エゼキエル書30章

30章 エジプトと同盟国へのさばき(30:1-19)

おはようございます。エジプトに対する裁きのことばが続きます。大切なのは時代の背後にある神の手の動きを悟ることなのでしょう。神があれも、これもなさっておられるのです。今日も、主の恵みを信頼し、支えられる豊かな一日であるように祈ります。主の平安

1.エジプトが荒らされる

エジプトに関する二つの預言が続いています。日付のない三番目の預言(1-19)と第11年の第1の月の7日(BC587年4月)と日付の付された四番目の預言(20-26)です。四番目の預言は、一番目の預言(29:1)の3ヶ月後なので、おそらく三番目の預言はその間になされたものなのでしょう。そしてこの預言は、ツロの幻が与えられた時期に重なって与えられています(26:1)。

まず三番目の預言の中心主題は「主の日」(3節)の到来にあり、その日、神がエジプトとその同盟国を裁き、富とその神々を根こそぎにされることを伝えています。「クシュ」(4、5、9節)はエチオピア、「プテ」はエジプトの西の地中海沿岸の地、「ルデ」は小アジヤのルデヤのことです。新改訳2017で修正された訳「あらゆる混血の民」は、エジプトに寄留する外国の諸民族(エレミヤ25:20)のことでしょう。「クブ」(5節)は、不明ですが、ここで言いたいことは、これらエジプトの同盟国も共に裁きを受けることです。

13節からは、具体的にエジプトの主要都市の名があげられ、それらが主に裁かれることを伝えます。まずはエジプトの経済基盤であり、生命線であるナイル川に神の手が下ります(12節)。「メンフィス」(13節)も新改訳2017で修正された訳ですが、下エジプトの首都として栄えた都市です。「パテロス」(14節)は、上エジプトのアスワンからカイロに広がる地域。「ツォアン」は、ナイルデルタの東部地域の主要な町タニス。「テーベ」はエジプト史上、エジプト全体の首都とされることが多かった都市で、欄外注を見るとわかるようにヘブル語では「ノ」、新改訳2017で修正された訳です。現代のカルナックとルクソールに当たる場所とされます。「シン」は、南方の「テーベ」に対照される北東部地中海沿岸の要塞の町です。つまり、北から南までエジプト全土に神の裁きが及ぶと言いたいのでしょう。「オン」(17節)は、ギリシャ語の七十人訳では「ヘリオポリス」となっており、もしそうならばエジプト最古の太陽神の町ですが、新改訳2017では修正はなく、欄外注もヘブル語が「アベン」であるとしています。まだ確証されていない地名なのでしょう。「ピ・ベセテ」は現代のバスタ、カイロの北東にある町で、その名の意味は、「猫の像形をした偶像の町」いずれも、偶像を象徴する町です。最後のタフパンヘスは、エジプト北東部の交通の要所です。すべてエジプトの主要都市で、エジプトにある主要都市のほとんどがネブカドネツァルに攻撃され、同盟国も巻き込まれると言うわけです。

2.わたしの剣を渡す

四番目の預言(20-26節)がなされた前年、つまりBC587年4月の前年、ファラオ・ホフラは、ゼデキヤの要請に応えて、エルサレムを救援しようとしました。そこでバビロン軍は一度退却してから再び来襲、エジプト軍を撃退します。その後ファラオはエジプトの内戦で暗殺され、エジプトは弱体化し、バビロン軍に侵略されてしまいます。神は「バビロンの腕を強くし、ファラオの腕を垂れさがるようにする」(25節)、とまさに預言が成就した形ですが、大切なのは、神がご自分の剣をバビロンの王に渡すとした点でしょう。いかに強い国であれバビロンの力ではなく、神の助力があり、まさに神の一存で歴史は動いたのです。神を敵にすることほど恐ろしいことはありません。神を信じることは、単純に信心深くなることではありません。表向きはそう見えても、実際は、社会や歴史の動きが時代を制する勢いのある人によるものではなく、その人に剣を渡し勢いを与えられる神によるものである現実を冷静に悟り、神の愛と誠実さに信頼して生きることなのです。