創世記14章

聖書に記された族長たちは、いつ頃の時代の人たちだったのか、正確な年代を決めるのは難しいが、おおよそ2000~1500年頃と考えられている。
さて、アブラムの物語には、東方の王たちのことが記されている。聖書の歴史は、一般の歴史と無関係ではない。つまり、著者は、一般史と結びついたロト救出の物語を記すことで、神がアブラムを通して、あらゆる民族を祝福すると約束されたことが、決して、創作物語ではなく実際のことであることを示しているのである。
東方の王たちの名は、それぞれシンアルの王アムラフェル、エラサルの王アルヨク、エラムの王ケドルラオメル、ゴイムの王ティデアルであった。この中で指導的な立場をとっていたのは、エラムの王ケドルラオメルで(4節)、族長時代にはエラムがかなりの勢力を握っており、BC1950年頃エラム人はかつてシュメール文明の中心であったウルを占領している。シンアルの王アムラフェルは、バビロンの王ハムラビ(1728-1686年頃)と同一人物と考えられたことがあった。しかし、今では、その名はセム系の名前であり、言語学的、時代的背景からそうではないと考えられている。アルヨクの統治した地名はよく知られていないが、幾人かのメソポタミヤの王は、アルヨクという名を持っていた。また、ゴイムは「国々」を意味し、その場所もよくわかっていないが、ヘテ人の連合軍であったと考えられている。つまり、これらの王を特定するのは、まだまだ先の研究に委ねなければならない、ということである。
 東方の王たちは、ソドム、ゴモラ、アデマ、ゼボイムの王たちと戦って貢物を課した。彼らは12年間貢物を納め、13年目にそむき、14年目にケドルラオメル率いる連合軍によって攻められている。ソドムの王と連合軍は、ケドルラオメルをシデムの谷で迎え撃ったが、敗北し散り散りになって逃げ去った。その際に残された財産、食料、そしてロトを含む多くの捕虜を奪い去った。そして、一人の人が逃れてきて、アブラムにソドムの敗北とロトが捕虜になったことを告げ、アブラムは家の者318人を連れてダンまで追跡、ロトと共にすべての財産を取り返したとされる。
しかし考えてみれば、ロト救出劇は、アブラムが、連合を組んだ王たちに匹敵する勢力を誇る出来事である。しかしどんなに見ても、アブラムがそれほどの勢力を持っていたとも思えない。実際、この戦争に参加した王たちは、部族の王ではなく、都市国家の統治者である。アブラムは勝ち目のない戦争に出たようにも思われる。ただ、アブラムは、マムレ、エシュコル、アネルと同盟軍を組織したようである(13、24節)。それがどれだけの勢力であったのかは実際にはわからず、あるいは、決定的な勝利を得るものではなく退却しては敵を弱らせるゲリラ戦によってロトとその仲間を救い出したのかもしれない、とも考えられている。どんな戦略をとったにせよ、そこに神の助け、神の力があった、と見るべきなのだろう。
さて18節、アブラムが戦いに勝って戻ってくると、二人の王が会いに来た。ソドムの王とシャレムの王メルキゼデクである。二人は、それぞれに、特徴のある行動をとっている。シャレムの王メルキゼデクは王であり祭司であった。彼は、パンとぶどう酒を持ってきている。いわゆる政治的な和解のみならず、霊的な交わりと回復を求めた、ということであろう。実際、彼はいと高き神、天と地を造られた方の祝福を語り、アブラムと信仰を一つにし、アブラムの十分の一のささげ物を受け取り、その絆を深めている。他方、ソドムの王は、政治的な和解のみを求めてやってきた。彼は言う。「人々は私に返し、財産はあなたがとってください」と(21節)。結果、アブラムは、あと腐れのない対応で終わらせている。
大切なのは、私たちがどういう盟約を結んでいくかである。単なる地上的な繁栄を求めて絆を深めていくのか、それとも、天の御国の祝福に与る霊的な絆こそを求めていくのかである。
なお、シャレムは、後のエルサレムのことで、メルキゼデクは、ヘブル語のメレク(王の意味)とゼデク(義の意味)の複合語、つまり「義の王」を意味する。さらにシャレムは「平和」を意味するから、「平和の王」でもあった。イスラエルの伝統の中では、王と祭司を兼ねることはできないが、後の新約聖書の中で、イエスが、このメルキゼデクに等しい存在、すなわち王であると同時に祭司であると語られている(ヘブル人への手紙4章)。こうして既にキリストの雛形が旧約聖書の初め、創世記から語られている。ここに、私たちの救いが、神の思いつきではなく、人間の肉である性質を憂え、ノア以来、いやアダムとエバ以来、考え抜かれた永遠の計画として進められたことがわかる。そして神の救いのご計画は、物質的な繁栄以上に、パンと葡萄酒による霊的な交わりと一致であることが、永遠の昔から語られているのである。

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