創世記28章

創世記28章 夢を見たヤコブ
1.家を出たヤコブ(28:1-9)
兄エサウを騙し、恨みを買ってしまったヤコブは、窮地に立たされています。「子よ、あなたへののろいは私の身にあるように」(27:13)と語った母親リベカも、ヤコブを守り切れないでいました。こうしてヤコブは、母親の故郷である叔父ラバンのもとへと退避していくのです。しかし、父イサクは、これをさらなるヤコブの祝福の機会として受け止め、神に祈り、送り出します。出て行って良き妻を見つけるように、と。そして今風に言えば、仕事においても成功して里に戻ってくるように、というわけです。確かに小さな村社会、こんな事件が起こったら、殺し合いになるのが落ちです。当事者を外に出す以外にはなかったことでしょう。他方エサウは、両親のヤコブに対する対応を知り、自分の結婚が両親の気に入らないことに気づきました。そしてイシュマエルの家からもう一人の妻を迎えるのです。なんともいじましいものです。イシュマエル人は、アブラハムのもう一人の妻ケトラの子、身内です。小さな村社会に残った者としては、関係をよく保つための精一杯の行為であったのかもしれません。その後の3人の家族については、聖書は何も語っていませんが、ヤコブが帰ってきた時の様子からすれば、両親とエサウは、独立して生活をしたようです。
2.神に出会うヤコブ(28:10-22)
ともあれ、創世記の著者の関心は、ここから「神の祝福のことば」の遺産を受けたヤコブの人生へと向かうのです。昨日、「神の祝福」は、有形の財産ではなかった、むしろそれは、「神の祝福のことば」を信頼して神と共に歩むという、無形の財産の相続であるとお話をしました。つまり、神の契約に入れられた民として生きるということなのです。ですから、創世記の著者は、ヤコブが、それまで祖父アブラハムや父イサクを通して見聞きしていた神に、初めて直接出会い、神と共に生きる人生をスタートさせるに至った出来事を、次に語っていくのです。
家を出て最初の夜、ヤコブは硬い石をまくらにして野宿しました。なんともやるせない思いを胸に、疲れもあって、いつの間にか眠ってしまったのでしょう。すると、そんな一人の荒野に取り残されたようなヤコブの側に、神が立たれるのです。そしてヤコブは夢を見ました。神は様々な方法で人にご自分の意思を伝えられると言いますが、ここでは夢をお用いになっています。そして、イサクが語り伝えた「神の祝福のことば」は気休めのことばではなく、真実であるという約束を繰り返し、極めつけに「わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない」と語るのです。ヤコブは、人から聞かされて信じる信仰ではなく、直接神に語られて信じる経験を得ました。ヤコブは朝早く目が覚めると、自分が枕にした石を立てて油を注いで聖別し、請願を立てました。それほど印象の強い夢であったのでしょう。彼は夢で語られたことを真剣に受け止めて、人生ここにかけていくと腹を決めていくのです。信仰というのはそういうものです。神の言葉にかけていく、腹をくくる行為です。ヤコブは「神の祝福のことば」を聴いて、そうなればいいなあ、と淡い希望を抱いて生きたわけではありません。アブラハム同様に、神のことばはなる、と信じて生きる決心をしたのです。まさにアブラハムの信仰の継承です。
人の人生には様々なことが起こるものです。ヤコブのように、人の口車に乗せられて、窮地に立たせられることがあるものでしょう。自分でバカだったなと思っても後の祭り、一人孤独に途方に暮れることもあるものでしょう。しかし、神はいると思えばいるし、いないと思えばいない、そのような存在ではなく、ヤコブのように「まことに主はこの場所におられる。それなのに、私はそれを知らなかった」という存在です。何の可能性もなき所、何の希望も見出しえない事態にあっても、神がともにいてくださるのです。この神に懸けていく人生に、私たちの思いを超えた可能性が開かれることを信じ受け入れていきたいものです。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に昨日のクイズです。「ヤコブがパレスチナに帰還した時に、母のリベカは、どんな状態であったと思われますか?」答えは、既に亡くなっていたです。聖書は父イサクとの再会を記録し(35:29)、また乳母デボラを葬ったことを記録していますが(創世記35:8)母リベカについては沈黙しています。おそらくヤコブが帰る前に死んでいたと考えられています。では、今日の聖書クイズを一つ。神は夢で語られることがあると聖書は言いますが、旧約聖書で「夢見る者」とあだ名された人物は誰でしょうか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

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