ミカ書2章

ミカ書2章 権力者への裁きと貧しい者の解放

おはようございます。力無き者、弱き者が、貧しく、踏みにじられる構造が世にはあるものでしょう。しかし、神を信頼することです。神は打ち破る者、その救いは確かです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.イスラエルの罪

イスラエルの支配者たちの罪が指摘されます。ミカの時代、貧富の差は拡大し、強い者はますます強くなり、弱い者はますます弱められる時代でした。金持ちたちは貧しい者を搾取し、権力者たちはなりふり構わず金儲けに走りました。不正なはかり、暴力、法を犯し、さらには強奪する。彼らは2節、「欲しがった」のです。ヘブル語ではハーマド、十戒の「欲しがってはならない」(出エジプト20:7)に当たる言葉です。このような横暴に、神は「わざわいを下そうと考えている」(3節)と宣告します。彼らが貪りで手にした土地は、「背信の者」つまり具体的に言えばアッシリヤの手に渡ります。どうしてそんなことが起こるのか。いやそれこそ神の裁きだ、ということでしょう。5節は、カナンに入植した際に、「くじを引いて測り綱を張って」土地を分配したことが前提にあります。もはや彼らの手に戻される土地はない、ということです。

2.偽預言者への警告

6節からは偽預言者たちに対する神の裁きが告げられます。ヘブル語本文とギリシャ語七十人訳ではいささか異なる内容で、難解な部分です。しかし一応、鋭く神の裁きを宣告するミカの預言に、当時の人々は反感を抱き、ミカが預言することを阻止しようとした、それに対するミカの応酬と理解しておきたいところです。ミカは敵対者のことばをそのままそっくり「そんな戯言を言ってはならない」とお返しし、恥を恐れず、誰も悟ろうとしない神の心を伝え続けるのです。イスラエルの支配者層は、自分たちの特権を、さらに神に仕え、神の栄光を現すための機会とするのではなく、それに甘んじ、さらに悪を図りました。四つの問いかけが立て続けに発せられます(7節)。あなたがたはヤコブの家、選びの民というべきなのだろうか?神が、あなた方のしていることを我慢されるだろうか?あなた方が虐げた人々が告発し、神が立ち上がられたのではないか?神のことばは神を恐れ正しく歩む者の慰めであり励ましとならないであろうか?ミカは、神の裁きを確信し、悪しき者どもの巻き添えとならないように、神を信じる者にこの場を「立ち去れ」と警告します(10節)。

3.祝福の約束

12節からは、そのように散らされていく残りの者たちへの回復の約束です。つまり金持ちや権力者によってかすめ奪われた者たち(8節)、借金を抵当に、返済が滞ったがために、家を奪われ、奴隷として売られた婦人や子どもたち(9節)、神のことばに従って真っすぐ歩もうとした者たちが追い打ちをかけるように散らされたとしても、彼らは、再び集められて再生すると言うのです。12節「ざわめき」は、喜びのざわめき(1列王1:45)、悲嘆のざわめき(詩篇55:3)と種々ですが、ここでは喜びのざわめきでしょう。しかしこれが、神のなさることです。神が「打ち破る者」として立ってくださるのです。主の救いは確かです。