創世記37章

37章 ヨセフの夢,売られたヨセフ
1.溺愛された子、ヨセフ(37:1-11)
創世記の著者はヤコブの歴史としてヨセフの物語を語っています。ヤコブは年老いたので、選手交代、次の世代のお話というわけではないのです。著者は、神が、ヤコブの一生を通じて「神の祝福のことば」がどう働いたのかを書き記していくのです。
 さてヤコブはヨセフを溺愛しました。「そでつきの長服」は、七十人訳やヨナタンのタルグムによれば「多彩の上衣」、足首にまで達する長衣を意味しました。当時、これは長子、つまり一族の長となる者に着せられたものです。父ヤコブの振る舞いに兄弟たちが穏やかならぬ思いをしたのも無理はありません。ヤコブは明らかにヨセフを特別扱いにしたのです。そして事態は、偏愛された無神経な男、ヨセフ自身によってますます悪化しました。彼は「そでつきの長服」を身にまといながら、自ら憎まれるような夢を語るのです。兄弟たちは、もはや感情的に、ヨセフを受け入れられなくなっていました。
 ヨセフの見た夢は特別な解釈を要しません。そのままです。ヤコブはヨセフを諫めはしましたが「このことを心に留めていた」のは、単なるえこひいきではなく、自分も夢に取り扱われたことを思っていたからでしょう。神は夢を通してヤコブにお語りになりましたが、今、ヨセフにも同じようにされているのです。神は何か事をなさろうとしている、ヤコブには、心に感ずるものがあったはずです。しかし兄弟たちには、その夢は我慢のならないもの、アベルを殺めたカイン同様に、彼らの怒りもまた爆発しようとしていました。
2.売られたヨセフ(37:12-36)
ある日、ヨセフは父の使いで、兄たちを追いかけてシェケムからドタンへと出かけました。現在テル・ドタンは、約一日の道のりで、今も最良の牧草地が広がっています。ヨセフを見つけた兄弟は、「あの夢見る者」と呼び、憎しみを燃やしました。「あれの夢がどうなるかを見よう」というのは、悪意に満ちたあざけりです。彼らはヨセフの夢を葬り去るかのように、ヨセフを荒野の穴に投げ込みました。ひでりがあっても泉が多いこの地で、穴に水がなかったのは、神の守りです。さらに神はユダに働いて、ヨセフがイシュマエル人、すなわちミディアン人(36節)とも呼ばれる商人の一行の手に引き渡されるようにしました。こうしてヨセフはパロの廷臣で侍従長ポティファルに売られていくのです。
 しかしながら、兄弟の憎まれ、奴隷として売られる経験は悲惨です。兄弟たちは後に、「あれが、あわれみを求めたとき、その心の苦しみを見ながら、聞き入れなかった」(42:21)と告白していますが、それは、ヨセフの心を深く傷つける、実に冷酷な行為でした。けれども、それは今日私たちの身近などこかでも起こっている冷酷さかもしれません。ヤコブはヨセフを偏愛し、家族間にどのような亀裂が入っているのかに全く無関心でした。子どもを得て親になることができても、子どもたちを大事に育てる養育的な親になれるかどうかはまた別問題です。産みっぱなしの親、自己中心に、自分の子どもに何が起こっているのか知ろうともせずに、子どもをペットのように飼う親、それはヤコブだけの昔話ではありません。ただ、神はそのようなヤコブに目を留め、「神の祝福のことば」を授けたのです。実に不思議です。いや理解に苦しむところでしょう。ヤコブのような人間は、風上にもおけない存在です。しかしそこに聖書のメッセージがあるというべきでしょう。私もそうですが、あなただって風上にもおけない存在なのではないでしょうか。けれども、神は、そのような私たちに目を留めて、「神の祝福のことば」を受け継がせようとしている。神は、非の打ちどころのない、立派な人間を探し出して、「神の祝福のことば」を受け継がせようとされるお方ではありません。もし、そうであれば、人間など誰も希望を持つことができません。けれども最も望みなきところに望みを与えるお方こそ、神というべきでしょう。神は、人が軽蔑し、蔑み、侮蔑するような者を、ご自身の身内のように扱われ、そして健康な歩みへと進ませてくださるお方なのです。風上にもおけない人間であると思うなら、素直に悔い改めることです。神は、正しい人生へと導かれるお方です。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。「カナンは、シリヤ・パレスチナ全土を指すことばとして用いられることがありますが、カナン人と呼ばれる人々に入らないのはどれでしょうか?①ヒッタイト、②エブス、③クシュ」答えは、クシュでした(創世記10:15-20)。クシュは、ハムの子で、新約ではエジプトの南、エチオピア地方を指します。では、今日の聖書クイズを一つ、ヨセフが売られたイシュマエル人の商人は、他に何人と呼ばれることがありましたか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

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