使徒の働き16章

異邦人の回心とバプテスマのニュースは、直ちにエルサレムへと広まった。すると、ペテロが異邦人のコルネリオと一緒に食事をしたことに対する非難が起こった。保守的、ユダヤ主義的クリスチャンによるものなのだろう。異邦人の回心を喜ぶのではなく、むしろ彼らとの交わりを非難するというのは、当時の差別的な風潮からすれば当然のことであった。誰もが歴史の子であって、その時代から抜け出すことは難しい。それを成し遂げるのは、まさに聖霊の業があってこそである。ペテロがコルネリオの家で起こったことを手際よく兄弟たちに伝えている。かつてペンテコステにおいて下った聖霊が、異邦人にも同じように下ったという。論より証拠である。そして神は今や「いのちに至る悔い改めを異邦人にもお与えになった」のだと兄弟姉妹の心は一致した。
救いは万人のためのものである。ユダヤ人のみではない、異邦人のためのものでもある。パウロは、これを奥義であると呼んだ。「福音により、キリスト・イエスにあって異邦人もまた共同の相続者となり、ともに一つのからだに連なり、ともに約束にあずかる者となる」(エペソ3:6)それは、今まで秘められていたことであってようやく明らかにされたのだというわけである。神のご計画は、文化、民族、地理的境界を越えて、全ての者が、ともに約束に与る者となることである。それは、ヨハネの黙示録でも繰り返されている、私たちの宣教の目指すべきゴールである。「見よ。あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、だれにも数え切れぬほどの大勢の群集が、白い衣を着、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立っていた」(黙示録7:9,10)。
大切なのは、こうした働きが神の熱心さによって導かれていることであろう。だれも、こんな神の奥義を夢見た者はいなかった。だれもこの神の奥義の実現のために、自ら買って出て人々をリードした者はいなかった。むしろ、神ご自身が、その設定されたゴールのための計画をし、準備をし、実行されてきたのである。確かに、万人の宣教をすすめるための事前準備として、ステパノの迫害が起こりキリスト者が離散させられた(8章)。そしてパウロが回心させられ、世界宣教をリードする人材が備えられた(9章)、さらに世界宣教の必要性を全教会に文句なしに理解させるため、コルネリオの回心の出来事が起こった(10章)、そして派遣母体としてのアンテオケ教会が設立(11章)され、それは飢饉に際して心を一つにして救援活動を行うに至るまで成長したのである。しかしそれはすべて、神の導きによるものであり、神の主権によって、奥義ともいうべき、世界がキリストのもとに一つにされる宣教の働きが進められていったものである。
なお、これまでの記事もそうであるが、この箇所についても、創作的なものである、という議論がある。そうした議論への反論は、ハワード・マーシャルの注解書に詳しいので、ここでは歴史的事実として、受け止めながら話を進めることにしよう。大切なのは、目に見えない聖霊の働きを認め、神のみこころに敏感となって、「ためらわずに」神と共に出て行く心を持つことなのだろう(12節)。そうすれば、神が、その後に続く人を起こしてくださる。事実、ペテロに続いて出て行った人々は、エルサレム教会からではなく、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々、キプロス人とクレネ人がバトンタッチをするように起こっている。全く予期せぬ人材がさらに追加されるのである。つまり、宣教を成り立たせてくださるのは主ご自身である。
さて当時のアンテオケはシリヤ州の首都であるにとどまらず、ローマ、アレキサンドリアに次ぐ、世界的な大都市であった。この都市でも、主イエスが宣べ伝えられた。その結果、大勢の人が信じて主に立ち返り、アンテオケ教会が誕生している。エルサレム教会は、この教会の成長を支援しようとして、バルナバを派遣した。バルナバは、さらにこの宣教の推進のために、タルソへ出かけ、パウロを連れてきた。宣教を成り立たせるのは神ご自身であるが、それは、同時に、神と人の協同作業である。神のみこころに身を投じた人々によって、さらに進められる働きである。
イエスの弟子たちは、アンテオケで初めて、「キリスト者」と呼ばれるようになったとある。「キリスト人」とあだ名されるようになったということだろう。彼らの特徴を一言でいうと「キリストに取り付かれた者」である。それほど、彼らの言動にキリストを見て取ることができた、ということであろう。一般の人々が、私たちの生活をのぞいた時に、何が見えてくるか、キリストが見えてくる、それこそ証しであり、宣教である。

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