとして、またペルシヤ人ダリヨスの治世に祭司として登録された」となっていたが、2017では、「エルヤシブ、エホヤダ、ヨハナン、ヤドアの時代にレビ人は一族のかしらとして登録され、また、祭司はペルシア人ダレイオスの治世に登録された」となっている。「時代」がかかるのは、エルヤシブのみか、エルヤシブからヤドアにまでかかるのか。そして誰が、どのように登録されたのか、が問題だ。第三版では「エルヤシブの時代」、2017では、「エルヤシブからヤドアの時代」となり、また第三版で「エルヤシブの時代(BC445年)に一族のかしらとして登録された者が、祭司としても登録された」とあったものが2017では「レビ人と祭司、それぞれの時代に登録された」となる。直訳すれば、「レビ人は、エルヤシブ、エホヤダ、ヨハナン、ヤドアの時代に、一族のかしらとして記録され、祭司は、ペルシヤ人ダリヨスの時代までである」、となるのではないか。つまり、ここで言いたいことは、ネヘミヤ・エズラの時代の前の状態のことであり、あの時代のことは年代記にしるされており(23節)、今の時代は、24節以降に記されたとおり、つまりハシャブヤ、シェレベヤおよびカデミエルの子ヨシュアである、ということなのだろう。そして彼らの役割は、賛美と門衛だったのであり、賛美のための要員が探し求められた、ということになる。

2.奉献式

31節より、7章5節以降途絶えていた、ネヘミヤが自らを一人称で記録する書き方が復活している。ネヘミヤの目をとおしてみた城壁の奉献式の様子(27-43節)が記録される。奏楽者、合唱者が、エルサレム周辺の町々から集められた。おそらく、集められたレビ人は神殿の奉仕だけでは生計維持が困難となり、エルサレムの近郊に住んで農耕をするようになっていたのであろう。奉献式に先立って、きよめの儀式が行われている。身や衣服を洗い、罪のためのいけにえをささげ、断食をした。実際の奉献式は、二つの聖歌隊を編成し、城壁の上を、感謝の歌を歌いながら右回りと左回り、つまりそれぞれに反対方向に回ることで、初められた。糞の門(31節)に向かう学者エズラに率いられた聖歌隊は右回りに行進して水の門まで行き、もう一方はネヘミヤが参加した聖歌隊で、おそらく谷の門から左回りに進んだ。そして、それぞれが宮に到達すると、奉献式は最高潮に達し、その喜びの声ははるか遠くまで聞こえたとする。感極まったこの喜びは、神が与えてくださったものであると、ネヘミヤは強調する(43節)。それは、ちょうど、ゼルバベルの神殿の基礎が据えられたのと同じであった(エズラ3:13)。

こうして神に与えられた喜びに浸った時に、彼らは、自分たちにとって、神殿と礼拝がいかに重要であるかを再認識した。そればかりか彼らは祭司とレビ人の職務の重要性を認識して、その姿を喜んだ。そして彼らがその職務に専念できるように、必要に応じたという(44節)。今日、思い起こされるべきことがここにある。教会と礼拝の重要さは、教会と礼拝を失った者でなければわからない。牧師の職務の重要さは、牧会の恵みを失った者でなければわからない。神殿を破壊され、捕囚の長き時を過ごした彼らが、再度認識したことは、当たり前のなかにあった重要さなのである。

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