創世記18章

18章 アブラハムへの契約の確証
1.笑ったサラ(18:1-15)
ヘブロンから西へ2.5キロ程の道のりに、「アブラハムの樫の木」と呼ばれる一本の老木があります。俗に、聖書が言うマムレの樫の木とされているものです。ここで生活していたアブラハムのもとに、「三人の人」がやってきました。「三人の人」とは誰か、通説は主なる神と二人の天使とされています。ここにまたしても、人間に積極的に関わろうとする神が描かれている、と言えるでしょう。
 アブラハムは、それとなく重要な客人であることに気づいて、ベドウィンのもてなしの風習に従って、足を洗う水を用意し、木の下で休むように勧めました。そして天幕にいたサラのもとへと急ぎ、パン、小牛、凝乳を持ち運ばせ、もてなすのです。
ちなみに当時の天幕は、山羊の毛で造られていました。山羊の毛を刈る頃になると、古いテントは修繕され、新しいテントが建てられます。テントの大きさは、家族の人数にもよりますが、おおよそ3-5メートル四方であったとされます。3列に並んだ9本の支柱で支えられ、真ん中の列は2.1メートル、両脇の列は1.8メートルの高さで、両側で傾斜していました。中は二つに仕切られ、手前は男子用、奥の間は婦人用です。床はなく、わらのマット、毛の敷物があれば上等であったと言います。 
さて、この客人がサラに子どもが授けられると神の約束を告げると、サラは信じられず心の中で笑ってしまったとあります。興味深いことは、13節、神がサラの不信仰な態度に、アブラハムを叱責していることです。信仰は、個人的な確信でありながら、家長にとっては家族の信仰を引き上げ、一致させる責任がある、ということでしょうか。ノアの家族がそうであったように、家族一丸となって事に当たらなくては無し得ぬこともあるのです(ヘブル11:11)。
2.とりなすアブラハム(18:16-33)
 続いて神はアブラハムに相談をもちかけるのです(17節)。アブラハム自身に起こる祝福と、ソドムとゴモラの町が裁かれるべき町であるかどうかを確認したいというお話でした。神は、人の世界に積極的に関わろうとしますが、それは、祝福にもなり裁きにもなるものです。罪が重ければ、神はそれを見過ごすことはありません。ただ神は、噂や、個人的な理由でこれを罰することはなく、21節「知りたいのだ」とあるように、状況をよく理解した上で物事をお進めになるお方なのです。実際神は手を汚さずに、天から見下ろして人の世界に関わるような方ではなく、むしろ、天から下りて人となって、人の間に住まわれることによって、私たち一人一人の課題に関わってくださるお方です(ヨハネ1:14)。それは実に幸いなことですね。このように、このエピソードの中心は、神はただ正しいお方であるということを語ろうとしているのではなく、むしろ神のなんであるかを深く考えさせるところにあるのでしょう。神がなぜ人となられて、約30年におよぶ公生涯を送られたのか、それもまた人間の置かれた状況をつぶさに理解し、それを踏まえて、一人一人を救いへ至らせようとする神の御心の深さの故であったのではないか、と思わされるところですね。
神はアブラハムのとりなしにお付き合いされました。アブラハムは、がその神の心遣いに応じて、祈りの内に語りかけます。まるで友に話すかのような語りかけです。実際、「神の友」ということばには、神とアブラハムの親しい関係が表されています。アブラハムは、もしや、その町の中に正しい者がいるかもしれない、神と対話を繰り返し、滅ぼさない限度の数を十人にまで引き下げています。ヘブル語で十人は「ミニヤン」で、会衆の祈りがなされるための最小単位とされます。つまり神に心を開いて祈る者たちがいるなら滅ぼさないように、と彼は人間の側に立ってとりなしたのです。実に、アブラハムを通して地上の全ての民は祝福されるという(12:1-3)主の約束の実現は、このとりなしの祈りに置いて形となった、と言えるでしょう。私たちがアブラハムと同じようなものであるなら、つまり「多くの国民の父」と言われるような存在であるなら、やはり、私たちが友人・知人、近隣の人へ関心を持ち、とりなす者であればこそです。祝福は自分の事だけ考えていては、私たち一人一人が仲介者である、とりなし手であるという自覚をしっかり持って歩ませていただきたいところです。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に昨日のクイズです。「神がアブラムに与えた新しい名前アブラハムは、何を意味しましたか?答えは、「多くの国民の父」でした。では、今日の聖書クイズを一つ。マムレは、地理的にエルサレムの南側、北側、どちらにあるでしょうか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

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