出エジプト記35章

35章 モーセの伝達(安息日,奉納物)民の奉納,技術者の指名
1.安息日を守る(35:1-3)
ユダヤ人には、安息日を「花嫁」と呼ぶ伝統があると言います。そして花嫁を迎えるにふさわしい備えをするというのです。つまり金曜日の夕方になると、身を清め、特別な衣服を身につけ、特別な食器を並べる。また、安息日にはシナイの荒野で二日分のパンを蓄えたことに基づき、ハラ―という二つのパンを用意する。さらに日没前に二つの燭台を用意して明かりを灯す。妻は安息日に必要な分の食べ物を料理し、その際に、「あなたの名によりわれらを聖別し、安息日の光をともすように命じたところの宇宙の王、われらの主なる神に祝福あれ」、と祈るのです。そして夫は、会堂で祈りをささげ、帰宅すると安息日の夕食が始まります。そこで家族それぞれのために祝福を祈り、共にパン裂きをし、食事をし、家族の一体感を深める時を持ちます。またその喜びを歌う歌を、夜更けるまで歌うこともあると言います。
大切なのは、安息日は、基本的に楽しみであり、家庭はレクリエーションの場ともされるのです。親しい人たちを訪れ、おしゃべりやゲームで楽しんだり、会堂や家庭で集まりあって聖書を学んだり、祈りと瞑想の日として過ごします。こうして安息日の終わりには、花嫁に別れを告げるハブダラー(「別れ」を意味する)という儀式を行います。メシヤとエリヤの再来を願い、「聖なる者を俗なる者から、光をやみから、イスラエルを他の人々から、七日目を労働の六日から分けたもう神に祝福あれ」という祈りで閉じると言います。
聖書は、安息日を守るように教えるのですが、安息日がどのように守られてきたのかを知らないと、何か宗教的な戒律を守る日のようにしてしまい、結果これを重荷に感じてしまうことがあるものです。日曜と言えば、朝はゆっくりと休んで午後からゴルフや買い物に出かける、信仰を持つとそんなこともできなくなる、堅苦しい人生ではないかと考えるのは誤解です。確かに、信仰を持つと朝から礼拝に出かける、しかしそれは義務ではなく、一つの楽しみであり、一週間心待ちにした喜びの時、そして、リラックスした雰囲気で自分自身を解放する時なのです。神あっての自分であることを確認し、神に栄誉を帰す礼拝を終えた後は、その神の安息をそれぞれの在り方で楽しむ日です。
(2)献げものと奉仕(35:4-35)
次に、献げものと奉仕。主への奉納物を持って行く。田舎の祖母は、モノをもらうとなんでも仏壇に供える人でした。遊びに行くと線香臭いお菓子を出され、何となく気持ち的にもくもくしていたことを思い出します。しかし、ここで語られている主への奉納物は、より実際的な意味を持つものです。目に見えない神に食べていただく、使っていただくというのではなく、神へ献げると言いながら、それは、自分たちの幕屋の用に還元されるもの、つまり、皆、幕屋を作る材料です。ある意味で、皆でカンパしながら、皆の共通の利益のために物事をしていく、それを神は主の奉納物と呼ぶことを許されているわけです。実際、神が天地万物をお造りになった方であるなら、人に何かを求めることはないでしょう。神はすべてを自由に満たすことができる方なのですから。むしろ神は奉納物と言いながら、神に対するお返しを、人に向けることを語るのです。かつて、私が大変お世話になった宣教師に、何かお返しをしたいと申し出ましたら「お返しなどいらない、むしろ、同じような境遇の人がいたら、同じようにしてくれたら、それが最大のお返しだ」と語ってくれたことがあります。そのようなものかもしれません。
さて、神はその奉納物を用いて、幕屋を建て上げるために、必要な力を与えられたと言います。神は人に何も求められません。むしろ、神がお命じになったことに、人が創意工夫を重ね、最後までやり遂げられるように、知恵と力を与えられるお方です。こうしてイスラエルの民は幕屋を完成させていきます。幕屋は、彼らの礼拝の中心でした。教会も、人の知恵や力の寄せ集めではなく、まさに私たちの愛の奉納物と神の助けによって建て上げられていくのです。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。「アビブの月は、太陽暦の何月頃と考えればよいでしょうか?①1-2月、②3-4月、③9-10月」答えは②3-4月でした。アビブは、カナン人の暦の月の古い呼び名であり、捕囚期以降のユダヤ人の宗教歴の1月(ニサンの月)にあたり、太陽暦では3-4月になります。では、今日の聖書クイズを一つ。木材の材料として用いられたアカシヤはヘブル語でシッターです。このアカシヤが多い土地というので、その名に由来する名前の付けられた地名にどんなものがあるでしょうか。答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。

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