出エジプト記10章

●10章 パロとの交渉(災い:⑧いなご、⑨やみ/家臣行かせるように進言する)
1.第8の災い(いなご)
いなごの災い、暗闇の災いが下されます。ここでのいなごは、一般のいなごではなく、作物を食い尽くし、移動する、とのさまバッタの大群であると言います。ヨエル書(2:3)にも、その被害の恐ろしさが語られています。エジプトでは古代から恐れられてきた災害でした。しかし、すでに動物は疫病で死に絶えていたのですから、この災害は、エジプトに残されていた食料がすべて失われたことを意味します。地の草木、雹を免れた木の実も、ことごとく食い尽くされたと言います。国家存亡の危機に気づいた家臣たちは、ようやくファラオを説得しようとしています。「エジプトが滅びるのが、まだお分かりにならないのですか」(7節)と。
組織の指導者が、危機を意識できなければ、その組織は滅びに突き進む他ありません。周囲の家臣も同じように危機を意識できないならば、まったく致命的です。ファラオの場合は、家臣はしっかりしていても、家臣の具申に耳を傾けることのできないリーダーの問題がありました。しかもそれは、ほとんど彼の性質の問題でした。ただ不思議なことに、聖書は、そのようなファラオの愚かさ、頑なさが、主によるものであると語っています。神が人の心を頑なにするのに、なぜ、人は裁かれなければならないのでしょう。神は不本意な責任を押し付けられる、そんな風に感じられるところです。しかしこれは、神は、人の頑なさに振り回されるようなお方ではない、と言っているのに過ぎないのでしょう(ローマ9:18)。人が強情を張ったところで、神のご計画が妨げられることはありません。むしろ、神は、そのことも計算した上でご自身のご計画を(9:15,16、10:1,2)実現しようと働いておられるのです。
少なくとも、ここでは、災いが増し加えられることで、エジプトで神々とされていたものが、いかに無力であり、そのようなものを拝むことの虚しさがはっきりとさせられています。そして本当は、誰につくべきかが明らかにされているのです。そして、かつては萎縮し、自らの無能を訴えていたモーセは、今や神と共にあって、王宮を闊歩し、イスラエルの民を大胆に引っ張る指導者として強くされています。さらに、このように奴隷に執着し、拘る王が、自らイスラエルの後を追い滅ぼされることで、エジプトの民もまた苦難から救い出されています。神は真実な者、正義を行う者の味方で、たとえ、思うような方向に物事が進まず、愚かな指導者によって組織が破壊されるような思いになろうとも、希望を捨てず、神の介入を待ち望んでいけばよいのです。
2.第9の災い(暗闇)
第10の災いは、暗闇でした。互いに見ることも、自分の場所から立つこともできない闇、それは一体どんな状況だったのか、と思うところですが、一説に、アラビア語で「ハムシン」と呼ばれる砂嵐が起こったのだとされます。それは、冬から春にかけて吹く風で、2,3日続き、間欠的に50(ハムシン)日間続くためにそう呼ばれるものでした。ハムシンは、砂漠の砂を吹き上げ、砂塵で太陽を覆い、ほとんど視界がゼロになる、と言います。エジプトにおいて太陽神アモン・レーは、最も偉大な神ですが、この神を物理的に見失う状況が起こるわけですから、それはエジプト人にとっては危機そのものであったわけです。イスラエルの神の力を心底教えられるものでした。ファラオの完敗でした。しかしファラオは頑なです。人間の愚かさは、根深いものです。しかし、先にも言いましたように、そのような愚かさが、神の御心を妨げることはありません。もちろん、いつまでこのような状況に振り回されなければならないのか、と無力感にさいなまれるようなこともあるかもしれませんが、神が正しいことをなさるにおいて、妨げとなるものはありません。人のいかなる横暴も、いかなる愚かさも、神の計算の内です。神がその愛する子のために、持っておられる計画は、時が来れば実現するのです。真実に生きる者には望みがあると考えてよいでしょう。いずれにせよ、正しい者は、救いを見出すことが、聖書の語るところです。「あなたの重荷を主にゆだねよ。主があなたを支えてくださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない。」(詩篇55:22)とあるとおりです。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。「モーセによって呼び下された雷と雹は、太陽暦では通常何月頃に降り、それはエジプト人の生活にどのような影響を与えたと思われますか?」答えは、雹は春から夏にかけて、ちょうど大麦の収穫期の4-6月頃に降る、でした。この被害が甚大になると、食糧事情が危機的な事態を迎えることがあります。では、今日の聖書クイズを一つ。
イスラエル人については、へブル人、ユダヤ人と種々の呼び名がありますが、へブル人は何を意味しましたか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

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