創世記26章 イサクの試練
1.リベカを巡る試練(26:1-13)
アブラハムの子イサクは、裕福な家に生まれ、平穏無事な毎日を暮らしている、誰もがそう思ったことでしょう。しかし、人の人生などわからないものです。イサクの住む土地に飢饉が生じ、イサクもまたその影響を受けるのです。彼は、父のアブラハムがそうしたように、一時エジプトへ退避し、この飢饉を逃れようとしました。しかし、神は、イサクをその途上のゲラルの地に住み、エジプトへは向かわないように命じられるのです。そしてアブラハムに約束された契約のことばを繰り返されました。神のみこころは、イサクが約束の地から離れてはならない、というものであったのです。
しかし、住み着き始めたゲラルもまた、彼の平穏を脅かすものであったのです。土地の人々は、イサクの美しい妻に興味を抱きました。イサクは、自分の身に危害が及ばないように、リベカを自分の妹と偽ったのです。しかしそれは発覚し、ゲラルの王、アビメレクの配慮により、イサクは守られることになりました。
一読、父アブラハムのエピソードを思い起こすことです。ここに出てくるアビメレクの王も、アブラハムとトラブルを起こしたアビメレクとは違い、その息子であったのではないか、と言われています。しかし、なぜこのようなエピソードが繰り返され、記録されているのか。一つは、当時、まだ警察機構も発達しておらず、自分で自分の身を守るほかないようなこの時代、このような事件はよく起こりうるものであり、神のみこころによって、イサクが生き永らえたことを語っている、と思われます。確かに、この歳になって思うことは、新聞雑誌を賑わす、様々な社会的な事件や突発的な事故に巻き込まれることもなく人が生きてきた、というのはある意味で、そこにそのような神の意志があったからだと思うことがあります。イサクについては、アブラハムとの約束を継承させることが、神のみこころであった、ということです。
2.井戸を巡る試練(26:14-35)
神のそのようなみこころを確認するかのようなエピソードが続きます。彼は、人の悪意と妬みにさらされるのです。人間、人生において何が一番応えるかと言えば、人の悪意と妬みにさらされることでしょう。それは、もはや払拭することもできない、またそこから居を移すのでない限り、そのような関係から解放されることもない試練です。いじめというのはそういうものではないでしょうか。いわれのない悪意、妬みに足をすくわれるのです。イサクは、ペリシテ人の嫌がらせに、逃げの一手で対応しています。衝突が起こればその場所を去り、別の地に自分の居を構え新しいスタートを切ります。そして、父アブラハムの神、主の名を呼び求めて、これに期待を寄せるのです。
人の悪意、妬みほど質の悪いものはありません。その最もよい対処法は、関りを避けていくこと、世にはいくらでも生きる場所はあると、新しいチャンスを求めていくことなのかもしれません。そして祝福の神に期待を寄せ、これにかけていくことなのかもしれません。そのようにして、逃げの一手で動こうとしても、動けないこともある、それが先のリベカを巡るエピソードと考えれば、その時には、それなりの神の配慮があると考えるべきなのでしょう。人の悪意、妬みを覆すことは難しいものですが、神が何らかの防波堤を作られることもある。逃げられるのなら逃げればよいし、逃げられないのなら、神の取り計らいを静かに待つ、ということでしょうか。やがてアビメレクは、イサクの人生の歩みの中に主の祝福を見、契約を結ぼうとやってくるのです。考えられない力の逆転が生じています。
大切なのは、私たちの人生に、万物の根源であり、祝福の源である、神を第一とし、神に期待し、神に信頼することです。「柔よく剛を制す」ではありませんが、しなやかに、妨げのある時にはその妨げを避けて流れるように人生を生き、溜水のように動きを留められるのなら、そのまま静かに時を過ごす、しかし絶えずそこに主の祝福のみこころがあると考え、主のみこころを問いながら過ごす、そうすれば、恵み豊かな神は、私たちの人生に介入し、返って敵対する者を私たちに歩み寄って来るようにもしてくださる、とこれらのエピソードは語っているようにも思います。人の悪意や妬みにさらされても、怖がらず、恐れないことです。主の御名を呼び求めることです。では今日もよき一日となるように祈ります。
<クイズコーナー>
最初に昨日のクイズです。「後にエサウが住んだ「エドムの地」は、他になんと呼ばれたでしょうか?」答えはセイルの地です。エドムは、「赤」「赤いもの」という意味で、「エドムの地」は、パレスチナの南南東、死海の南からアカバ湾に至る地域を指します。そこは「セイルの地」(創世記6:30)とも呼ばれ、セイルは、「毛深い」を意味しました。「エドム」は色「セイル」は姿、様子を表現したとされます。では、今日の聖書クイズを一つ。神がイサクに繰り返したアブラハムに対する約束は創世記の何章何節のことばの繰り返しですか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。
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