アモス書7章

7章 預言的な幻(いなご、火、下げ振り)

おはようございます。アモスが見た五つの幻の最初の三つの幻が、本章に記録されます。それらは、イスラエルに対する神の裁きを語るものですが、神の思いを掴むことが大事です。

今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.三つの幻

アモス書後半7-9章には、イスラエルの未来を予告する五つの幻が記録されています。初めの四つは、来るべき滅亡の幻を語るもので、7章ではその内三つの幻が描かれます。青草を食い尽くすいなご(1-3節)、責める火(4-6節)、下げ振り(7-9節)です。

パレスチナでは、蝗害がよく繰り返され、壊滅的な被害をもたらしました。「王が刈り取った後の二番草が生え始めたころ」(1節)は、春です。一番草は10月に生えて冬を越し、馬の餌とするため刈り取り王に献納されました。そして春に生い茂る二番草は、民間の受容のために使われたのですが、それが食い尽くされるのは国民生活に打撃を与える実に恐ろしい災害です。預言者アモスの赦しを願う祈りによって、それは起こらないと約束されます。

次に、責める火の幻。大いなる淵は、ヘブル語でテホーム、創造の初めに現れた「大水」(創世記1:2)も同じヘブル語です。あらゆる河川の源が干上がる、破滅的な干ばつがくるということなのでしょう。預言者アモスの赦しを願う祈りによって、それも起こらないと約束されます。

最後に「下げ振り」の幻。下げ振りは、土木の技術者が鉛直を調べるのに使う測定具ですが、神がそれでイスラエルを測定すると、それはもはや倒壊寸前で、取り壊す他はない、というわけです。イスラエルの宗教も政治もがたがたで、神の裁きを免れ得ないということです。この件については、アモスの赦しも、主の思い直しもありません。

2.確実な神の裁き

後半10節からの、ベテルの祭司アマツヤと預言者アモスとの対話は、これらの幻の結論を確認するものです。つまり、イスラエルの宗教と政治は見事に解体される、神の裁きによって、と言うわけです。これまで神は、イスラエルの民に悔い改めを促すために、飢饉(4:6)、干ばつ(4:7-8)、農産物の病害と蝗害(4:9)、疫病と戦争(4:10)、震災(4:11)を起こし、次々と警告を発してこられました。しかし、彼らは、神のもとへ帰ろうとしなかったのです。むしろ祭司アマツヤのごとく、アモスのことばを戯言とし、拒否しました。

14節、アモスは自分が普通の人であることを認めています。預言者学校で訓練を受けたわけでも、祭司として社会的身分を得ている者でもない、と。ただある日、神のことばを語る者として神に召され、神に遣わされ、神のことばを伝えている、と訴えます。義しき神が生きて世界を支配しておられる以上、神はご自身の意思を何等かの形で人々にお伝えになるでしょう。今日において、それは聖書を通じて、というのであれば、私たちは注意深く、聖書が語るところに耳を傾けなくてはなりません。聖書を読まずして、この時代にコロナ禍が起こることを許された神の心はわからないのです。神は愛であり、まず滅びありではないので、なおさら神の心に向かい、進むべき道を示していただくことが大切です。