7章 ファラオとの交渉(災い:①へび②血)
1.ファラオとの会見(7:1-7)
エジプトの王ファラオとの交渉が始まりました。しかし、モーセには、その任務を成功させるような自信はありませんでした。実際彼は、自分が口下手で、ファラオを納得させるようなことを語る力はない、と神に訴えていました。しかし、神が選んだのは、その口下手のモーセでした。そして神がモーセに期待したのは、モーセがファラオに対して神となることであって、ファラオを言葉巧みに説得することではなかったのです(1節)。つまり、神が何であるかをその身をもって示すことであって、言葉で人を動かすことではなかったのです。こうして「彼らがファラオに語ったとき、モーセは80歳、アロンは83歳であった」(7節)と言います。ファラオの前に立ったのは、既に退役していた二人の老人でした。かつてペテロとヨハネが、議会で取り調べられた際に、議会に出席した人々は、二人が大胆でありながらも無学な普通の人であることを知って驚いた、とされますが(使徒4:13)、これもまさに同じ印象を与えるものであったと思われます。彼らがファラオの心を動かしたとなれば、そこには神がおられて、神が働いていたとしか言いようの事態があったからです。
2.モーセたちの不思議(7:8-25)
そして主は、彼らを通してご自身を表されました。イスラエルを行かせようとしないファラオに、神はモーセを通してご自身の存在を力強くあかししました(7:17)。次々と引き起こされる災いは、エジプトの季節的な災害と順序が同一であるとも、また、火山の噴火に伴う災厄に重ねられるともされますが、それらは自然に発生したものではなく、明らかに神によって引き起こされたものでした(8:19)。
そして十の災いのうち最初の九つは、三つの災いごとにセットとなって語られています。まず、血の災い(7:14-25)、蛙の災い(8:1-15)、ブヨの災い(8:16-19)のセットがあり、この奇跡のためにアロンの杖が使われています。次に、アブの災い(8:20-32)、家畜の疫病の禍(9:17)、腫れものの災い(9:8-12)のセットがあり、この奇跡に杖は使われていません。最後に、雹の災い(9:13-35)、いなごの災い(10:13-35)、暗闇の災い(10:21-29)のセットがあり、ここではモーセの杖も使われています。
これらの災いは、昨日も述べたように、まずイスラエルの神が万物の主であることを知らせる目的を持つものでした。たとえばエジプト人はナイル川をエジプトの神々の主神、オシリスの血流であると信じていました。またナイル川の精霊であるハピ神を崇拝していました。ですから、ナイルの水がイスラエルの神によって打たれる、というのはエジプトの神々であるオシリスとハピの敗北を意味したわけです。「主とは何者だ。私がその声を聞いてイスラエルを去らせなければならないとは、私は主を知らない。イスラエルは去らせない」(5:2)と豪語したファラオに対して、あなたの拝む神に勝るまことの神がおられる、と示すものであったのです(17節)。
神はご自身を「主」として現わされます。新改訳聖書は「主」を太字で強調しています。これはヘブル語で、通常の「主」を意味することばとヤハウェ(YHWH)と読まれる神聖四文字の「主の御名」とを区別して訳すためです。この神の名はすでに父祖の時代から知られていた名であり、新しい名ではありません。つまり、これから新しい御業を行われる主が、父祖の時代の神と全く同じであることを明らかにしています。モーセの神は、父祖が呼び親しんだ、全能の主であり、天地万物を支配される主に他ならないというわけです。この主のことばによって、祝福の源として崇拝されていたナイル川は、災いをもたらすものとなりました。礼拝の対象であったナイルが、胸が悪くなるような腐敗臭でエジプト全土を覆い、忌み嫌うべきものとなったのです。まことに信じるべきものが何であるかがはっきりと示されていく、それがこの10の災いの意味するところでした。信ずべきは、まことの主ただお一人です。では今日もよき一日となるように祈ります。
<クイズコーナー>
最初に、昨日のクイズです。「旧約聖書で契約という場合、それは聖書のどの箇所の、どんな内容を想定しているのでしょうか?」答えは、創世記17章のアブラハムとの契約を指しています。そこで約束されていることはカナン全土を与える(8節)、イスラエルの民を大いに増やす(2節)ということです。では、今日の聖書クイズを一つ。モーセによって引き起こされた第三の災いはなんであったでしょうか?答えはまた明日。では、今日もよき一日となるように祈ります。
<天草さんのフォローアップ>
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