17章 アマレクとの戦い
1.マサでの出来事(17:1-7)
イスラエルはシンの荒野を出発し、レフィディムに宿営しました。そこは、シナイ山の北部で、水のない砂漠地帯でした。ですから、またもや、飲み水が手に入らない事態が生じ、イスラエルの民は、モーセに向かって不平を鳴らすのです。状況は、水がないから水を用意しろ、というよりも、もういいかげんにしろ、という感じです。「不足を神に求めよ。そうすれば神は満たされる」という信仰にはなかなか人は立ちえないものです。むしろ、彼らは神を信じて生きる、このような旅はもういい加減にしてほしいという感じです。
確かにわからぬわけでもありません。神を信じて何になる。たとえ奴隷の身分で、虐げられようとも、そこでは生活できた。約束の地カナンに私たちは入るのだ、神が日々、私たちを養い、支えてくださると言っても、これでは、生活していけない。生きていけない、こんな人生をいつまで続けるのだ、と思わされることはあるものでしょう。信仰をもって神に望みを置くように教えられても、実際には出口も希望も見いだせないような人生に迷い込んでしまった、と思うような事態はあるものではないでしょうか。けれども、何事もそうであろうと思いますが、いのちを懸ける覚悟がなければ、高邁な目標など達成しえないことでしょう。安易な気持ちで手に入れられるものというのは、その程度のものです。ここはどうでしょう、神に懸けるという人生に本気で取り組んだら、どうなるのか、見てみたいものではないでしょうか。
しばしば、人の人生の必要は、その人の努力ではどうにもならないことであったりするものです。しかし、そこで、神のもとに行き、神に心を注ぎだして祈るということがあってもよいのではないでしょうか。実際、モーセは民以上の試練に立たせられていました。彼は自らの渇きすら満たすことのできない状況の中で、200万の人のいのちを預かっていたのですから。こんな要求にどのようにして応えられるのか。4節、モーセは主に叫んで言ったとあります。不信仰の塊とかしたイスラエルの民とは異なって、ただ神を呼び求めたのです。神に叫ぶ人か、それとも人に向かって叫ぶ者であるか、大きな分かれ道でしょう。モーセはこの所をマサ、メリバと名づけました。それは試みる、争うを意味します。私たちの生活にもそのように試みる、争う場があるものです。しかし人と争っても、そこには問題の解決も祝福もないものです。まず困難の中で不平を鳴らすことを止めて、神に向かって叫ぶ者でありたいところです。
なお使徒パウロは、モーセが打って水を出させたメリバの岩をキリストの型であると、この箇所から説教をしています(1コリント10:4)。人類の心の欠乏のために、神はイエスという岩を砕かれた。そこから流れ出る御霊の水が、人類のすべてに救いをもたらした、というわけです。
2.アマレクとの衝突(17:9-15)
さて、次なる試練は、アマレク人との衝突でした。アマレクはエサウの子孫エドム人に含まれる一つの民族でした(創世記36:12,6)。遊牧民として主にパレスチナの南西の砂漠に住み、イスラエルには特別な敵対感情を抱く民族でした。モーセはヨシュアに軍を指揮させ、これと戦わせています。ヨシュアと選ばれた兵士たちが戦い、モーセ自身は、丘に登って手を挙げて祈るのです。モーセの手が疲れ、手が下がると味方が負け、手を上げると味方が勝ったとされます。そこで、味方が勝つまで、アロンとフルがモーセの手を支え続けた、というエピソード。これによって出エジプト記の著者が語りたかったことは、民がモーセと一緒に神に期待し、祈りながら、戦ったということでしょう。つまり、彼らは指導者と心一つになって、神に懸けて生きることを、学ぼうとしていたのです。一般の社会では、最も優れた人が、人の上に立って陣頭指揮を執り、物事の問題解決を図ることが求められるものです。しかし、聖書の世界で、教えられるのは、優れた指導者もまた弱き人間、皆の協力が必要であるし、さらに言えば、神の加勢、神の助けなければ、解決がつかないこともある、ということです。確かに今回のコロナ禍においても、どんな政策が功を奏したというようなことが言われても、実際には、そのような一人の指導者の知恵とは別のところで物事の解決が進んでいる、なぜこうなったのかよくわからない、というものがあるものではないでしょうか。目に見えない神の働き、神の恵み、神のあわれみというものが、やはり人間には必要であり、強く求められるべきもの、と言えるでしょう。では今日もよき一日となるように祈ります。
<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。「マナの一日分の量として、一オメル集めるように言われていますが、オメルは、リットルに直すとどのくらいの量でしょうか?①約500ml、②約2リットル、③約4リットル」答えは、②約2(2.2)リットルでした。では、今日の聖書クイズを一つ。エジプトを脱出したイスラエルが最初に戦った相手はアマレク人、このアマレク人との闘いに終止符が打たれたのは、どの王様の時代であったでしょうか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。
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