ヘブル人への手紙7章

ヘブル人への手紙7章 メルキゼデクに勝るイエス
1.メルキゼデクの権威(7:1-10)
既に述べたように、ヘブル人への手紙の著者は、当時のユダヤで尊敬されていたものを一つ一つとりあげ、それらよりもキリストは素晴らしいという比較をしながら、ここまで文章を書き連ねてきました。天使よりも、旧約の指導者モーセ、また大祭司アロンよりも素晴らしい、というわけです。続いて著者は、イエスの罪の赦しの恵みを語ろうとしますが、読者には、それを理解する力がないことを指摘していました。しかしここ7章では、聞く耳のある者に対して、その深みを語ろうとし、再び、旧約時代の祭司メルキゼデクの話を取り上げています。イスラエルの律法では、祭司はレビ族の出身であるとなっていましたが、イエスはレビ族ではなくユダ族。そのイエスが大祭司であるというのは、間違っていることではなく、旧約聖書の伝統に沿って考えると、レビ族系ではなく、メルキゼデク系の祭司にあたる、というわけです。
で、このメルキゼデクと言う人物ですが、イスラエルの歴史の中のエピソードとして最初に出てくるのは、イスラエルの父祖アブラハムの時代のお話です。戦いに勝利して戻ってきたアブラハムを、メルキゼデクは迎えて祝福を注ぐのですが、その時に、アブラハムはメルキゼデクに、戦利品の10分の1を献上するのです(2節)。そして面白い考え方ですが、「メルキゼデクがアブラハムを出迎えたときには、アブラハムの子孫として生まれたレビは、このイスラエルの偉大な父祖、アブラハムの腰の中にいた、と言うのです(10節)。だからこの時レビもアブラハムに10分の1を献上したのだ、と(9節)。こういうわけでメルキゼデクはレビに勝った存在だ、ということになります。しかも彼は、イスラエルの歴史上、後にも先にもない一度限りの永遠の祭司であり、キリストの雛形となったのだ、と言うのです。
2.神に近付く新しいアプローチ(7:11-28)
大切なのは、何のために、レビ族ではないユダ族のイエスが祭司として立てられたかです(11節)。それは、不完全な祭司制度が変更・廃止されたことを意味し、それと深く結び付いていている律法の契約も、新しいものに取って代られたことを意味しています(12節)。つまり、キリストがおいでくださったことにより、イスラエルの宗教体系は根本的に変わってしまうのです。つまり、これまでの祭司制度は廃止され、新しい祭司制度となり、さらにこれまでの律法に基づく契約は、キリストの十字架に基づく契約に変わっていくというわけです(25節)。もはや、レビ系の祭司と律法ではなく、メルキゼデク系の祭司であるキリストと福音の恵みによって神に近づく(19節)、新しい神へのアプローチが示されたわけです。簡単に言えば、これまで人々は、行いによる、つまり自らの難行苦行を通して神に近付くことができると考えたかもしれません。しかしこれからは、神が用意してくださったキリストの十字架を自分の罪の赦しと受け入れて、神に近付くことができるようになった、というわけです。そしてこの方法は重要です。というのも、21節、神様が自らこの方法は確かであると保証し誓われたものだからです。また、25節、キリストは永遠に存在するのですから、あらゆる時代の人々に適用できるものだからです。それは、永遠に取り消されることのない、また、永遠に存在するイエスによって永遠に機能する方法なのです。この世の宗教は、神の恵みを受ける様々な方法を提案することでしょう。聖書は、その方法は、唯一、神が用意してくださったイエスの十字架にある罪の赦しを信じる方法である、信仰によるのだ、このイエスの方法こそ、私たちにまさに必要なものなのだ、と言うのです。では今日もよき一日となるように祈ります。

<クイズコーナー>
最初に昨日のクイズです。「信仰の父と呼ばれるアブラハムの家族が、神の祝福の約束を受けて、神に告げられたとおりに出て行った町の名前は何でしょう?」答えは②ハラン(創世記11:27-5)です。生まれ故郷はカルデヤ人のウル、父テラに連れられてハランまで移動、そこでアブラハムは神の召しを受けました。では、今日の聖書クイズを一つ。イスラエルは12部族からなっていますが、この中で、イスラエルが北と南に分裂した王国時代に、南側のユダ族に着いた部族はどの部族でしょうか?答えは、また明日。では今日もよき一日となるように祈ります。
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