●2章 モーセの誕生と結婚
1.守られた子モーセ(2:1-10)
1節「レビ人の娘」とありますが、民数記26章を読むと、レビの娘ヨケベテとアムラムにアロンとモーセが生まれた、とあるので、ここは「レビの娘」と訳してよいのでしょう(民数26:59)。このレビの娘に男の子が与えられました。昨日もお話しましたが、イスラエル人に生まれた男の子は、皆、ファラオの命じるところに従ってナイル川に投げ込まれなくてはなりませんでした。しかし、この母親にはそれができませんでした。そして、三カ月目、もはやこれ以上隠しきれないと思い、ナイル川に捨てる決意をします。ただ、この母親、悲観的にも、ヒステリックにもならず、捨てられた子どもが生き延びる方法を考えたのです。パピルス製のかごを用意し、瀝青の樹脂を縫って防水を施し、もともと神がお造りになったナイル川へと、つまり神の恵みの御手に子を手放したのでした(ヘブル11:23)。
そこに、ファラオの娘が水浴びをしようとナイルに下りてきたとあります。ここに見えざる神の御手の業があった、と言うできでしょう。神は、水浴びに来たファラオの娘に、このかごを発見させてくださったのです。これら一部始終を見守っていた姉の機転によって、子どもは再び母親の下へと返されました。やがて神の器となるその子の命は守られ、さらに、母ヨケベテは、子どもを育てるお金すら与えられているのです。そして、王女によって、モーセと名付けられたその子は、神を畏れる母の一貫した価値観のもとで幼少期を過ごした後、エジプトの最高の教育を授けられ、まさにイスラエルを解放する神の器として整えられていくのです(使徒7:22)。モーセは、「引き出す」を意味します。水から引き出されたモーセは、エジプトからイスラエルを引き出す者となっていくというわけです。
このような箇所を読むと、やはり、望みは最後まで捨ててはいけない、神への期待を失ってはいけないと思わされます。「私には誰も味方してくれる人はいない」など、世間の冷たい風に、何をやっても無駄だと思うようではいけないのです。最後の最後まで可能性の一打を打つべきなのです。聖書の神は、この天地万物をお造りになり、世界に住まう一人ひとりをお造りになり支配しておられる全能の神です。そうであるなら、物事を簡単に放り出さずに、かごを用意し、瀝青の樹脂を塗って手放すのです。知恵を絞ることでしょう。実際、聖書の人物たちは、そのように神の可能性に生きた人々です。アブラハムは、「神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました」(ローマ4:21)」とあります。で、その約束は何かと言えば、私はあなたを必ず祝福する、あなたを決して見放さず、あなたを見捨てない、というものです。もちろんそれは、自分の思い通りになることを意味しているわけではありませんが、私たちにとって最善となる結果をもたさるものです。
2.モーセの結婚
11節、こうしてモーセは大人になるわけですが、モーセが40歳の頃のエピソードが記録されています(使徒7:23)。モーセは、神の器として着々と整えられていました。しかし、モーセの時はまだ来ていませんでした。ただモーセこの時点で、同朋の苦役を見ながら、なんとかすべきだと考え、イスラエル人を虐待するエジプト人を打ち殺しています。イスラエルを解放したいという思いは、神のみこころに重なってはいても、その行動は神の願うものではなかったのです。私たちによく起こりがちな問題ではないでしょうか。神と思いは一致しているはずであっても、その行動は、神の思いとは異なることがあるのです。神と人間の違い、差というものがあるのです。ともあれモーセは、ファラオのもとから逃れ、ミデヤンの地に辿り着きました。しかし、モーセがこの時逃げ延びることができたのは、そこに神の守りがあったから、と考えることも大切です。また神はさらに40年、モーセを匿い続け、モーセを荒野で偉大な指導者として整え続けたのです。そして神もまた、時を待っておられました。しばしば物事がすいすい進まず、待たされる思いになるのは、人間ばかりではないのです。神もまた、物事のタイミングを待っておられるというべきでしょう。そして神は、決してイスラエルに与えられた約束の時をお忘れになることはありません。24節「神はアブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた」とあります。私たちについていえば、イエスの十字架の契約を思い起こされたというところでしょう。十字架の愛の恵みをいただいていると信じるならば、約束を守られる主を信頼し、主に重荷を委ねて歩ませていただきたいところです。では今日もよき一日となるように祈ります。
<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。「モーセ五書と呼ばれる、旧約聖書の最初の5つの書物の内、俗にモーセの説教集と呼ばれるのは、どの書でしょうか。」答えは申命記です。申命記は、モーセの五つの説教を収録した書と言われています。では、今日の聖書クイズを一つ。モーセの義理の父、レウエルは、別名何と呼ばれているでしょうか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。
<天草さんのフォローアップ>
パスターまことの聖書通読一日一章をフォローし、さらに掘り下げにチャレンジしている、天草さんのサイトはこちら⇒「天草幸四郎」http://progress-to.jugem.jp/
私の願いは、聖書が国民の愛読書になることです!